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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第50話 優等生は祭りの翌朝、思い出すだけで少しだけ幸せそうになる

 朝比奈ことりは、目が覚めた瞬間に、昨夜のことを思い出した。


 目覚ましが鳴るより少しだけ早い時間。

 薄いカーテン越しの朝の光。

 部屋の中は静かで、祭りのざわめきも花火の音も、もうどこにも残っていない。


 なのに、自分の胸の中だけはまだ少しだけ昨夜の続きみたいだった。


「……」


 布団の中で一度だけ瞬きをする。


 すぐに起き上がるでもなく、もう一度だけ天井を見る。

 そのほんの数秒のあいだに、昨日の場面がいくつも浮かんできた。


 委員の手伝いを終えて、少し急ぎ足で会場へ向かったこと。

 みずきと一緒にいた影山くんを見つけた瞬間、胸の奥が少しだけざわついたこと。

 それでも声をかけたら、影山くんが振り向いて――ほんとうに一瞬、言葉を失ったこと。


 すごく、似合ってる。


 その言葉が、今もまだきれいに残っている。


「……だめですね」


 小さく呟いて、ことりは布団へ半分顔を埋めた。


 だめ、というのは、たぶん少し違う。

 困る、の方が近いかもしれない。


 こんなふうに、起きてすぐに思い出してしまうくらい、自分の中へ残るとは思っていなかった。

 祭りの夜は、たしかに特別だ。

 でも、たった一日でここまで気持ちが浮き上がるのは、少しだけ予想外だった。


 ただ同時に、その浮き上がりを嫌だとも思わない。

 むしろ、少しだけあたたかい。


 ことりはようやく身体を起こした。


「……学校、行かないと」


 声に出して、少しだけ落ち着く。


 今日は平日だ。

 祭りは終わった。

 いつもの教室で、いつもの授業がある。


 でも、たぶん“いつも通り”ではもういられない。

 少なくとも、自分の中では。


     ◆


 洗面台で顔を洗いながら、ことりは昨日の細かな場面をひとつずつ思い返していた。


 浴衣の袖を整えた時、少しだけ指が震えていたこと。

 人混みから少し離れた神社脇で、影山くんと二人で座った時間。

 “本当は、最初から少しだけ二人で話せたらと思っていました”と、自分で言えたこと。


 あれは、かなり勇気がいった。


 でも、そのあとで影山くんは困った顔をしながらも、ちゃんと受け取ってくれた。

 ごまかさなかった。

 軽く流さなかった。


 そして、もう一度、きちんと浴衣を褒めてくれた。


 今日の浴衣、ほんとに似合ってる。


 あの時の声は、最初に会った時よりずっと静かで、ずっと近かった。


「……ほんとに」


 鏡の前で、ことりは少しだけ目を伏せる。


 うれしかった。


 それを認めるのに、もうそこまで時間はかからなかった。

 浴衣を褒められたことがうれしかった。

 自分が来てよかったと言った時に、影山くんも“来てくれてよかった”と返してくれたことがうれしかった。

 その全部が、静かなのに深く残っている。


 大きなことは起きていない。

 告白したわけでもない。

 手をつないだわけでもない。

 特別な約束を交わしたわけでもない。


 それなのに、どうしてこんなにも満ち足りた気持ちになるのだろう。


「……少しだけ、ずるいです」


 自分でも、そんなふうに思う。


 影山くんはたぶん、本人が思っている以上に人の気持ちを受け取ってしまう。

 そして、受け取ったあとでちゃんと返してくる。

 それも、相手が困らないような形で。


 だからきっと、ことりだけじゃない。

 みずきも。

 レナも。

 つばさも。

 それぞれが少しずつ、あの人に近づいてしまうのだろう。


 でも、だからといって今朝の自分の幸福感が減るわけではなかった。


     ◆


 朝食を食べながら、母に「昨日は楽しかった?」と聞かれた時、ことりは少しだけ言葉に迷った。


「……はい」


 結局、そう答える。


 母はやわらかく笑った。


「浴衣、ちゃんと着て行ってよかったでしょ」


「そうですね」


「写真も撮ればよかったのに」


「撮る余裕はあまりありませんでした」


 それは半分本当で、半分は違う。

 撮る余裕がなかったというより、昨日は“その場にいること”で精一杯だった。


 写真に残さなくても、ちゃんと覚えているからいい。

 そう思ってしまうくらい、昨夜の時間はことりの中へ残っていた。


 母はそれ以上は何も聞かなかった。

 たぶん、娘の機嫌が少しだけいいことに気づいているのだろう。

 でも、あえてそこへ踏み込まない。


 そういうやさしさが、今朝は少しありがたかった。


     ◆


 登校中も、ことりは気づけば昨夜のことを思い返していた。


 駅までの道。

 朝の電車。

 窓の外を流れる見慣れた景色。


 そのどれもが普段通りなのに、胸の奥だけが少し浮いている。


 いつもならもっと授業のことや提出物のことを考えている時間だ。

 けれど今日は、どうしても影山くんの表情が先に浮かぶ。


 最初に浴衣姿を見て止まった顔。

 “変じゃない。すごく似合ってる”と返した時の、少しだけ強い声。

 神社脇で、自分の言葉をちゃんと聞いてくれた横顔。


 そして帰り際、最後に見た“来てくれてよかった”と言った時の顔。


「……だめですね、本当に」


 駅のホームで、また小さく呟く。


 でも今度の“だめ”は、どこか笑っているみたいな響きだった。


 こんなふうに、思い出すだけで少しだけ幸せそうになるなんて、自分でも少し意外だ。

 もっと冷静でいられると思っていた。

 少なくとも、月曜の朝には日常へ戻れると思っていた。


 でも戻れない。


 たぶん、昨夜のあの短い時間が、自分の中でちゃんと“特別”になってしまったからだ。


     ◆


 教室へ入る前、ことりは一度だけ深呼吸した。


 平常心。

 いつも通り。

 そう思う。


 けれど、扉を開けた瞬間、その決意は少し揺らいだ。


 影山がもう来ていた。


 席について、ノートを机に出している。

 いつも通りの朝の姿。

 でも、ことりにはもうそれが“昨日の続き”に見えてしまう。


 目が合う。


 一瞬だけ。

 ほんの一瞬だけ、影山の方も少しだけ止まった気がした。


「おはようございます」


 ことりはできるだけ自然に言う。


「……おはよう」


 返ってくる声も、いつも通りに聞こえる。

 聞こえるのに、その“いつも通り”の中へ、昨夜の記憶がちゃんと残っているのが分かってしまう。


 だから、ことりは少しだけ笑った。


 前より自然に。

 前より少しだけやわらかく。


 影山が、その笑顔を見てほんの少しだけ目を細める。

 その反応もまた、ことりには十分だった。


「朝比奈、今日なんか機嫌いい?」


 みずきが教室へ入ってすぐに言った。


「そうですか?」


「そう。顔やわらかい」


 ことりは少しだけ考えるふりをしてから答える。


「……たぶん、昨日が楽しかったので」


 言ってから、自分でも少し驚く。

 でも、嫌ではなかった。


 みずきは「うわ、素直」と笑う。

 レナは後ろの席で小さく「そういう日もあるでしょ」と言う。

 つばさはまだいない。


 教室の朝の空気はいつも通りに動き始めている。

 でも、ことりの中では何かが少し変わったままだ。


 祭りの夜を越えたあと、自分はたぶん、前より少しだけ素直になっている。

 そしてそれを、もうそこまで隠したいとも思っていない。


 優等生は祭りの翌朝、思い出すだけで少しだけ幸せそうになる。

 もし誰かにそう言われたら、きっと今の自分は否定できない。


 だって本当に、今朝の自分は少しだけ幸せそうなのだと、自分自身がいちばんよく分かっていたから。

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