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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第47話 観察者は花火の下で、自分がもう外側じゃないことを認める

 白鳥つばさは、図書室の戸締まりを終えたあと、一度だけ窓へ映った自分を見た。


 制服ではない。

 でも浴衣でもない。

 淡い色のブラウスに、揺れすぎないスカート。動きやすくて、でも少しだけ祭りの夜に合うように選んだ服。


 それを“普通”と呼ぶことはできる。

 ただし、その普通の中へ、今日は少しだけ意識が混ざっていた。


「……当たり前ですけど」


 小さく呟く。


 夏祭りへ行く。

 しかも、ただ立ち寄るだけではない。

 影山先輩たちがいる場所へ、自分から入っていくつもりでいる。


 観察者のままなら、もっと楽だったかもしれない。

 図書室の仕事が終わったあとに、祭りの方向を見て、きっと今ごろ誰がどんな顔をしているのだろうと想像するだけで済んだ。


 でも、それでは足りないともう分かってしまっている。


 ことり先輩も、みずき先輩も、レナ先輩も、それぞれ自分なりの形で“当事者”になっている。

 自分だけがずっと外側で観察しているのは、たぶんもう無理だ。


 いや、無理というより――したくない。


「……行きましょうか」


 誰に言うでもなくそう呟いて、つばさは図書室を出た。


     ◆


 祭り会場へ近づくにつれて、空気が変わっていく。


 屋台の匂い。

 提灯の色。

 遠くから重なる話し声。

 学校から帰る途中の駅前とは、同じ場所とは思えないくらい夜の輪郭が濃い。


 つばさは人の流れに紛れながら、少しだけ自分の鼓動が早いことに気づいていた。


 緊張しているのだと思う。

 それは祭りの人混みに対してというより、これから影山先輩と会うことに対して。


 仕事終わったら来いよ。


 あの一言が、思っていた以上に効いていた。

 来てもいい、ではない。

 来いよ。

 あれはかなり、つばさにとって都合のいい言葉だった。


「……ずるいですね、本当に」


 小さく笑う。


 通りの真ん中まで来たところで、つばさは少し立ち止まった。

 人が多い。

 四人、いや今は三人か四人か、それともすでに分かれているのか。

 きっともう、“みんなでずっと一緒”みたいな綺麗な形では動いていないだろう。


 そういう空気の変化は、見なくてもなんとなく分かる。


 なら、どこを探せばいいか。


 つばさは祭りの通りを見回した。

 にぎやかな中心から少し外れた、花火を見る人が集まり始める手前。

 そういう“少し引いた場所”に、影山先輩はいる気がした。


 案の定だった。


 通りからやや外れた神社寄りの道。

 提灯の灯りが届ききらず、少しだけ暗い場所に、影山涼太が一人で立っていた。


 完全に一人というわけではないのだろう。

 たぶん少し前まで誰かといた気配がある。

 でも今この瞬間だけは、確かに一人だった。


 つばさの足が、少しだけ速くなる。


「先輩」


 呼ぶと、影山が振り向いた。


 一瞬だけ、表情がやわらぐ。


「あ」


 短い声。


「来たか」


 その言い方が、あまりにも自然だった。


 つばさは少しだけ笑う。


「はい。仕事、終わったので」


「ちゃんと来たな」


「先輩が来いって言ったので」


 そう返すと、影山は少しだけ困ったように目を細めた。


「それ、言い方だけ抜くと語弊あるな」


「でも事実です」


「便利な言葉だな、それ」


「最近よく使います」


 やり取りが自然に続く。

 それだけで少し安心する。


 つばさは影山の少し前まで来て、通りの方を見た。


「みなさんは?」


「今ちょっと別れてる」


「やっぱり」


「分かるのか」


「想像通りです」


 つばさが言うと、影山は小さく笑った。


「おまえ、ほんとそういうとこだな」


「観察者なので」


 口に出してから、自分で少しだけ違和感を覚える。

 観察者。

 たしかにそうだった。

 でも今この場所でその肩書きを口にすると、少しだけ昔の自分みたいに聞こえる。


 影山も、それを感じ取ったのかもしれない。


「……まだ観察者なのか?」


 つばさは少しだけ黙った。


 祭りの音が遠くで重なる。

 人の流れのざわめき。

 綿あめの匂い。

 もうすぐ花火が上がるのだろう、通りの奥の方では人が場所を探し始めている。


「それを、今日は考えに来たつもりです」


 つばさは静かに答えた。


「考えに来た?」


「はい」


「ここで?」


「先輩がいる場所で、です」


 影山が少しだけ言葉に詰まったのが分かる。

 その反応に、つばさの胸の奥が少しだけ熱くなる。


 やっぱり今夜は、いつもより少し言葉が近い。


     ◆


 神社脇の、人の流れから少し離れた石段の近くへ移動する。


 花火を見る人たちがまだそこまで詰めていない場所で、少しだけ立ち止まる余白があった。


「ここなら見やすいかもな」


 影山が言う。


「はい」


 つばさは隣に並んだ。


 近すぎない。

 でも遠すぎもしない。


 学校では、こういう距離で並ぶこと自体が少ない。

 図書室ではカウンター越しだったり、本棚を挟んだり、仕事のやり取りが間にある。

 でも今日は違う。

 夏祭りという共通の夜があって、その中で隣に立っている。


「白鳥」


「はい」


「ほんとに来たな」


「まだそれ言います?」


「いや」


 影山は少しだけ視線を夜空へ向ける。


「たぶん、おまえが一番“来るかどうか分からない”感じだったから」


 その言葉に、つばさは苦笑した。


「自覚あります」


「あるのか」


「あります。私はたぶん、一番“観察者のふり”をしてましたから」


 言いながら、自分でも少しだけ整理がついていくのを感じる。


 そうだ。

 自分はずっと“ふり”をしていたのだ。


 観察者だから。

 外側から見ているから。

 冷静だから。

 そういう立場を、自分の気持ちの言い訳に使っていた。


「でも」


 つばさは続ける。


「祭りの日くらいは、観察者じゃなくてもいいと思って来ました」


 その言葉は、自分で思っていた以上にまっすぐだった。


 影山はすぐには何も言わなかった。

 少しだけ目を細めて、こちらを見る。


「……そっか」


 短い返事。

 でも、つばさにはそれで十分だった。


「変ですか」


「変じゃない」


 影山が言う。


「むしろ、その方が自然かもな」


「自然」


「最近のおまえ、観察っていうより普通にこっち側だろ」


 それは、ことり先輩にも似たようなことを言われた。

 でも、影山本人に言われると重みが違う。


 つばさは少しだけ視線を落とした。


「……やっぱり分かりやすいですか」


「前よりは」


「それは困りますね」


「なんでだよ」


「観察者っぽさが減るので」


「まだそこ気にしてるのか」


 少しだけ笑われて、つばさもつられて笑う。


 そのやり取りが、妙にやさしい。


「でも」


 つばさは夜空を見ながら言った。


「今は、観察じゃなくてよかったです」


 ちょうどその瞬間、最初の花火が上がった。


 空気を割るような音。

 夜の上で開く大きな光。

 提灯の色よりずっと強い明るさが、一瞬だけ二人の横顔まで照らした。


 つばさはその光の中で、影山の表情を見る。


 少し驚いたような、でもどこか納得しているような顔。

 そのまま、花火の音が少し遅れて届く。


「……白鳥」


 影山が低く言う。


「はい」


「今の、だいぶ本音だな」


「そうですね」


 つばさは否定しなかった。


「今日は、そういう日だと思うので」


「祭りだから?」


「それもあります」


 もう一発、花火が上がる。

 赤、青、白。

 光が夜を切り裂いて、そのあと少し遅れて胸に響く音が来る。


 その間を縫うように、つばさは小さく続けた。


「先輩のこと、ずっと見てるのは本当です」


 影山が黙る。


「でもそれ、もう“観察対象だから”だけじゃないなって、かなり前から分かってました」


「……」


「認めるのが少し遅かっただけです」


 花火の光が消えたあと、夜が一瞬だけ濃くなる。


 つばさは前を向いたまま、自分の指先を軽く握りしめた。

 ここまで言うつもりだったわけではない。

 でも、今日はたぶんそれでよかった。


 祭りの夜くらい、自分もちゃんと当事者になりたかったから。


「おまえ」


 影山が少し遅れて言う。


「最近たまに、思ってるより強いこと言うな」


「自分でもそう思います」


「困る」


 その言葉に、つばさは少しだけ笑った。


「でも嫌そうではないです」


「……まあ」


「その“まあ”は便利ですね」


「おまえの“観察者”と同じだろ」


「そうかもしれません」


 二人で少しだけ笑う。

 その笑い声も、花火の音にすぐ溶けていく。


     ◆


 花火はしばらく続いた。


 その間、二人は多くを話さなかった。

 でも、沈黙は重くない。

 むしろ、花火を見上げる時間ごと共有している感じが、言葉より強く残る。


 つばさは思う。


 たぶん今日、自分はひとつ線を越えたのだろう。

 観察者として、ではなく。

 後輩として、でもただの後輩ではなく。

 影山涼太という人の近くへ、自分の意思で一歩入った。


 それは少し怖い。

 でも、やっぱりうれしい方が大きかった。


「……来てよかったです」


 花火が一段落した時、つばさはぽつりと言った。


「うん」


 影山が答える。


「先輩は?」


「来てよかったと思ってる」


「そうですか」


「おまえも来たしな」


 また、そういうことを普通に言う。


 つばさはほんの少しだけ息を止めて、それから静かに笑った。


「やっぱり、ずるいです」


「何が」


「そういう返し方です」


 影山は少しだけ困ったように笑う。


 それで十分だった。


 観察者は花火の下で、自分がもう外側じゃないことを認める。

 もし誰かにそう言われたら、つばさは今日だけは素直にうなずける気がした。


 今はもう、観察じゃなくてよかった。

 その言葉を、自分で言えてしまった夜だった。

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