第71話 元気系女子は“また行きたい”を冗談のふりで三回くらい言ってしまう
藤宮みずきは、影山の家から帰ったあと、しばらくずっと機嫌がよかった。
それは自分でも認める。
かなり認める。
理由はいろいろある。
部屋がちゃんとしていたこと。
キッチンが見えたこと。
影山が普通にお茶を出してくれたこと。
課題をやりながら、教室とも祭りとも違う距離感で一緒にいられたこと。
でも、いちばん大きいのはたぶん一つだけだ。
また行きたい。
そう思ってしまったこと。
「……やばいよね」
朝、駅へ向かう道でみずきは小さく呟いた。
普通に考えたらやばい。
一回行っただけの男子の部屋に、もう一回行きたいと思っている。
しかも“課題があるから”だけじゃなくて、普通に“もうちょっとあの空気の中にいたい”と思っている。
これはかなり、来ている。
ただ、そこをあまり真正面から認めるのもまだ少し恥ずかしい。
だから今日もたぶん、冗談のふりで三回くらい言うことになる。
「……よし」
自分で気合いを入れて、みずきは駅の階段を上がった。
◆
昼休み、みずきは当然のように影山の席へ行った。
「影山」
「何」
「また行きたい」
影山が一瞬で顔をしかめる。
「早いな」
「一回目」
「何がだよ」
「また行きたいって言う回数」
「数えるな」
みずきは笑った。
こういう入り方にしておけば、まだ冗談っぽい。
でも、完全な冗談でもない。
その半端さが、今の自分にはちょうどいい。
「で、何がまた行きたいんだよ」
影山が聞く。
「家」
「雑だな」
「いやでもほんとに」
みずきは机の端に手を置いて、少しだけ前のめりになる。
「落ち着いたし、面白かったし」
「面白かったって何だよ」
「生活感」
「またそこか」
「だって強かったもん」
ことりが自席で小さく笑った。
「藤宮さん、かなり気に入ってますね」
「うん、かなり」
あっさり認めると、ことりが少しだけ目を丸くする。
でも否定しない。
ことりだって、たぶん同じような部分があるのだろう。
「ただし」
みずきが続ける。
「次は冷蔵庫見たい」
「だめ」
「えー」
「そこは絶対だめ」
影山の返しが早すぎて、みずきは笑ってしまう。
「何それ、逆に怪しい」
「怪しくない」
「じゃあなんで」
「普通に嫌だから」
「うわ、ちゃんと拒否された」
そう言いながらも、その拒否のされ方が少しうれしい。
距離がある相手には、そんなふうに“普通に嫌”とは返ってこない。
関係が近いからこその拒絶というか、軽口の延長みたいなやり取りだ。
「二回目」
「だから何だよ」
「また行きたい」
「しつこいな」
「大事だから」
レナが窓際からぼそっと言う。
「ほんとに三回言うつもりなんだ」
「うん」
「自覚あるの怖い」
「でも気持ちは分かるでしょ?」
みずきが聞くと、レナは少しだけ黙った。
「……なくはない」
「ほら!」
「藤宮、その勝ち方ずるい」
「だって認めたし」
影山はその会話を聞きながら、また小さくため息をつく。
でも最近、そのため息の中身が少し変わってきた。
前までは純粋な疲れだった。
今はそこに、少しだけ照れと、少しだけ“やっぱりそうなのか”という確認が混ざっている。
◆
授業の合間にも、みずきは何度もその話題へ戻りたくなった。
でもさすがにやりすぎるとことりに静かに止められそうだし、つばさに「繰り返しが多いですね」とか言われそうだし、レナには露骨に呆れられる。
だから放課後まで少しだけ我慢した。
そして、帰る支度をしている影山へまた声をかける。
「影山」
「何だよ」
「今度はもっと普通に遊びに行きたいかも」
今度は、少しだけ形が違う。
また家に行きたい。
でも今度は、課題整理じゃなくて、もっと普通の時間として。
影山は鞄を持つ手を止めた。
「……それ、前よりだいぶ本音寄りだな」
「うん」
「最近ほんとに隠さないな」
「だって隠してもたぶん分かるし」
みずきは少しだけ笑う。
「それに、今さら“別に”とか“たまたま”とか、あんまり合わなくない?」
レナが後ろから「それ私に刺さるからやめて」とぼそっと言った。
ことりは少しだけ苦笑する。
つばさは「それはかなり正しい分析です」と静かに補足した。
影山だけが、そこで少しだけ困ったように目を細める。
「普通に遊ぶ、って何するんだよ」
「えー?」
みずきは少しだけ空を見上げたふりをする。
「コンビニよりもうちょい長くて」
「うん」
「祭りよりは普通で」
「うん」
「家よりは外、みたいな」
「雑だな」
「でも伝わるでしょ?」
伝わる。
だから困る。
日常デート未満。
でも、ただのクラスメイトの遊びでもない。
そういう中間みたいな時間を、みずきは欲しがっているのだ。
「……まあ、機会があれば」
影山がやっとそう返すと、みずきはすぐに言う。
「うわ、それかなり前向きなやつ」
「違う」
「違わないよ。前ならもっとはっきり逃げてたし」
それは、たしかにそうかもしれない。
祭りのあと。
家のあと。
影山ももう、みずきの“行きたい”や“一緒にいたい”を、ただの勢いでは切り分けられなくなっている。
「三回目」
「またかよ」
「また行きたい」
みずきはそう言って笑った。
でも最後の一回は、ほとんど冗談のふりをしていなかった。
元気系女子は“また行きたい”を冗談のふりで三回くらい言ってしまう。
そして三回目くらいになると、もうほとんど本音だ。
「……今度はもっと普通に遊びに行きたいかも」
帰り道、みずきはその言葉を心の中でもう一度繰り返した。
そういう“普通の特別”が欲しいと思っている時点で、自分はかなり深いところまで来てしまっているのだろう。




