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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第35話 観察者は祭りの日くらい当事者になってもいいのか、まだ少しだけ迷っている

白鳥つばさは、観察することに慣れている。


 誰が誰に何を言ったか。

 その時どちらが先に視線を逸らしたか。

 冗談のように聞こえる一言の中に、どれだけ本音が混ざっていたか。


 そういうものを、つばさはたいてい見落とさない。

 見ようとしているというより、勝手に入ってくるのだ。

 人の感情は、本人が隠しているつもりでも、意外と細かいところに残る。


 だから、ここ最近の教室の空気もよく分かっていた。


 朝比奈ことりは、夏祭りの話題になると少しだけ姿勢が硬くなる。

 静かな顔のまま、でもちゃんと勇気を出して自分から誘った。


 藤宮みずきは、最初から分かりやすい。

 “みんなで”と言いながら、本音では途中で二人きりになる時間を狙っている。

 そのくせ照れると全部冗談の方へ戻ろうとするから、見ていて少し忙しい。


 黒瀬レナはもっと面倒だ。

 興味ないふりをして、でも誰と行くのかは気になる。

 近寄りがたい顔をしながら、自分が入れる余地だけはちゃんと確認したがる。


 そして影山涼太は、そんな三人の違いを全部うっすら感じ取りながら、それでもまだ“相談役”の顔を完全には捨てられていない。


 そこまでは見える。


 問題は、自分だった。


「……私がいちばんややこしいですね」


 昼休み前の図書室で、つばさは小さく独り言をこぼした。


 開いた本の文字は読めている。

 でも意味はあまり頭に入っていない。


 自分もまた、影山先輩と夏祭りの時間を持ちたいと思っている。

 それはもうかなりはっきりしている。

 けれど、ことり先輩みたいに正面から頼むことも、みずき先輩みたいに勢いで押し切ることも、レナ先輩みたいに拗ねた本音をこぼすことも、自分には向いていない。


 そもそも、自分は少し前まで観察者だったはずだ。

 当事者の一人として夏祭りへ割り込んでいくのは、少しだけ順序が違う気もする。


 でも、そうやって考えている間にも、他の三人はちゃんと前へ進んでいる。


「……出遅れている自覚がある人間ほど、こういう時に余計迷うんですよね」


 困ったように小さく笑う。


 その時、司書の先生が棚の奥から顔を出した。


「白鳥さん、何か言った?」


「いえ、独り言です」


「最近ちょっと増えたね」


「そうかもしれません」


 増えたのは独り言だけではない。

 迷いも、意識も、たぶん少しずつ増えている。


     ◆


 昼休み、つばさは返却本を持って二年の教室へ向かった。


 最近ではもう、この行動もかなり自然になっている。

 図書室の本を届ける。

 期限のメモを渡す。

 司書の伝言を伝える。


 理由はいくらでもある。


 でも今の自分は、その理由の陰に別のものもちゃんと抱えていると分かっていた。


 二年の教室の扉は半分開いていた。

 中から、ちょうどみずきの明るい声が聞こえる。


「だから、途中で抜けてもいい相手ってちゃんと考えといてって!」


「何回言うんだよ、それ」


 影山先輩の、少し困った声。


 つばさは一瞬だけ足を止めた。


 やはり、祭りの話をしている。

 しかも今日はかなりみずき先輩のターンらしい。


 そこへ入っていくのは、少しだけ気まずい。

 でもここで引くのも、なんだか違う気がした。


「失礼します」


 声をかけて教室へ入る。


 ことり先輩が先にこちらへ気づき、軽く会釈した。

 レナ先輩は窓際から一瞬だけ視線を向け、すぐに戻す。

 みずき先輩は「あ、白鳥ちゃん」と言って、なぜか少しだけ意味ありげに笑う。

 そして影山先輩は、ほんの少しだけ“助かった”みたいな顔をした。


「先輩」


「何だ」


「返却本です」


 つばさが差し出すと、影山先輩はすぐに受け取った。


「ありがと」


「いえ」


 それだけのやり取り。

 でも、最近はその短さの中にも少しだけ馴染んだ感じがある。


「白鳥ちゃんも祭り来るの?」


 みずき先輩が聞いた。


 つばさは少しだけ間を置く。

 聞かれるだろうとは思っていた。

 でも、どう答えるかはまだはっきり決めていなかった。


「図書室の仕事が早く終われば」


 ひとまず、いつもの形で答える。


「またそれ」


 みずき先輩が笑う。


「白鳥ちゃん、そうやって一歩引いた感じにするけど、ほんとは来たいでしょ」


 直球だった。


 つばさは一瞬だけ黙る。

 ことり先輩が少しだけ困ったようにみずき先輩を見る。

 レナ先輩は面倒そうな顔をしているが、たぶん興味はある。


「来たいかどうかで言えば、来たいです」


 つばさは静かに答えた。


 みずき先輩が「ほらー」と笑う。

 ことり先輩が少しだけ目を細める。

 影山先輩は、それを聞いてほんの一瞬だけこちらを見た。


「でも」


 つばさは続けた。


「ちゃんとした約束をしてるわけではないので」


「それなら普通に来ればいいだろ」


 影山先輩が言う。


 ごく自然に。

 あまり深く考えていないようでいて、でもちゃんと受け入れる響きで。


 それが少しだけ胸に来る。


「……そうなんですけどね」


 つばさが言うと、みずき先輩がにやっとした。


「白鳥ちゃん、観察者の顔してるけど、ちゃんと当事者だもんね」


 その言い方は少しだけむずかゆい。


 否定したいような、でも完全には否定できないような。


「観察者でいたい気持ちもあります」


 つばさは正直に答えた。


「でも、祭りの日くらいは、少しだけ違ってもいいかなとも思ってます」


 教室の空気が、一瞬だけ静かになる。


 言いすぎただろうか。

 でも今さら引っ込める気にはなれなかった。


「白鳥さん」


 ことり先輩がやわらかく言った。


「それ、いいと思います」


 その返しが思っていたよりあたたかくて、つばさは少しだけ目を丸くした。


 ことり先輩は続ける。


「たぶん、みんな少しずつそうなってきているので」


 それは穏やかな言い方だった。

 でも、教室の中にある微妙な熱を全部含んだ言葉でもあった。


 レナ先輩が小さく息を吐く。


「優等生っぽいまとめ方」


「黒瀬先輩は違いますか」


「私はそんなにきれいに言えない」


「でも、同じこと思ってる顔してます」


 つばさが返すと、レナ先輩は少しだけ目を細めた。


「……白鳥、最近ほんと遠慮ない」


「前からです」


「いや、前はもう少し観察寄りだった」


 図星だった。


 つばさは少しだけ肩をすくめる。


「それは、そうかもしれません」


 影山先輩が、そこでふいに言った。


「白鳥」


「はい」


「仕事終わったら来いよ」


 短い一言。


 教室の空気がまた少しだけ止まる。


 みずき先輩が「うわ」と小さく言う。

 ことり先輩は一瞬だけまばたきして、それから静かに視線を落とす。

 レナ先輩は露骨に“そういうこと普通に言う”という顔をした。


 つばさ自身も、返事が一瞬遅れた。


「……いいんですか」


「来たいんだろ」


 簡単に言う。


 いつもこうだ。

 大げさなことはしない。

 でも、こちらが言いにくいところは自然に拾ってくる。


「なら、普通に来ればいい」


 その言い方は、図書室で“来るなら普通に来ればいい”と言われた時とよく似ていた。

 たぶん本人は何気なく言っている。

 でも、何気ないからこそ余計に効く。


「……では、そうします」


 つばさは小さく答えた。


 それ以上は無理だった。

 たぶん今の自分の顔は、少しだけ分かりやすい。


「よし、これで白鳥ちゃんも確定だね」


 みずき先輩が楽しそうに言う。


「確定という言い方はちょっと違う気がします」


「でも来るんでしょ?」


「はい」


「じゃあ確定じゃん」


 それ以上は反論しなかった。

 反論しても、今のはたぶん負ける。


     ◆


 放課後、つばさは図書室で本の整理をしながら、昼のやり取りを何度も思い返していた。


 仕事終わったら来いよ。


 たったそれだけ。

 でも、その一言で“行ってもいいのか”という迷いのかなりの部分が消えてしまった。


 観察者でいたい。

 でも当事者になりたい。

 その間でずっと少しだけ揺れていたのだと思う。


 たとえば、夏祭りへ行けばきっと人は多い。

 ことり先輩も、みずき先輩も、レナ先輩も、それぞれ影山先輩の近くにいたいと思っている。

 その中へ自分が入るのは、後輩として少しだけ遠慮もある。


 でも、だからといってずっと外側から見ているだけでいいかと聞かれたら、それは違う。


「……ずるいですね、ほんとに」


 小さく呟く。


 影山先輩のことだ。


 相手が迷っているところへ、自然に道を作ってしまう。

 だからことり先輩も、みずき先輩も、レナ先輩も、少しずつ前へ出てしまうのだろう。


 そして自分も、結局は同じなのだと思う。


「白鳥さん」


 司書の先生がカウンターから声をかける。


「今日ちょっと早く終われそう?」


「はい」


「よかった。じゃあ戸締まり一緒に確認して今日は上がっていいよ」


 その言葉に、つばさは一瞬だけ静かに息を吸った。


 早く終われる。

 つまり、行ける。


「……ありがとうございます」


 声が少しだけやわらかくなった気がした。


     ◆


 帰り道、図書室から昇降口へ向かう廊下は、夕方の光で少し赤くなっていた。


 つばさは一人で歩きながら、自分の胸の内を少しずつ整理していく。


 観察者は、祭りの日くらい当事者になってもいいのか。

 その答えは、たぶんもう出ている。


 いい。

 少なくとも、自分はそうしたい。


 それでも、まだ少しだけ迷いが残るのは、いちばん近くで見てきたからだ。

 ことり先輩がどれだけ静かに勇気を出してきたか。

 みずき先輩がどれだけ冗談のふりで本気を押し出しているか。

 レナ先輩がどれだけ遠回しに、本当は近づきたがっているか。


 全部分かる。

 分かるから、自分だけが軽い気持ちで入り込んではいけない気もする。


 でも、軽い気持ちではないからこそ、今ここにいるのだとも思う。


「……面倒ですね」


 小さく笑う。


 自分の感情は、自分で思っていたよりずっと面倒だった。


 影山先輩を見ていると落ち着く。

 でも、他の人と話しているのを見ると少しだけ引っかかる。

 図書室での短い会話を何度も思い返す。

 祭りの日に“普通に来ればいい”と言われただけで、こんなふうに一人で考えてしまう。


 それはもう、観察だけではない。


「……出遅れているなら、少しくらい前へ出てもいいですよね」


 誰に確認するでもなく、つばさはそう呟いた。


 その声は、思っていたより落ち着いていた。


 まだ少しだけ迷っている。

 でも、その迷いごと持って行けばいい気もしている。


 祭りの日くらい、観察者の席を少しだけ離れてみてもいい。

 たぶん、今はそのくらいの時期なのだ。

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