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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第60話 “最近距離近くない?”という他人の一言は、当事者たちにとって予想以上に刺さる

 クラスメイトの何気ない一言というのは、たいてい当人たちが思っている以上に鋭い。


 影山涼太は、昼休みの終わり際、自分の席のまわりにまだ少しだけ残っている妙な静けさを感じながら、そのことを痛感していた。


 「影山の周り、最近距離近くない?」


 たったそれだけだ。

 責めるような言い方でも、冷やかしでもなかった。

 むしろ軽い雑談の延長みたいな声だった。


 でも、その軽さのせいで余計に逃げ道がなかった。


 みずきも。

 ことりも。

 レナも。

 つばさも。

 そして自分も。


 全員が一瞬だけ止まった。


「……」


 教室はいつも通りざわついている。

 けれど自分の席の周りだけ、少しだけ音が遠い。


 みずきは笑顔の形を保ったまま止まっている。

 ことりは弁当箱のふたへ視線を落としていた。

 レナは窓際の方を向いたが、耳だけは完全にこちらへ残っている。

 つばさは本を抱えたまま、静かにその場の空気を見ていた。


 誰も、すぐに否定しなかった。


 そのことが、影山にはいちばんまずい気がした。


「……いや」


 やっと声が出た。


「そんなことないだろ」


 出てきたのは、かなり弱い否定だった。


 弱い。

 自分で言っていても分かる。


 クラスメイトの女子は、そこまで深い意味なく言ったのかもしれない。

 でも、だからこそ余計に鋭かった。


「えー、そう?」


 軽い口調で返ってくる。


「なんか最近、藤宮も朝比奈も影山の席によくいるし。白鳥さんも来るし。黒瀬もたまに話してるし」


 言葉が具体的だ。

 観察が細かい。


 やめてくれ、と影山は本気で思った。


 それは全部、当人たちの前で言っていいやつじゃない。


「たしかに、前より少し目立つかもねー」


 別の女子が笑いながら言う。


 そこへ、みずきが一番早く反応した。


「えー、でもそれ普通じゃない?」


 明るい声。

 軽い笑い方。

 いつものみずきのテンポだ。


 でも影山には分かる。

 今のみずきは、かなり慎重に空気を選んでいる。


「普通?」


 最初の女子が聞き返す。


「うん。クラスメイトだし。影山って相談しやすいし」


「相談しやすいは分かるかも」


「でしょ?」


 みずきはそう言って笑う。

 笑うが、その笑い方はいつもより少しだけ作っている。


 ことりはそこで、静かな声で添えた。


「少なくとも、変な意味ではありません」


 その言い方はことりらしい。

 否定はする。

 でも強すぎない。

 相手を責めずに、きちんと線だけ引く。


 けれど、その“変な意味ではありません”もまた、妙に本気で、だからこそ逆に刺さる。


「うわ、朝比奈さん真面目」


 女子が苦笑する。


「いや、別に悪い意味じゃなくて。仲いいなーって思っただけ」


 その一言で、場の緊張がほんの少しだけ緩む。


 悪い意味ではない。

 たぶん本当にそうなのだろう。

 でも、“仲いいなー”ですら今の自分たちには十分重い。


     ◆


 昼休みが終わり、授業が始まっても、その一言はしばらく教室のどこかに残っていた。


 先生の声は入ってくる。

 ノートも取っている。

 でも意識の一部がずっと同じ場所をぐるぐる回っている。


 最近距離近くない?


 外から見てもそうなのか。

 自分たちの中だけの微妙な空気ではなく、もう周囲にも見えているのか。


 影山はシャーペンを動かしながら、ほんの少しだけ頭が痛くなるのを感じていた。


 自分では、まだそこまで露骨ではないつもりだった。

 みずきの近さも、ことりの静かな前進も、レナのぶっきらぼうな会話の続きも、つばさの観察者を降りた感じも、全部“分かる人には分かる”くらいのものだと思っていた。


 でも、そうではなかったのかもしれない。


 少なくとも、外から見ている人間にはもう十分“何かあるように見える”段階なのだろう。


「……面倒すぎる」


 小さく息の中で呟く。


 すると前の席の男子が一瞬だけ振り向いたので、影山はすぐに何でもない顔へ戻した。


 まずい。

 今日は余計な独り言が多い。


 授業の途中、ふと窓際を見る。

 レナはいつも通り外を見ているふりをしていた。

 でもその横顔は、祭りのあとから少しだけ分かりやすくなった“考えごとしている顔”だった。


 ことりはノートを取る手を止めずにいる。

 けれど、文字の間隔がほんの少しだけ乱れている。


 みずきはぱっと見、平常運転だ。

 でもたまにペンを回す指が速くなる。


 つばさだけが、いちばん落ち着いているように見える。

 だがそれは、揺れていないからではなく、揺れを見ているからだと影山には分かっていた。


     ◆


 放課後。

 教室の人数が減るにつれて、その昼の一言は逆にくっきりしてきた。


 みずきは部活前なのに、今日は少しだけ静かだ。

 ことりは委員のプリントをまとめながら、いつもよりほんの少しだけ手元を見すぎている。

 レナは帰るタイミングを測り損ねたみたいに窓際に残っていた。

 つばさは図書室へ戻る前の返却本を抱えたまま、入口近くで立ち止まっている。


 影山は鞄へ教科書をしまいながら、本気でため息をつきたくなった。


「……昼のやつ」


 最初に口を開いたのは、意外にもレナだった。


 みずきが反応する。


「うん」


「刺さった」


 短い。

 でも、それで十分すぎるほど伝わった。


 ことりが少しだけ目を伏せる。


「私も、少し」


「朝比奈はかなり刺さってそう」


 みずきが言う。


「……否定はしません」


 その返事に、みずき自身も少し苦笑した。


「だよね。私もだし」


「藤宮先輩は、刺さりながらも気にしてないふりがいちばん上手です」


 つばさが静かに言う。


「白鳥ちゃん、それ褒めてる?」


「半分くらいは」


「また半分」


 軽い笑いが起きる。

 でも、やっぱり昼の前ほど気楽ではない。


 レナが壁にもたれたまま言う。


「外から見てそうなら、もうかなり分かりやすいってことだよね」


「そうかもしれません」


 ことりが答える。


「私たち、自分ではもう少し自然なつもりでしたけど」


「自然ではないと思う」


 つばさが即答した。


 全員がそちらを見る。


「少なくとも、“ただのクラスメイト”の距離ではないです」


「うわ、そこまで言う」


 みずきが言う。


 つばさは本を抱え直しながら続ける。


「祭りの前までは、まだ理由がありました。相談とか、委員とか、買い出しとか、図書室とか」


「うん」


「でも祭りのあとからは、“少し話したい”とか“少し一緒にいたい”が前へ出てきています」


 ことりも、みずきも、レナも、誰も反論しなかった。


 影山だけが、そこで少しだけ苦い顔をする。


「……おまえ、たまにほんとに容赦ないな」


「すみません」


 つばさはそう言ったが、まったく悪いと思っていない顔だった。


「でも、それがたぶん一番正確です」


 レナがぼそっと言う。


「祭りのあとから、みんなちょっと変」


「変って」


 みずきが笑う。


「いや、変でしょ。前より明らかに」


「黒瀬さんも含めて、ですね」


 ことりが静かに言う。


「それは……まあ」


 レナが視線を逸らす。


 否定しない。

 そこがやっぱり、祭りの前までとは違う。


     ◆


「影山は?」


 みずきがふいに聞いた。


「何が」


「昼の一言、どうだった」


 かなり直球だった。


 影山は一瞬返事に困る。

 でも、ここでまた“なんでもない”へ逃げるのも違う気がした。


「……思ったより見られてるんだな、って」


 正直に言う。


「それはたしかに」


 みずきがうなずく。


「あと」


 影山は少しだけ言葉を探した。


「おまえらが思ってるより、俺もたぶん分かりやすくなってるのかもなって」


 教室が少し静かになる。


 ことりが小さくまばたきをする。

 レナが目を細める。

 つばさはほんの少しだけ口元をやわらげた。

 みずきだけが、少しうれしそうに笑う。


「ほら」


「何が」


「影山もちゃんと自覚してきてる」


「自覚したくてしてるわけじゃない」


「でもしたんでしょ?」


「……した」


 それは認めるしかない。


 みんなが近づいてきている。

 そして、自分もそれを前ほど雑に扱えない。


 外から“距離近くない?”と見えるのは、そのせいなのだろう。


「先輩」


 つばさが静かに言う。


「何」


「内側の人間より、外側の人の方がよく見えることもあります」


 その一言は、つばさらしいまとめ方だった。


 外から見たら、自分たちはもう十分近い。

 当人たちがまだ“相談”とか“ついで”とか“何でもない会話”とかで言い訳していても、輪の外から見ればそれは違う。


 たぶん、そういう段階まで来てしまっている。


「……やっぱり面倒だな」


 影山が言うと、みずきがすぐに返した。


「でも、ちょっとだけうれしいでしょ?」


「なんでそうなる」


「だって、ちゃんと何かが進んでるってことじゃん」


 ことりはその言葉に、静かにうなずいた。


「私も、少しそう思います」


 レナは小さく息を吐く。


「認めると余計に恥ずかしいけどね」


「そうですね」


 つばさが言う。


「でも、認めないままではたぶん次へ進めません」


 “次”という言葉に、教室の空気がまた少しだけ揺れる。


 次。

 それは何なのか。

 次のイベントか。

 次の放課後か。

 次の二人時間か。


 まだ誰にもはっきりしていない。

 でも、もう全員が“次がある”前提でどこか動いている気がした。


     ◆


 帰る直前、影山はもう一度だけ教室を見回した。


 みずき。

 ことり。

 レナ。

 つばさ。


 全員、少し前までより近い。

 しかも、それぞれ別の形で。


 相談相手。

 クラスメイト。

 委員仲間。

 図書室の後輩。

 そういう肩書きだけで整理できる距離では、もうなくなっていた。


 昼休みの一口の生姜焼きは、たぶんただのきっかけにすぎない。

 周りの人間の一言も、ただの確認だったのだろう。


 もう見えている。

 外から見てもそう分かるくらいには、自分たちの距離は変わっている。


「……帰るか」


 影山が言うと、みずきが「うん」と返し、ことりが静かに鞄を持ち、レナが窓際から離れ、つばさが本を抱え直した。


 “最近距離近くない?”という他人の一言は、当事者たちにとって予想以上に刺さる。

 でも、その痛みはたぶん、図星だからこそ強いのだ。


 影山は教室の扉へ向かいながら、昼休みの何気ない一言が、思っていた以上に今後の空気を変えていく予感をはっきりと感じていた。

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