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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第54話 優等生は“少し話したい”を、もう委員の仕事だけではごまかしきれない

朝比奈ことりは、自分が少しずつ変わっていることに気づいていた。


 大きく何かが変わったわけではない。

 急に積極的になったわけでもなければ、みずきのように勢いで距離を詰められるようになったわけでもない。

 レナのようにぶっきらぼうな本音をこぼせるわけでもないし、つばさのように静かに核心へ触れられるわけでもない。


 それでも、祭りの夜を越えてから、前より一つだけはっきりしたことがある。


 ――影山くんと、もう少し話したい。


 それを思う回数が増えた。

 しかも、それを“委員の連絡があるから”とか“確認事項があるから”だけで処理しきれなくなっている。


「……困りました」


 昼休み前、ことりはノートの端へ視線を落としながら、小さく呟いた。


 困る。

 でも、嫌ではない。


 自分の気持ちが少し前へ出ようとしていることに、ようやく自分で追いつき始めたのだと思う。


 祭りの夜の神社脇。

 浴衣を褒めてもらったこと。

 来てよかったと言った時、影山くんも“来てくれてよかった”と返してくれたこと。


 たったそれだけで、自分の中の何かが少し変わってしまった。


 あの日までは、言葉の外側で大事にしていればよかった。

 少し話せたらうれしい。

 少し近くにいられたらいい。

 それくらいで。


 でも今は違う。


 少し話したい、が前よりはっきりしている。

 しかも、その“少し”が本当に少しで済むのか、自分でもよく分からない。


「朝比奈?」


 隣の席の女子に呼ばれて、ことりは顔を上げた。


「はい」


「次の授業、移動だよ」


「あ、ありがとうございます」


 教科書を持ちながら立ち上がる。


 ほんの少しだけ考えごとをしていただけなのに、最近はこういうことが増えた。

 以前なら、授業の準備や委員会の予定で頭がいっぱいだった時間に、別のことが入り込んでくる。


 それが誰のことなのかは、もうさすがに分かっていた。


     ◆


 放課後、委員会の連絡は予定より早く終わった。


 先生へ提出する紙をまとめて、来週の予定を確認して、プリントの不足分を数える。

 それだけの、いつもの仕事だ。


 ことりは机の上を整えながら、少しだけ息をついた。


 委員会の仕事が終わった。

 つまり、今日はもう“話す理由”がない。


 それなのに、教室へ戻る足が自然と少し早くなる。


「……ほんとうに、困ります」


 廊下でまた小さく呟く。


 でも、戻らないという選択肢はもうあまり考えていなかった。

 教室へ行けば、まだ影山くんがいるかもしれない。

 いたら、少しだけ話せるかもしれない。


 たったそれだけの期待で、自分がこんなに動いてしまうことが、少しだけ恥ずかしくて、でも少しだけうれしい。


 教室の扉は半分開いていた。


 中をのぞく。

 人はだいぶ減っている。

 みずきは部活へ行ったらしい。

 レナもいない。

 つばさはおそらく図書室だろう。


 そして、影山はいた。


 自分の席でノートをしまいながら、少しだけ疲れた顔をしている。

 その“いつもの放課後の姿”を見ただけで、ことりの胸の奥は少し落ち着いた。


「影山くん」


 呼ぶと、影山が顔を上げる。


「ん?」


 たったそれだけ。

 それだけなのに、自分に向けられた視線だと分かる瞬間が、前よりずっと大事に感じる。


「委員会、終わりました」


「おう」


「明日の連絡も、特に問題なさそうです」


「そっか」


 ここまでは、ちゃんと委員の報告だ。

 自然。

 不自然ではない。


 でも、問題はここからだ。


 ことりは教室の中へ一歩入って、少しだけ自分の指先を握った。


「それで」


「うん」


「……少しだけ、一緒に帰れますか」


 言えた。


 かなり静かな声だった。

 でも、自分でも分かるくらい本音に近い言い方だった。


 影山が一瞬だけ目を瞬かせる。

 その沈黙が、ことりには少しだけ長く感じた。


 おかしいだろうか。

 重いだろうか。

 祭りの夜のあとだからこそ、余計に意味が出てしまうだろうか。


 だが影山は、すぐに軽く流さなかった。


「……少しだけ?」


 確認するように聞く。


「はい」


 ことりは小さくうなずいた。


「その、特に急ぐ用事がなければ」


「急ぐ用事はない」


 影山が言う。


 その返事だけで、ことりの肩の力が少し抜ける。


「じゃあ」


「うん」


「帰るか」


 短い。

 でも十分だった。


「……ありがとうございます」


 思わず少しだけ笑ってしまう。


 たぶん今の自分は、かなり分かりやすい。

 でも、今日はそれでもいい気がした。


     ◆


 校門を出て、二人で駅までの道を歩く。


 夕方の光はやわらかい。

 祭りの夜ほど特別ではない。

 でも、だからこそ今の時間は“日常の中の個人的な時間”として際立っていた。


「委員会、ほんとにそれだけだったのか」


 影山が少ししてから言った。


 ことりは一瞬だけ足を止めそうになる。


「……何がですか」


「明日の連絡」


 その聞き方が、やっぱり影山くんらしいと思う。


 全部分かっているわけではない。

 でも、全部を額面通りには受け取っていない。

 その中間を、最近はちゃんと見てくる。


「それは、本当にありました」


 ことりは静かに答える。


「でも、それだけではありません」


 そこまで言うと、影山は少しだけ視線を前へ向けたまま「うん」と返した。


 続きを待っている。

 急かさない。

 でも、逃がさない。


「……少し、話したかったんです」


 ことりは言った。


「祭りのあとから、ずっと」


 声にすると、思っていたよりもずっと素直だった。

 自分でも少し驚くくらいに。


「委員会の用事がなくても、たぶん同じことを考えていたと思います」


 影山は少し黙ってから言った。


「そういうの、最近ちゃんと口にするようになったな」


 ことりは少しだけ苦笑する。


「祭りのせいかもしれません」


「祭りのせい?」


「はい。あの夜、言いたいことを少しだけ言ってもいい気がしたので」


 浴衣姿で、神社脇で、静かな場所で。

 いつもより少しだけ近い言葉が言えた。


 だから今も、その続きのような気持ちがあるのだろう。


「それで?」


 影山が聞く。


「今日は何を話したかったんだ」


 そこを聞くのか、とことりは一瞬だけ思う。

 でも、聞かれたからには答えたいとも思った。


「……特別なことは、あまり」


「うん」


「ただ、少しだけ一緒に帰りたかったんです」


 影山はそこで、少しだけ困ったように笑った。


「それ、かなり強い言い方だぞ」


「そうでしょうか」


「朝比奈基準ではたぶん、かなり」


 ことりは少しだけ目を伏せる。


「でも、本当です」


 その言葉が、風の音に混ざる。


 駅までの道はいつもと同じはずなのに、今日は妙に短くも長くも感じた。


     ◆


「祭りのあとから」


 影山がぽつりと言った。


「朝比奈、前より自然に笑うようになったよな」


 ことりは思わず顔を上げる。


「え」


「いや」


 影山は少しだけ視線を逸らした。


「別に変とかじゃなくて」


「はい」


「前より、こっち見て笑う感じ増えた気がする」


 そんなところまで見ているのか、とことりは少しだけ驚いた。


 でも、うれしかった。


 自分の中だけの変化だと思っていたものを、影山くんもちゃんと見ていたのだと分かるから。


「……影山くんも」


「ん?」


「前より、受け取ってくれるようになったと思います」


 今度は影山が少しだけ黙る。


「受け取る?」


「はい。前なら、もう少しだけ流していた気がするので」


 祭りの夜のことも。

 今の“少しだけ一緒に帰りたかった”という言葉も。

 以前ならもっとごまかしていたかもしれない。


 でも今は違う。

 少なくとも、真正面から聞いてくれる。


「……それは、まあ」


 影山が言う。


「最近、おまえらが分かりやすすぎるから」


 ことりは少しだけ笑った。


「私も入ってるんですね」


「入ってるだろ」


「そうですか」


「そうだよ」


 その返しに、ことりはまた少しだけ胸があたたかくなる。


 “おまえら”に含まれていることがうれしいわけではない。

 でも、その中で自分の変化もちゃんと見られていることが、今はうれしかった。


     ◆


 駅が見えてきた。


 帰り道は、始まってしまえばあっという間だ。

 もう少しだけ続いてほしいと思う。

 でも終わるからこそ、次をまた欲しくなるのかもしれない。


「……ありがとうございました」


 ことりが言う。


「何が」


「少しだけ一緒に帰ってくれたことです」


「礼言われるほどじゃないだろ」


「私にとっては、けっこう大きいので」


 影山はまた少しだけ困った顔をする。

 でも、その困り方が前よりやわらかい。


「朝比奈」


「はい」


「また、そういうのあったら言えばいい」


 ことりは一瞬、足を止めかけた。


「……いいんですか」


「別に、毎日じゃなければ」


「毎日は言いません」


「なら大丈夫だろ」


 その答えが、ひどく影山くんらしい。

 大げさではない。

 でも、ちゃんと次の余地を残してくれる。


 ことりは少しだけ笑った。


「……じゃあ、また言うかもしれません」


「おう」


 その“おう”だけで、今の自分には十分だった。


 優等生は“少し話したい”を、もう委員の仕事だけではごまかしきれない。

 でも、その気持ちを少しずつ言葉にしていった先で、こうして日常の中に新しい時間が増えていくのなら、それはたぶん悪いことではない。


 駅のホームへ向かう階段の前で別れたあとも、ことりの胸の奥にはまだ小さなあたたかさが残っていた。


 祭りの夜だけじゃなくて、これからも少しずつ増やしたい。

 そう思える帰り道だった。

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