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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第37話 夏祭りの夜、平穏に帰れると思っていた僕が甘かった

 夏祭り当日の昼、影山涼太は自分の部屋で三回着替えた。


「……何やってんだろうな、俺」


 鏡の前で、小さく呟く。


 一着目は、あまりにも適当だった。

 近所のコンビニへ行くみたいな格好で、これではさすがに祭りへ行く人間ではない。


 二着目は、逆に少しだけ整えすぎた気がした。

 自分のキャラではない。誰に見せる気だ、と自分で突っ込みたくなる。


 結局、三着目で落ち着いた。

 黒に近いパンツと、薄いグレーのシャツ。

 気合いを入れすぎてはいない。

 でも、完全に手を抜いている感じでもない。


 それを確認してから、また少しだけ鏡を見る。


「……別に、誰かのためじゃないからな」


 言い訳みたいにそう言う。


 祭りへ行くだけだ。

 浴衣を着るわけでもない。

 誰かと待ち合わせの時間をぴったり決めたわけでもない。

 ただ、行けばたぶん、ことりも、みずきも、レナも、つばさも、それぞれ来る。


 問題はそこだった。


 今までの放課後は、何かしら理由があった。

 相談。

 買い出し。

 帰り道。

 図書室。

 秘密を拾ったことの延長。


 でも今日は違う。


 夏祭りという場所が先にあって、その中へ、それぞれの気持ちが勝手に集まってくる。

 相談役として立つには、明らかに向いていない舞台だ。


「……やっぱ行くのやめるか」


 一瞬だけ本気で思った。


 でも、やめたところで余計に面倒になる未来が簡単に想像できた。


 みずきは「何で来ないの!」と騒ぐだろう。

 ことりは静かな顔で「何かありましたか」と心配するだろう。

 レナは「別に」と言いながら、たぶん少しだけ機嫌が悪くなる。

 つばさは静かに「逃げましたね」と言いそうだ。


「……行くしかないか」


 観念して、影山は家を出た。


     ◆


 駅前へ近づくにつれて、祭りの空気が濃くなる。


 浴衣姿の女子が増え、私服でも少しだけ気合いの入った連中が目立つ。

 屋台の準備の匂い。

 遠くから聞こえる太鼓みたいな音。

 普段の駅前なのに、今日だけはまるで別の場所みたいだ。


 影山は人の流れに紛れながら、少しだけ息を吐いた。


 祭りそのものは嫌いではない。

 人が多いのは疲れるが、夕方から夜へ変わる途中の空気とか、屋台の灯りとか、ああいうものには少しだけ特別感がある。


 問題は、その特別感の中で、自分がただの“見る側”ではいられないことだ。


 駅前の広場を抜け、会場の通りへ入る。


 焼きそば。

 たこ焼き。

 かき氷。

 金魚すくい。

 色のついた提灯が続いて、道の両側から人の声が重なる。


「うわ……」


 思わず小さく漏れた。


 来たことはある。

 でも今年はやたらと、人の多さより“誰かと会う可能性”の方が前に出る。


 たとえば今この瞬間、角を曲がったところでことりが浴衣姿で立っていたらどうするのか。

 いや、委員の仕事があると言っていたから、まだ早いかもしれない。

 みずきはたぶん最初から来ていそうだ。

 レナは“たまたま会っても驚かない”と言っていた。あれはだいぶ来る側の言い方だった。

 つばさは図書室の仕事が終わり次第。


 考えれば考えるほど、平穏ではない。


「……最初からもう無理だな」


 そう呟いた時だった。


「影山!」


 よく通る声が、人混みの向こうから飛んできた。


 反射で顔を上げる。


 人の波の間から、手を振りながらこちらへ来る影が見えた。

 藤宮みずきだ。


 その瞬間、影山はわずかに息を止めた。


 みずきは浴衣ではなかった。

 私服だ。

 でも、それがむしろ今日の破壊力を上げていた。


 白のトップスに、明るすぎない色のスカート。

 いつもの学校で見る制服姿より少しやわらかくて、でも部活帰りみたいなラフさとも違う。

 明らかに“祭りへ来るための私服”で、しかもみずきの明るさにかなり似合っている。


 本人はいつも通り、勢いよく近づいてくる。

 でもその“いつも通り”の中身だけ、今日は少しだけ違って見えた。


「おっまたせ!」


「……いや、待ってないけど」


「うわ、反応うす!」


「薄くない」


「薄いって。もっとこう、びっくりするとかあるでしょ」


「してるよ」


「え?」


 言ってから、自分でも少しだけ早かったと思う。

 みずきも一瞬だけ足を止めて、きょとんとした顔になった。


「……ほんとに?」


「まあ」


 それ以上言うのも変に照れくさい。


 みずきは数秒黙って、それから少しだけ口元を上げた。


「へえ」


「何だよ」


「いや、なんか」


 みずきはそこで一歩だけ近づき、軽くその場でくるっと回ってみせる。


「どう? 今日の私服」


 不意打ちだった。


 しかも、そうやって自分から聞かれると余計に困る。


 影山は視線の置き場を少しだけ迷わせてから、正直に答えた。


「……似合ってる」


 また、みずきが止まる。


 ほんの一瞬だけ、周りの祭りの音が遠くなった気がした。


「それ、今すごい普通に言ったね」


「聞かれたからな」


「いや、でも」


 みずきは少しだけ頬を赤くして、視線を外した。


「そっか」


 そう言って笑う。


 その笑い方が、教室で見せるのよりほんの少しだけやわらかくて、影山はまた内心でため息をついた。


 やっぱり今日はだめだ。

 最初から平穏に帰れる気がしない。


「で?」


 みずきが気を取り直したように言う。


「まずどこ行く?」


「いや、俺は別に」


「えー、そこは“みずきの行きたいとこで”とか言うとこじゃない?」


「なんでだよ」


「祭りっぽいから」


「その理屈が分からない」


「じゃあとりあえず屋台見ようよ」


 みずきが当然のように歩き出す。

 影山もそのまま隣へ並ぶ。


 周りから見たら、どう見えているんだろうなと、ふと思った。


 祭り会場。

 少し気合いの入った私服の女子。

 その隣を歩く男子。


 学校の教室では、まだ“相談役”だの“中心人物”だのと曖昧にごまかせる。

 でもこういう場所へ来ると、それが一気にただの男女へ近づく。


 それが、祭りというやつの面倒なところだ。


「影山」


「何」


「今日、絶対楽しいよ」


「なんでそんな断言するんだ」


「だってもう、会えたし」


 さらっと言うな、と思う。

 思うが、口には出せなかった。


 みずきは前を向いたまま、少しだけ笑っている。

 その横顔はいつもと同じようでいて、やっぱり少し違った。


 影山はそこで、ようやくはっきり実感した。


 今日、自分は“相談役”としてここにいるわけではない。

 誰かの秘密を守るためでも、困りごとを処理するためでもない。


 一人の男子として、祭りの夜へ来てしまっている。


「……ほんとに甘かったな」


「何が?」


 みずきが聞く。


「いや、何でもない」


 そう返すしかなかった。


 夏祭りの夜、平穏に帰れると思っていた僕が甘かった。

 そのことだけは、会場へ入って最初の数分でもう十分すぎるほど分かってしまっていた。

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