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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第64話 家に呼ぶだけなのに、こっちの精神的準備まで必要になるのは聞いてない

 土曜日の午前、影山涼太は朝から三回掃除機をかけた。


「……何やってんだろうな、俺」


 自分でそう思う。


 一回で十分だ。

 床はそこまで汚れていない。

 火曜に掃除して、水曜にも軽く整えて、昨日も帰ってから机まわりは片づけた。


 つまり、普通に考えればかなりきれいな部屋のはずだ。


 なのに今日に限って、まだ足りない気がする。


 テレビ台のほこり。

 本棚の端。

 キッチンの水切りラック。

 洗面台の鏡。

 玄関の靴の位置。


 普段は自分しか見ない場所なのに、“人が来る”と分かった瞬間に全部が気になり始める。


 しかも来るのは一人じゃない。


 朝比奈ことり。

 藤宮みずき。

 黒瀬レナ。

 白鳥つばさ。


 誰も彼も、自分の生活圏とは本来つながっていなかったはずの相手だ。

 それが今日、自分の部屋へ来る。


「夏祭りより、こっちの方がよっぽど平穏じゃないだろ」


 思わず口に出た。


 祭りは外だった。

 人が多くて、言い訳も効いて、何かあっても“特別な夜だから”でごまかせる部分があった。


 でも家は違う。


 言い訳がない。

 ここは自分の生活そのものだ。

 台所の棚の調味料の並びから、冷蔵庫の中身、机の上のペン立て、洗濯物の畳み方まで全部、そのまま“影山涼太”として見られる。


「……ほんとにやめたい」


 そう呟きながら、また机の上を拭く。


 でも、本気で中止したいわけではない。

 そこがいちばん厄介だった。


     ◆


 まず最初に片づけたのは、本棚だった。


 教科書。

 参考書。

 文庫本。

 漫画。

 雑誌。


 普段はそこまで意識していない。

 でも、誰かが部屋へ来るとなると、何が見える位置にあるかまで少し気になる。


「……いや、別に見られて困るもんないだろ」


 と言いながら、一冊だけ前列から後ろへ移した。


 少し前に買ったラブコメ系の文庫だ。

 全年齢向けだし、内容にも問題はない。

 でも、このタイミングでいちばん目立つ場所にあると妙に恥ずかしい。


「自意識過剰か」


 そう思う。

 でも手は止まらない。


 次はキッチンだ。


 シンクを洗う。

 スポンジを新しいものに替えるか少し迷って、替えた。

 冷蔵庫の中を確認する。

 卵、牛乳、麦茶、作り置きのきんぴら、味噌、チューブの生姜、ソース、豆腐。

 見られてまずいものはない。

 でも、“生活感がある”のは間違いない。


 みずきは絶対にここで騒ぐ。

 「うわ、ちゃんと暮らしてる!」とか何とか言う。

 ことりは静かに感心する。

 レナは嫌そうな顔で落ち着く。

 つばさは棚の配置をたぶん一瞬で把握する。


 その想像が妙に具体的で、影山は冷蔵庫の扉を閉めながらまたため息をついた。


     ◆


 リビング兼勉強スペースの机には、あらかじめノートとプリントを置いておく。


 課題整理会。

 建前としてはそれだ。

 だから、少なくとも最初から“ただ集まりました”みたいな空気にはしたくない。


 共有用のプリント。

 予備のシャーペン。

 消しゴム。

 メモ用紙。

 ちょっとしたお菓子。

 ペットボトルのお茶。


「……ホストか俺は」


 思わず言う。


 でも、来る側が気まずくならないようにしておきたいのは本音だ。

 ことりはこういう準備を見てきっと安心する。

 みずきはたぶん「気合い入りすぎ」と笑う。

 レナは何も言わずに見るだけかもしれない。

 つばさは“合理的ですね”とか言いそうだ。


 そこまで考えてから、影山は一瞬だけ動きを止めた。


「……なんで全員の反応が先に出てくるんだよ」


 最近、こういうことが増えた。


 一人でいるはずなのに、一人で完結しない。

 部屋の中にいても、教室の空気や誰かの言葉が一緒についてくる。


 少し前までなら、自分の家は“完全に自分の場所”だった。

 でも今は違う。

 今日を境に、その境界線が少しだけ壊れそうな気がしている。


     ◆


 掃除と準備を一通り終えて、時計を見る。

 まだ少し早い。


 時間が空くと、余計なことを考える。


 ことりが最初に来たら、たぶん静かに玄関で靴を揃える。

 みずきが最初だったら、部屋へ入った瞬間から騒ぐ。

 レナは“やっぱ帰っていい?”みたいな顔をしながら、実際にはちゃんと上がる。

 つばさは周囲を見ながら、最初の数秒はほとんど観察に使うだろう。


 誰が最初に来るか。

 どういう順番で来るか。

 そんなことまで気になっている自分が、本気で嫌だった。


「……いや、課題やるだけだからな」


 自分に言い聞かせる。


 そうだ。

 今日はただの勉強会。

 課題整理会。

 委員会の資料もあるし、図書室の参考も使う。


 ちゃんとやることはある。

 だから、変に意識する必要はない。


 そう言い聞かせた直後、インターホンが鳴った。


「っ」


 心臓が一拍だけ跳ねる。


 やめろ。

 まだ早いだろうと思いながら、玄関へ向かう。


 ドアスコープをのぞく。


 そこに立っていたのは、朝比奈ことりだった。


「……早いな」


 思わず呟く。


 でも、ことりが最初に来るのは少しだけ予想していた気もする。

 この優等生は、こういう時に時間通りどころか少し早めに来る。


 玄関を開ける。


「こんにちは」


 ことりが小さく会釈する。


 いつもの制服ではなく、私服。

 派手ではない。

 でも、やっぱり少しだけ学校とは違う。


「こんにちは」


 影山が返すと、ことりはバッグを持ち直しながら、少しだけやわらかく笑った。


「少し早かったでしょうか」


「いや……まあ、朝比奈ならそうだろうなって感じ」


「そうですか」


「うん」


 その会話だけで、部屋の中の空気が少しだけ変わる。


 学校ではない。

 外でもない。

 自分の家に、ことりが立っている。


 その事実の破壊力を、影山は玄関先の数秒で思い知った。


「……どうぞ」


 そう言って通す。


 ことりは靴をそろえて上がる。

 その動きが、想像していた通りすぎて少しだけ可笑しくなった。


     ◆


 ことりが部屋へ入った瞬間、影山は改めて理解する。


 家に呼ぶだけなのに、こっちの精神的準備まで必要になるのは聞いてない。


 ことりは部屋の中を見て、少しだけ目を細めた。


「きれいですね」


 やっぱり最初の一言はそれか、と思う。


「普通だよ」


「普通ではないと思います」


 ことりは静かに言う。


「少なくとも、同年代の男子の部屋として想像していたより、かなり」


「その比較やめろ」


 ことりは少しだけ笑った。


「でも、本当にそう思いました」


 その言い方に、変な見栄が混ざっていないことが分かる。

 ただ素直に見て、そう言っている。


 だから余計に落ち着かない。


 そして、これがまだ一人目なのだという事実に、影山はまた小さく頭痛を覚えた。


 あと三人来る。

 この静かな始まりのあとに、みずきの勢いと、レナのぶっきらぼうと、つばさの観察が入ってくる。


「……ほんとに平穏じゃないな」


 小さく呟くと、ことりが不思議そうに首をかしげた。


「何か言いましたか」


「いや、なんでもない」


「それ、最近よく言いますね」


「うるさい」


 ことりはまた小さく笑った。


 そしてその笑顔を見た瞬間、影山は今日という日がたぶんもう“ただの課題整理会”では終わらないことを、かなりはっきり悟っていた。

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