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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第69話 影山の家を知ってしまった女子たちは、もう教室だけの距離感に戻れない

 課題整理会の翌週、二年の教室は見た目だけならいつも通りだった。


 窓際では誰かがスマホのゲームの話をしている。

 前の方では、夏休み前の課題が多すぎるとか、終業式までの残り日数がどうとか、そんな声が飛んでいる。

 黒板には日直の名前。

 窓の外には少しだけ白くけぶった夏の空。


 だからこそ、影山涼太は余計に思う。


「……全然いつも通りじゃないな」


 朝のホームルーム前、自分の席へ鞄を置きながら小さく呟いた。


 誰も聞いていないと思ったのに、すぐ斜め後ろから声が飛ぶ。


「何が?」


 みずきだ。


「いや」


「出た、いや」


「最近それ好きだよな」


「影山が“いや”とか“なんでもない”で逃げる回数増えたから」


 みずきはそう言いながら、机の横へ当然のように寄ってくる。

 近い。

 でもこの近さはもう、前より“ただ近いだけ”では済まなくなっている。


 つい数日前、みずきは自分の部屋へ来た。

 玄関で騒ぎ、冷蔵庫を見たがり、部屋の空気を一気に明るくして、それでいてちゃんと課題も進めた。


 教室の席で立ち話している相手というより、もう“自分の部屋で騒いだ相手”として見えてしまう。

 それがかなり厄介だった。


「影山」


「何だよ」


「今日のお弁当なに」


「まだそのルーティン続くのか」


「むしろ強化されてる」


「なんでだよ」


「だって一回家見ちゃったし」


 みずきはさらっと言う。

 その一言が軽いのに重い。


 やっぱりそうなのだ。

 家に来た、という出来事は、本人たちの中でちゃんと次の段階に入っている。


「……強化される理由になってない」


「なるよ。生活圏知っちゃったもん」


「その言い方やめろ」


 影山が言うと、みずきは楽しそうに笑った。


 そこへ、ことりが静かな足取りで近づいてくる。


「おはようございます」


「ああ、おはよう」


「朝比奈、おはよー」


「おはようございます、藤宮さん」


 ことりの声はいつも通り落ち着いている。

 でも、その“いつも通り”が前より少しだけやわらかい。


 課題整理会の日、最初に来たのはことりだった。

 部屋へ入って、静かに馴染んで、こちらが落ち着かなくなるくらい自然にそこへ座っていた。


 あの空気を知ってしまったあとだと、教室でのことりの静けさまで少し違う意味を持ってくる。


「影山くん」


「ん?」


「昨日のプリント、ありがとうございます。かなり助かりました」


「ああ」


「やっぱり、家で一度整理していただいたおかげで見やすかったです」


 その言い方はあくまで課題の話だ。

 でも、その“家で一度整理していただいた”の部分に、あの日の余韻がちゃんと残っている。


 みずきがにやっとする。


「ほら、朝比奈も引きずってる」


「引きずってる、ではなく」


 ことりは少しだけ言葉を探した。


「覚えているだけです」


「それを世間では引きずってるって言うんだよ」


「藤宮さんの定義は雑です」


 やり取りは穏やかだ。

 でも、穏やかなまま距離が近い。

 これがたぶん今いちばん厄介な状態なのだろう。


     ◆


 窓際のレナは、今日も一見いつも通りだった。


 頬杖。

 少しだけ不機嫌そうな目。

 話しかけるなと言いたげな横顔。


 なのに、その“いつも通り”へもやっぱり少しだけズレがある。


 以前なら、みずきやことりが影山の席の近くで話していても、興味なさそうに流していたはずだ。

 でも今は違う。

 窓の外を見ているふりをしながら、ちゃんと会話の端を拾っている。


 それが分かるくらいには、影山も最近この三人とつばさの違いを読み取るようになってしまっていた。


「黒瀬」


 みずきが急に呼ぶ。


「何」


「今日静かじゃない?」


「朝からうるさいの聞く気分じゃないだけ」


「へえ」


 その“へえ”は明らかに面白がっている声だった。


 レナは少しだけ眉をひそめる。


「何」


「いや別に。昨日の夜、なんか思い出してたのかなって」


「……何を」


「影山の部屋」


 ことりの手がほんの少し止まる。

 影山は本気で顔をしかめた。

 レナは数秒黙って、それから短く返す。


「別に」


 その“別に”は、やっぱり前より弱い。


「出た」


 みずきが笑う。


「黒瀬、最近それの精度落ちてるよ?」


「藤宮は黙ってて」


「でも実際そうですよね」


 今度はことりが静かに加勢した。


 レナがそちらを見る。


「朝比奈までそういうこと言うんだ」


「……少しだけ、分かりやすかったので」


 その空気を、教室の入口からつばさが見ていた。


「みなさん、やっぱり引きずってますね」


「白鳥ちゃんまで来た!」


 みずきが言う。


 つばさは本を抱えたまま、小さくうなずく。


「かなり」


「何がかなりだよ」


 影山が言うと、つばさは平然と答えた。


「影山先輩の家で過ごした時間の余韻です」


「言い切るな」


「でも違いません」


 たしかに違わない。


 それが認めたくないだけで。


     ◆


 昼休みになると、その“余韻”はさらに分かりやすくなった。


 みずきはいつものように影山の席へ寄る。

 ことりも、前より自然に会話へ混ざる。

 レナは窓際から離れないが、気づけば話の輪へ短く刺してくる。

 つばさは今日は返却本を届ける理由で教室へ来て、そのまま少し長く残った。


「ねえ影山」


 みずきが突然言う。


「何」


「もう“おじゃましただけの関係”じゃないよね?」


 教室の空気が、きれいに一瞬止まった。


 ことりが目を伏せる。

 レナがわずかに目を細める。

 つばさはそのまま影山を見る。


 みずきは笑っている。

 でも、かなり本気だ。


「……何だよその言い方」


 影山が返すと、みずきは肩をすくめた。


「だってほんとじゃん」


「何が」


「家行って、同じ机で課題やって、麦茶飲んで、普通に話して」


 みずきは指折り数えるように続ける。


「それで次の日に教室で“はい元通りです”は無理でしょ」


 その通りすぎて困る。


 ことりが静かな声で言う。


「私も……少し、そう思います」


 レナは短く吐き捨てるように言った。


「認めると余計に恥ずかしいけどね」


 つばさはさらに容赦がなかった。


「少なくとも、“ただクラスメイトで課題をしただけ”という認識は、もう全員の中にないと思います」


「白鳥、おまえそういう時だけ本当に真っ直ぐ来るな」


「隠しても仕方ないので」


 その言葉に、影山は本気で返事に困った。


 たしかに、もうただの課題整理会ではない。

 それぞれが自分の部屋でどう振る舞うかを見た。

 部屋の空気に誰がどうなじむかも知った。

 そういう“生活の一歩手前”みたいなものを、お互いに知ってしまった。


「……別に、関係が急に変わったわけじゃないだろ」


 なんとかそう言う。


 すると、みずきが少しだけ目を細めた。


「急に、ではないかもね」


「うん」


「でも“じわっと変わった”は認めるんだ?」


 そこを取るな。


 ことりが助けるように言った。


「たぶん、言葉にしづらいだけなんだと思います」


 そのフォローがいかにもことりらしくて、逆に余計に図星だった。


「……朝比奈、ほんと最近そういうのうまいよな」


「そうでしょうか」


「うまい」


 影山が言うと、ことりは少しだけ笑う。


 その笑顔が、前よりやわらかい。

 やっぱり祭りと家の時間のあとでは、もう元の静かな優等生の距離へは戻っていない。


     ◆


 放課後、教室に残ったのはいつもの顔ぶれだった。


 部活前のみずき。

 委員会資料をまとめることり。

 窓際に残るレナ。

 返却本を抱えるつばさ。

 そして、鞄へ教科書をしまいきれていない影山。


 少し前までなら、これだけ同じ場所へ残ることもなかったはずだ。

 でも今はもう、それが妙に自然になっている。


「影山」


 みずきが言う。


「何」


「また行きたい」


「何が」


「家」


 即答だった。


「うわ、言った」


 レナがぼそっと言う。


「冗談っぽく三回くらい言うつもりだったけど、今日は一回目で言った」


「いや、最初からそうしろって」


 影山が返すと、みずきはぱっと顔を上げる。


「今の、けっこう危ないよ?」


「何が」


「“最初からそうしろ”って、また来る前提みたいで」


「おまえがそう聞こえるだけだろ」


「たぶん違わないですよ」


 つばさが静かに言う。


 ことりまで小さくうなずく。


「……そうかもしれません」


「なんでみんなそっち側なんだよ」


 影山が言うと、レナがため息混じりに言った。


「だって実際、完全拒否じゃないし」


「してないだけだ」


「それを世間では余地があるって言う」


 そのレナの言い方に、みずきが笑う。


「黒瀬、今日はよく喋るね」


「藤宮がうるさいだけ」


「でもまた行きたいのはほんと」


 みずきはそう言って、少しだけ真顔になった。


「普通に、課題とかじゃなくても」


 その一言が、放課後の教室へ静かに落ちる。


 ことりが視線を落とす。

 レナが息を止める。

 つばさの目がほんの少しだけ細くなる。


 影山は、また返事に困った。


 “課題だから”や“勉強会だから”ではなく、普通にまた行きたい。

 それはつまり、教室の外でも会いたい、という意味にかなり近い。


「……藤宮」


「何」


「そういうの、ほんとに最近隠さないな」


「うん」


「開き直ったのか」


「ちょっとだけ」


 みずきは笑う。

 その笑顔は、前みたいな勢い任せではない。

 少しだけ、自分の本音を自覚した顔だった。


「でもまあ」


 影山は鞄を持ちながら言う。


「また課題とかあれば、だろ」


「うわ、そこだけ逃げた」


「逃げてない」


「逃げてる」


 みずきがそう言って笑うと、ことりが静かに言った。


「でも、前より否定は弱いです」


「朝比奈、そこ拾うのか」


「……事実なので」


 つばさが少しだけ笑う。


「最近、皆さん事実確認が上手くなりましたね」


「白鳥も含めてだけどね」


 レナが返した。


 その軽い応酬の中で、影山ははっきり分かっていた。


 家を知ってしまった。

 生活圏へ一度入ってしまった。

 その時点で、もうただの教室の距離感へは戻れない。


 みずきの言う通り、“おじゃましただけの関係”では終わらなかったのだ。


 それを認めるのは、まだ少し落ち着かない。

 でも否定しきれないところまで、もう来てしまっている。


 影山は教室の窓の外を見ながら、小さく息を吐いた。


「……ほんとに面倒だな」


 すると、ことりがやわらかく言う。


「でも、少しだけうれしそうです」


「どこが」


「全部ではないですけど」


 その曖昧な言い方が、いかにもことりらしい。

 そして、いちばん図星に近かった。


 影山の家を知ってしまった女子たちは、もう教室だけの距離感に戻れない。

 そしてたぶんそれは、自分の方も同じだった。

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