第55話 元気系女子は“次は最初から言う”を本当に実行しようとしてくる
藤宮みずきは、自分で言ったことをあとから恥ずかしくなるタイプだ。
勢いで言う。
その場では割と自然に言える。
でも家に帰ってから布団の中で思い出して、うわーとなる。
そういう意味では、昔からあまり成長していない気がする。
ただ最近、一つだけ違うことがある。
前なら、恥ずかしくなった時点で「やっぱ今のなし!」と全部冗談へ戻せた。
でも今は、それをしたくない。
夏祭りの夜。
焼きそばの列で、本音を少しだけ出した。
すると影山は、困った顔をしながらも、真正面から受け取った。
そんなふうに思ってるなら、最初から言えばよかっただろ。
あの一言が、みずきの中でずっと残っている。
つまり、最初から言ってもいいのだ。
少なくとも、前よりは。
少なくとも、全部を冗談へ逃がさなくても。
「……じゃあ、やるしかないじゃん」
朝、洗面台の鏡を見ながらみずきは小さく呟いた。
ちょっとだけ恥ずかしい。
かなり落ち着かない。
でも、それ以上に少しだけわくわくする。
祭りのあとから、教室の空気は確実に変わった。
ことりは前より自然に近づいてくるし、レナは“別に”の精度が落ちている。
つばさも観察者の顔を半分くらい捨て始めている。
だったら自分も、前より少しはっきり行っていい。
「よし」
小さく気合いを入れて、みずきは家を出た。
◆
昼休み。
いつものように影山の席へ向かいながら、みずきは内心で少しだけタイミングを計っていた。
今日は言う。
変に遠回しにはしない。
少なくとも、“なんとなく一緒にいたい”くらいは、ちゃんとそのまま出す。
それなのに、いざ近づくといつもの癖で軽口から入ってしまうのが、自分でもちょっと情けない。
「影山」
「何だよ」
「今日のお弁当なに」
「おまえほんとそれ好きだな」
「大事だから」
「今日は生姜焼き」
「うわ、昨日に続いて強い」
影山が少しだけ呆れた顔をする。
でも、その呆れ顔の奥に“来たな”みたいな慣れがあるのが、最近は分かる。
ここからだ。
みずきは席の横へ寄りかかりながら、少し声を落とした。
「ねえ」
「ん?」
「今日、放課後ちょっと空いてる?」
影山が一瞬だけ止まる。
「……昨日も言ってなかったか」
「言ったね」
「また?」
「また」
はっきり返す。
そこで自分の心臓が少しだけ速くなる。
でも、もう後戻りはしたくなかった。
「何かあるのか」
影山が聞く。
「ある」
「何」
「一緒にいたい」
言った。
思っていたより、ちゃんとそのまま言えた。
影山の顔が、きれいに固まる。
その反応を見た瞬間、みずきは自分でも顔が熱くなるのを感じた。
でも、今回は逃げないと決めていた。
「……藤宮」
「何」
「それ、かなり直球だぞ」
「うん、知ってる」
「知ってて言うのか」
「だってこの前、最初から言えって言ったじゃん」
影山が言葉に詰まる。
それが少しおかしくて、でもそのおかしさの奥に本気の緊張もある。
「だから、今日は最初から言ってる」
みずきは続けた。
「放課後、ちょっと一緒にいたい」
教室のざわつきの中で、そこだけ少し空気が薄くなった気がした。
すると、少し離れた席からことりの静かな声が届く。
「……今日は、本当に早いですね」
みずきがそちらを向くと、ことりはノートを閉じながら小さく苦笑していた。
「でしょ?」
「はい。かなり」
ことりの声は穏やかだ。
でも、その穏やかさの奥に“今日は本気で前へ出たんですね”みたいな理解がある。
レナも窓際からちらりとこちらを見て、ぼそっと言う。
「元気系って、たまに勢いが戦車みたい」
「ひどくない?」
「でも合ってる」
つばさは今日はまだ来ていない。
もしここにいたら、たぶん「実行が早いですね」とか言うだろう。
影山は小さく息を吐いた。
「……ちょっとだけなら」
その答えに、みずきはぱっと顔を上げる。
「ほんと?」
「ああ」
「やった」
つい笑顔がそのまま出る。
そこまで隠せない。
「でも、何するんだよ」
影山が聞く。
「え」
「一緒にいたいのは分かったけど」
「えーっと」
そこまで詰められると少し弱い。
でも、それすら少し楽しいと思ってしまう。
「コンビニ?」
「雑だな」
「いや、でも放課後の高校生っぽいじゃん」
「まあ、そうだけど」
「あとちょっと歩くとか」
「それも普通だな」
「普通でいいの!」
みずきは思わずそう言い返した。
「今はまだ、普通の範囲でいいの。普通の放課後の中で、少し一緒にいられれば」
言ったあとで、自分でも少しだけ驚く。
今の言い方は、ほとんどそのままの気持ちだった。
影山はほんの少しだけ目を細める。
「……そっか」
「うん」
「じゃあ、コンビニくらいなら」
「うん!」
そこまで決まると、みずきはようやく息をつけた。
やった。
言えた。
しかも今回は、自分からちゃんと取れた。
◆
昼休みが終わったあとも、みずきの機嫌はかなりよかった。
ことりがそれを見て小さく笑う。
レナは「分かりやすすぎ」と呆れた顔をする。
影山だけが少し複雑そうな顔でノートを閉じている。
その顔が、みずきにはちょっとだけうれしかった。
困っている。
でも、逃げてはいない。
それが最近の影山だ。
だから、自分も前より少しだけ本気で行ける。
放課後になると、みずきは部活の荷物を片づけながら、きっちり影山の席の近くへ行った。
「じゃ、行こ」
「早いな」
「約束したし」
「約束っていうほどのもんか」
「私の中ではかなり正式」
影山は少しだけ肩をすくめて、鞄を持つ。
そのタイミングで、ことりが静かに声をかけた。
「影山くん」
「ん?」
「行ってらっしゃい、でいいんでしょうか」
言い方が少しだけおかしくて、みずきは思わず笑った。
ことりも自分で少し照れたように目を伏せる。
レナが横から小さく言う。
「もう完全にそういう空気になってるの、やっぱり面倒」
「でも気になるんでしょ」
みずきが言うと、レナは「別に」と返した。
その“別に”が完全に死んでいるのは、今や全員が知っている。
「白鳥さんがいたら、今たぶん何て言うと思いますか」
ことりがぽつりと聞く。
みずきは即答した。
「“前進が早いですね”」
その瞬間、ちょうど教室の入口からつばさの声がした。
「その通りだと思います」
「うわ!」
みずきが本気で肩を跳ねさせる。
つばさは本を抱えたまま、少しだけ楽しそうに笑っていた。
「白鳥ちゃん、タイミング!」
「観察しやすかったので」
「やっぱりそれ言うんだ」
つばさは影山の方も見て、静かに言う。
「先輩、最近ほんとうに断りきれなくなりましたね」
「それ言うな」
「でも事実です」
みずきはにやっとした。
「ね?」
「おまえが言うな」
影山のその返しに、教室の空気が少しだけやわらぐ。
でも、そのやわらかさの中に、前より明らかに“恋愛の前段階”みたいなものが混ざっているのを、たぶん全員が感じていた。
◆
コンビニまでの道は、学校からだと五分もかからない。
でも今日は、その五分が妙に長く感じた。
「……で?」
影山が歩きながら聞く。
「何」
「今日は本当に、最初から言ったな」
「言ったよ」
「そこは開き直るんだ」
「だって、この前そうしろって言ったのそっちじゃん」
「言ったけど」
「だから実行しただけ」
みずきは胸を張って言う。
すると影山は少しだけ苦笑した。
「ほんとに実行してくるのが、おまえだよな」
「いい意味で?」
「半分くらいは」
「残り半分は?」
「心の準備が追いつかない」
その一言に、みずきは思わず足を止めそうになった。
「……今の」
「何」
「かなりいい」
「何がだよ」
「ちゃんと困ってるのが」
影山は本気で呆れた顔をした。
でも、その呆れた顔が少しやわらかい。
「藤宮ってさ」
「うん」
「最近、“一緒にいたい”とか“話したい”を、普通に言うようになったよな」
みずきは少しだけ空を見た。
夕方の光はまだ残っている。
祭りの夜みたいな特別さはない。
でも、こういう普通の帰り道の方が、今は少しだけ大事に感じた。
「……前よりはね」
「なんで」
「祭りで思ったから」
「何を」
「言わないと、伝わんないこともあるなって」
これはもう、かなり本音だった。
「冗談っぽくしてれば、そのうち分かるだろって思ってた時もあったけど」
「うん」
「でも、ちゃんと口にした方が早い時もあるじゃん」
影山は少しだけ黙る。
たぶん、焼きそばの列でのことを思い出している。
みずきも同じだった。
「……まあ」
やがて影山が言う。
「そういうのは、分かりやすい方が助かる時もある」
その答えに、みずきは少しだけ笑った。
「じゃあ次からも分かりやすくする」
「やりすぎるなよ」
「そこは要相談で」
「ほんと雑だな」
でも、その雑さごと受け止められている気がして、みずきは胸の奥が少しだけ軽くなる。
◆
コンビニで飲み物を選んで、帰り道の途中で別れる前。
みずきはふいに立ち止まって影山を見た。
「ねえ」
「何」
「今日、誘ってよかった」
影山は一瞬だけ目を細めた。
「そうか」
「うん」
「俺も、まあ」
「うわ、それ“俺もよかった”ってやつじゃん」
「言わせるな」
みずきは笑った。
ほんとうに、こういう返し方がずるい。
でも、そのずるさ込みで最近は好きなのだと思う。
「じゃあ次も」
「まだあるのか」
「あるよ」
みずきはにやっとして言う。
「次は、もっと最初からちゃんと言うかも」
影山が小さくため息をつく。
「……予告いらない」
「心の準備してほしいから」
「その言い方もやめろ」
「やだ」
そう言って手を振る。
元気系女子は、“次は最初から言う”を本当に実行しようとしてくる。
そして今の自分は、もうそれを冗談だけでごまかしたくなくなっている。
放課後の帰り道を一つ増やしただけなのに、世界が少しだけ違って見える。
そんなことを思いながら、みずきはいつもより少し軽い足取りで家へ向かっていた。




