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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第65話 優等生は他人の家でもきちんとしているのに、それでも少しだけ特別に見える

 朝比奈ことりが影山の部屋へ入ってから、最初の五分は驚くほど静かに過ぎた。


 玄関で靴をそろえ、バッグを机の横へ置き、勉強用のプリントへ自然に視線を向ける。

 部屋をじろじろ見回すわけでもなく、必要以上に緊張を煽ることもない。


 なのに、その“静かな馴染み方”が、影山には妙に落ち着かなかった。


「……なんか」


 影山が言う。


「はい?」


「朝比奈、他人の家でも普通だな」


 ことりは少しだけ目を丸くしたあと、困ったように笑った。


「それは、褒めているんでしょうか」


「たぶん」


「たぶんですか」


「いや、変な意味じゃなくて」


 影山は少し視線を逸らした。


「もっとこう、遠慮するとか、落ち着かない感じとかあるかと思った」


「落ち着いているように見えますか?」


「見える」


「それは……少しだけ頑張ってるからかもしれません」


 その返しが、いかにもことりらしかった。


 平然としているようで、実際にはちゃんと意識している。

 でも、その意識を過剰に前へ出さない。


「頑張ってるのか」


「はい」


 ことりは小さくうなずいた。


「影山くんの家なので」


 その一言が、やけに近く聞こえた。


 たしかにそうだ。

 ここは教室でも図書室でも祭り会場でもない。

 影山の生活そのものがある場所だ。


 だからこそ、ことりも落ち着いているようで実はちゃんと緊張しているのだろう。


「お茶、出す」


 影山はそう言ってキッチンへ向かう。


「え、私も何か」


「いや、いい」


「でも」


「客なんだから座ってろ」


 その言い方に、ことりは一瞬だけ黙って、それから少しだけ笑った。


「……その言い方も、なんだか生活感がありますね」


「さっきからそこばっかだな」


「だって本当にそうなので」


 影山は冷蔵庫から麦茶を出し、グラスを二つ置いた。

 その動作を、ことりが静かに見ている気配がある。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 ことりは両手でグラスを受け取った。

 その仕草がきれいで、妙にこの部屋の雰囲気へなじむ。


 影山はそこで、少しだけ嫌なことに気づく。


 朝比奈ことりは、自分の部屋にいると“静かな優等生”というだけではなく、“この場所に合ってしまう人”に見えるのだ。


 それが、少し危ない。


     ◆


 プリントを広げると、ことりはすぐにモードを切り替えた。


「この部分、委員会の資料と共通してますね」


「ああ」


「ここを先にまとめた方が効率がいいかもしれません」


「たしかに」


 会話が自然に進む。

 手も動く。

 建前としての“課題整理会”は、少なくとも今のところちゃんと成立していた。


 ことりはノートへ見出しを作り、要点を箇条書きにしていく。

 字が整っていて、読みやすい。

 線の引き方まできれいだ。


「やっぱり、こういうの得意だな」


 影山が言うと、ことりは少しだけ首をかしげた。


「そうでしょうか」


「得意だろ」


「慣れてはいるかもしれません」


「それを得意って言うんだよ」


 ことりは小さく笑って、またノートへ視線を戻した。


 その横顔を見ながら、影山はふと思う。


 この時間は、静かだ。

 みずきがいる時みたいな勢いもない。

 レナといる時みたいな、少し張った沈黙でもない。

 つばさといる時みたいな、言葉の端を読まれる緊張感とも違う。


 ただ、自然に作業が進む。


 その自然さが、逆に少し怖かった。


「影山くん」


「ん?」


「消しゴム、借りてもいいですか」


「おう」


 当たり前みたいに物の貸し借りができる。

 お茶を出して、そのまま同じ机で資料を広げる。

 必要な時だけ言葉を交わして、それでも気まずくならない。


 家庭的、という言葉が頭をよぎって、影山は少しだけ嫌そうな顔をした。


「どうしましたか」


 ことりが聞く。


「いや、なんでもない」


「またそれですか」


「便利だからな」


「便利ですけど、ずるいです」


 ことりはそう言って、少しだけ笑った。


 最近、この“ずるい”という言葉を言われることが増えた気がする。

 でもそれがどういう意味での“ずるい”なのかは、もう聞かなくても少しずつ分かるようになってきていた。


     ◆


 しばらくして、ことりがふと立ち上がった。


「どうした」


「いえ、お茶を……」


「足りないか?」


「いえ、違います」


 ことりはキッチンの方を見ながら、少しだけ迷うように言った。


「何か、手伝えることがないかなと」


「ないよ」


「でも」


「朝比奈」


 影山は少しだけ言い方をやわらかくする。


「今日は客側でいてくれ」


 ことりは一瞬だけ黙った。

 それから、ほんの少しだけ頬をやわらげてうなずく。


「……はい」


 その返事が妙に素直で、影山は逆に落ち着かなくなった。


 ことりはきっと、他人の家だからこそ何かしたかったのだろう。

 手伝うことで居場所を作るというか、自分の落ち着き方を探していたのかもしれない。


 でも、それを止めてしまったのは自分だ。

 止めた理由は、遠慮しなくていいからとか、客だからとか、そういう表向きのものだ。


 だが、その奥には別の感情も少しあった。


 ことりがこの台所へ自然に立つ姿を、今の段階ではまだ見たくない。

 見たら、何か別のものまで見えてしまいそうだったからだ。


「……影山くん」


「何」


「今、少しだけ変なこと考えましたか」


「なんで分かる」


「顔です」


「やめろ」


 ことりが小さく笑う。


「でも、前より分かりやすいと思います」


「朝比奈までそう言うのか」


「皆さん、最近同じことを言ってますね」


「最悪だな」


「私は少し、うれしいです」


 その一言が、さらっと落ちる。


 影山は一瞬だけ言葉を失った。


 うれしい。

 前より分かりやすいのが。

 つまり、それだけ自分の気持ちが表に出るようになったのが。


「……朝比奈」


「はい」


「静かな顔で、たまにすごいこと言うよな」


「影山くんほどではありません」


「なんでそこはきっちり返せるんだよ」


「慣れてきたので」


 その“慣れてきた”に、祭りのあとからの変化が全部詰まっている気がした。


     ◆


 インターホンが鳴ったのは、その数分後だった。


 ことりが少しだけ背筋を伸ばす。

 影山は立ち上がりながら、たぶん来たのはみずきだろうと思った。


「少し、空気変わりますね」


 ことりが小さく言う。


「……そうだな」


 今の静かな時間は、たぶんここまでだ。


 影山が玄関へ向かう。

 ドアスコープをのぞく。


 予想通り、そこにはみずきが立っていた。


「うわ」


 玄関を開けた瞬間、みずきが顔を上げる。


「ほんとに朝比奈いた」


「なんでそんな第一声なんだよ」


「いや、早そうだなとは思ってたけど!」


 その声の勢いだけで、部屋の空気が一気に変わるのが分かった。


 静かで、少しだけ家庭的ですらあった時間が、ここから完全にラブコメ寄りの温度へ引っ張られていく。


 そしてそれを、影山は玄関の時点でもう理解していた。


 優等生は他人の家でもきちんとしているのに、それでも少しだけ特別に見える。

 そして、その静かな特別さのあとに元気系が入ってくると、空気は当然、穏やかなままでは済まないのだった。

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