表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/83

第58話 一人暮らし男子の夏は、家事だけしていれば平和だったはずなのに

影山涼太は、包丁で玉ねぎを切りながら、ここ最近の自分はだいぶおかしいと思っていた。


 いや、正確には、生活自体はそこまでおかしくない。


 朝起きる。

 弁当を作る。

 学校へ行く。

 帰ってきて夕飯を作る。

 洗濯をして、風呂を掃除して、明日の米を研ぐ。


 一人暮らし男子としては、たぶんかなり普通だ。

 むしろ春から両親が海外赴任でいなくなって以来、この生活はかなり安定している方だった。


 冷蔵庫の中身も把握している。

 米の残量も分かっている。

 洗剤の詰め替えがそろそろ必要なことも、ちゃんと覚えている。


 問題は生活ではない。


「……なんで玉ねぎ切りながら、朝比奈の顔思い出してるんだろうな」


 小さく呟いて、自分で少し嫌になる。


 まな板の上の玉ねぎを横へ寄せて、次は豚肉を切る。

 今夜は豚の生姜焼きだ。

 弁当用に少し味を濃いめにしておけば、明日の朝も楽になる。


 こういう段取りは得意だ。

 料理も嫌いではない。

 むしろ作っている間は余計なことを考えずに済む時間だった。


 ――少し前までは。


 でも最近はだめだ。


 フライパンを温めて、油を引いて、肉を入れても、頭の隅には別のことが居座っている。


 ことりの、祭りの翌朝の少しやわらかい笑顔。

 みずきの、“次は最初から言うかも”という予告みたいな本音。

 レナの、“何でもない会話が欲しかっただけ”というぶっきらぼうな正直さ。

 つばさの、“話す理由より話したいを優先した”という静かな決意。


 全部、きっちり違う温度で残っている。


「……ほんとに面倒だな」


 肉を返しながら、また呟く。


 面倒だ。

 かなり面倒だ。


 でも、それが嫌なだけではないのがいちばん厄介だった。


     ◆


 ジュッ、と生姜焼きのたれがフライパンの上で音を立てる。


 醤油とみりんの匂い。

 すりおろした生姜の、少しだけ鋭い香り。

 台所の換気扇の音。


 こういう生活感のある音や匂いに囲まれていると、自分はまだ“普通の高校生”でいられる気がする。

 少なくとも、学校の教室で感じる妙な緊張感とは少し違う。


 なのに最近は、その生活の中へも学校の空気が入り込んでくる。


 みずきが「今日のお弁当なに」と聞いてくる声。

 ことりが静かに「少しだけ一緒に帰れますか」と言った時の顔。

 レナが自販機前で、祭りの夜の続きみたいな何でもない会話を欲しがっていたこと。

 つばさが教室のど真ん中で、少しだけ話す時間が欲しかったと言ったこと。


 全部、家へ帰っても消えない。


「前はもっと、切り替わってたんだけどな」


 影山は生姜焼きを皿へ移しながら考える。


 学校は学校。

 家は家。

 それがちゃんと分かれていた。


 どれだけ教室で面倒ごとがあっても、自分の部屋へ戻ってエプロンをつければ、そこから先は生活のターンだった。

 冷蔵庫を開けて、献立を考えて、弁当用のおかずをどう回すか考える。

 そういう“目の前のこと”に意識を向ければ、頭の中は自然と片付いていた。


 でも今は違う。


 包丁を持っていても、鍋を洗っていても、影山の意識はふと教室へ戻る。

 正確には、教室での誰かとの会話へ。


 そのことが、なんだか少しだけ負けた気がして気に入らなかった。


     ◆


 夕飯を食べ終わって、食器を洗い終えたあと、影山は冷蔵庫の前で少しだけ立ち止まった。


 弁当のおかずは生姜焼きの残りと、卵焼きと、ブロッコリーあたりでいいか。

 米は朝炊けばいい。

 味噌汁は今夜の残りを温め直せば済む。


 そこまで考えてから、ふと手が止まる。


「……みずきに一口ちょうだいとか言われそうだな」


 思わず口から出た。


 昨日も今日も、あいつは前より遠慮がない。

 もともと距離は近かったが、祭りのあとから“その先”を少し試すような言い方が増えた。


 今日の放課後だってそうだ。

 コンビニへ行こうと言って、かなりはっきり“少し一緒にいたい”と口にした。


 最初から言う。

 あれは冗談半分でも、半分は完全に本気だ。


「……あいつ、ほんとに次からもっと言ってくるんだろうな」


 冷蔵庫を閉める。


 考えたくない。

 でも考える。


 みずきは明るい。

 近い。

 そして最近、近さの理由をごまかさなくなってきた。


 ことりは逆だ。

 静かで、丁寧で、でも一歩踏み出す時はまっすぐだ。

 帰り道の“少しだけ一緒に帰れますか”なんて、たぶん本人基準ではかなり勇気を使った言葉だったはずだ。


 レナはもっと面倒だ。

 あいつは“別に”の中へ本音を埋める。

 でも最近は、その埋め方が浅い。

 拾おうと思えば拾えてしまう位置に置いてくる。


 つばさは、一見いちばん落ち着いている。

 だが実際には、観察者のふりを捨て始めてからの方が強い。

 言葉を選んでいるようで、選びきった本音だけをちゃんと持ってくるからだ。


「……なんで全員方向性違うんだよ」


 また一人で呟く。


 全員違う。

 違うのに、全部が自分の周りへ集まってくる。

 そのことを、もう無視できないところまで来ている。


     ◆


 風呂を洗いながら、影山は自分の部屋の静けさを少しだけ意識した。


 ワンルームではない。

 最低限の生活は回せる、親が決めた“男子高校生の一人暮らしとしては少しだけ整いすぎている”部屋だ。


 台所は狭すぎず、机も勉強用と食事用を分けられる。

 ベッドは壁際。

 本棚には教科書と、少しの漫画と文庫本。

 洗濯物はちゃんと畳んである。

 床に変なものは落ちていない。


 今までは、この部屋へ誰かを入れることなんてほとんど想定していなかった。

 友達を呼んで騒ぐタイプでもないし、そもそも学校の人間関係を家まで持ち込みたいと思ったこともない。


 でも、最近はたまに想像してしまう。


 もしみずきがこの部屋を見たら、たぶん最初の五分はずっと騒ぐ。

 「ちゃんとしてる!」とか「彼氏力高すぎ!」とか、そういうことを言いそうだ。


 ことりなら、最初に靴を揃えて、それから「きれいですね」と静かに言うだろう。

 そして台所を見て、妙にきちんと感心しそうだ。


 レナは最初嫌そうな顔をしながら、でも部屋の静けさには少しだけ落ち着くはずだ。

 たぶん窓際とか、本棚の近くとか、そういう場所を気に入る。


 つばさはたぶん、最初の一分で生活動線を把握する。

 そのうえで「思っていたより整ってますね」とか、微妙に失礼なことを落ち着いて言いそうだ。


「……なんでそんな想像してるんだよ」


 自分で自分に引く。


 風呂場の鏡に映った顔が、少し疲れて見える。

 でもその疲れは、嫌なだけの疲れではない。


 それもまた厄介だった。


     ◆


 風呂上がり、テーブルにノートを広げて課題へ向かう。


 数学。

 英語。

 提出が近いプリント。


 本来なら、この時間はちゃんと勉強に集中できるはずだ。

 実際、前まではそうだった。


 でも今日は、英語の長文を読みながら、ふと別のことが頭をよぎった。


 ――勉強会とか言い出したら、どうなるんだろうな。


 自分でも、どうしてそんな発想になるのか分からない。

 ただ、教室の空気がここまで変わってきた以上、“学校の外で何かする”流れがまた起きてもおかしくない気がした。


 祭りがそうだった。

 次がもしあるなら、それはもっと普通の日常の延長かもしれない。


「……やめろやめろ」


 首を振る。


 考えるな。

 まだ起きてもいないことだ。


 でも、想像しただけで妙に落ち着かなくなる。

 この部屋へ、誰かが来る。

 しかも一人ではなく、何人も。


 それは祭りよりよほど平穏ではない。


「ほんと、最近の俺どうかしてるな」


 ノートへ視線を戻しながら呟いた、その時だった。


 スマホが机の端で小さく震えた。


 画面を見る。


 みずきからだった。


 ねえ、明日の弁当なに予定?


「……は?」


 思わず声が出る。


 時間は夜だ。

 しかも“明日の弁当なに予定?”とはどういうことだ。


 意味が分からない。

 分からないが、嫌な予感だけはする。


 これはたぶん、ただの興味ではない。

 少なくとも、“最近の藤宮みずき”はそういう聞き方をしてこない。


 影山はしばらく画面を見つめてから、短く打った。


 まだ決めてない


 すぐに返ってくる。


 じゃあ明日、決まったら教えて


「……なんだそれ」


 口に出す。


 でも、そのメッセージの向こうにある顔は簡単に想像できた。

 たぶん少し楽しそうで、少し企んでいて、でも半分くらいは本気で言っている。


「……やっぱり来たか」


 そう呟いて、影山はスマホを机へ置いた。


 明日の昼休み、たぶん何かが起きる。

 しかも今度は、祭りみたいな特別な場ではなく、教室で。

 弁当という、やたら日常的なものをきっかけに。


 それを思うと、妙に落ち着かない。

 でも、少しだけ先を想像してしまう自分もいる。


 一人暮らし男子の夏は、家事だけしていれば平和だったはずなのに。

 今の自分の生活はちゃんと回っている。

 なのに心だけは、前よりずっと平和から遠い。


 影山はノートへ向き直りながら、小さくため息をついた。


 たぶん明日も、静かではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ