第33話 元気系女子は夏祭りを“みんなで”と言いながら、本音では二人きりの時間を狙っている
藤宮みずきは、自分が分かりやすいタイプだという自覚はある。
楽しい時は顔に出るし、むかついた時は声に出る。
照れた時だけはごまかそうとするけれど、たぶんそのごまかし方まで含めて分かりやすい。
だから、夏祭りが近づいてからの自分がだいぶ危ないことも、みずき本人がいちばんよく分かっていた。
「……いや、これは普通」
日曜の夜、自室のベッドの上に服を何着か広げて、みずきは真剣な顔で呟いた。
夏祭りはまだ少し先だ。
なのにもう服を考えている。
早い。
かなり早い。
でも仕方がない。
浴衣にするか。
私服にするか。
動きやすさを取るか、ちょっと可愛く見えるのを取るか。
“みんなで行く”のに、ここまで悩む必要は本来ない。
ないはずなのに、悩んでいる時点で、もう答えは出ていた。
「別に二人で行くわけじゃないし」
そう言ってみる。
でも、その言葉のあとにすぐ別の本音が追いかけてくる。
――途中で、二人きりになる時間があったらいいな。
そこまで考えて、みずきは枕へ顔を埋めた。
「うわー、もうだめだ」
ほんとうに、最近の自分はちょっとだめだと思う。
最初はただ面白かっただけなのに。
ちょっと困った顔をして、それでもちゃんと相手の話を聞く男子。
女子のちょっとした相談に、変に茶化さず答えるやつ。
からかうと反応がちゃんと返ってくるから、つい近づいてしまった。
それが今では、“話したいから話しかける”の方が増えている。
土曜の買い物なんて、その象徴みたいなものだった。
部活バッグを見る。雑貨も見る。
名目はそうだったのに、実際にはフードコートへ行って、荷物を持たれて、また行くみたいな話までしている。
そして今は、その続きみたいに夏祭りのことを考えている。
「……相談じゃないもんね、もう」
自分で言って、小さく笑う。
でも、だからといっていきなり真正面から行けるほど強くもない。
結局みずきにできるのは、“みんなで”を前に置いて、その裏で少しだけ“二人きり”を狙うくらいだ。
そういうところも含めて、自分らしいといえば自分らしかった。
◆
月曜の朝、教室へ入ると、夏祭りの話題はまだ生きていた。
むしろ週明けのぶんだけ具体的になっている。
「浴衣どうする?」
「部活あるから着替えるの面倒じゃない?」
「でも写真撮りたい」
「駅前の屋台、今年も出るかな」
みずきは自分の席へ鞄を置きながら、影山の方をちらりと見た。
影山はもう来ていて、いつものようにノートを机へ出している。
平日も休日も、こいつは妙に生活の輪郭が安定している。
だからこそ、祭りみたいな“浮ついたイベント”に巻き込むと、どんな顔をするかが気になる。
「おはよ、影山」
「おはよう」
「今日のお弁当なに」
「おまえ、それもはや挨拶の一部になってるな」
「大事だから」
「今日はそぼろ」
「よし」
「何がだよ」
いつもの流れ。
でも今日は、そのいつもの流れの先に、本題がちゃんとあった。
「ねえ」
「何」
「祭りさ」
影山が少しだけ嫌そうな顔をする。
そこまで露骨じゃないが、“来たな”という顔だ。
「まだその話やるのか」
「やるよ。大事だから」
「何が」
「人の流れとか」
「そっち?」
「あと待ち合わせとか」
「そっちか」
みずきは椅子に浅く腰かける。
朝比奈ことりは少し離れた席でノートを広げているが、たぶん聞こえている。
レナは窓際でぼんやりしているふりをしているが、たぶん聞いている。
つばさはまだ来ていない。
それでも、ここはある程度みずきのターンだと思っていた。
「みんなで行くとしてもさ」
「うん」
「途中で別行動とかはあるじゃん」
「まあ、あるだろうな」
「でしょ?」
「だから?」
そこから先が、少し難しい。
あまり露骨だとみずきらしくない。
でも、全然本音が混ざっていないふりも、今の自分にはできない。
「途中で抜けてもいい相手、ちゃんと考えといてね」
できるだけ軽く、冗談っぽく言った。
教室の空気がほんの少しだけ止まる。
やばい。
今のは、思っていたよりちゃんと出たかもしれない。
影山がきょとんとした顔をする。
「……何だそれ」
「えー、だって祭りってそういうのあるじゃん」
「どこ情報だよ」
「経験則!」
「説得力あるようでないな」
みずきは笑ったが、自分の耳が少し熱いのが分かった。
そこでことりが、静かな声で言った。
「藤宮さん」
「ん?」
「今の、かなり分かりやすかったです」
うわ、と思う。
でも、ことりの言い方は責める感じではなかった。
ただ“そう見えました”と淡々と事実を出してくるだけで、それが逆に刺さる。
「朝比奈までー?」
「だって本当に」
ことりは少しだけ困ったように笑った。
「“みんなで”と言いながら、本音は少し違う感じでした」
鋭い。
ほんとうに鋭い。
レナがぼそっと横から刺す。
「最初からそうでしょ」
「黒瀬、そこまで言う?」
「言う」
「ひど」
でも、否定はしにくい。
影山はそこでようやく、少しだけ本気で考えるような顔になった。
「……途中で抜けるとか、そういうの考えるものなのか」
「考えるよ」
みずきが言う。
「少なくとも、私は」
最後を少しだけ強くした。
意味は伝わっただろうか。
伝わった気もするし、微妙に流された気もする。
それがまた、この人のやりにくいところだった。
◆
昼休み、みずきは部活仲間の女子に見事に捕まった。
「で?」
「何が」
「祭り、誰狙いなの」
「狙いって何」
「いや絶対いるでしょ」
逃げ場がない。
教室の隅、購買パンをかじりながら、みずきは顔をしかめた。
「いないって」
「嘘。今日の朝の“途中で抜けてもいい相手、考えといて”聞いたよ?」
「何で聞いてんの!」
「聞こえたもん」
最悪だ。
「藤宮、それ完全にアレじゃん」
「アレって何」
「二人きりになりたい人いるやつ」
「……」
言葉に詰まる。
部活仲間はそこで目を輝かせた。
「いるんだ」
「違うし」
「いや今の間で分かるって」
みずきは購買パンの袋を握りつぶしそうになりながら、観念したように息を吐いた。
「……いたとしても、別に何かあるわけじゃないから」
「へえー」
「そのへえやめて」
「誰?」
「言わない」
「同じクラス?」
「言わない」
「背高い?」
「だるい!」
もうほとんど答えているようなものだった。
その部活仲間はにやにやしながら、みずきの服装をじろじろ見る。
「じゃあ祭りの日、私服どうすんの」
「え」
「そこ考えてるでしょ」
「……考えてない」
「嘘。今の声の細さで分かる」
ほんとうに最悪だ。
でも図星だった。
みずきは声を落とした。
「浴衣だと重いかなって」
「ほう」
「でも私服だと、普通すぎるかなとも思うし」
「もう完全に“見せたい相手”いる人の悩みじゃん」
「うるさい」
「かわいい系?」
「だからうるさい!」
顔が熱い。
本気で熱い。
けれど、ここまで言われると逆に少しだけ整理される。
そうか。
自分はちゃんと、“影山にどう見えるか”を考えているのだ。
それをもう否定はできない。
「……ちょっとだけ、かわいい方がいいかも」
小さく認めると、部活仲間が満足そうに頷いた。
「よし。じゃあ今週どっかで見に行こ」
「勝手に決めるな」
「背中押してあげてるの」
「いらないお世話」
「でも必要でしょ」
必要かもしれない。
そこもまた悔しい。
◆
放課後、みずきは部活前の短い時間で影山を見つけた。
教室の後ろで鞄を閉じている。
ことりは委員の書類を先生に届けに行っていて、レナはもう先に出た。
今なら少しだけ話せる。
「影山」
「ん?」
「今日の朝のやつ」
「祭りの話?」
「うん」
影山は少しだけ首をかしげる。
「途中で抜けてもいい相手がどうとか」
「そうそれ」
「まだ言うのか」
「言うよ。大事だから」
みずきはできるだけ軽い顔をした。
「ちゃんと考えといてね」
「何でそんな念押しするんだよ」
「だって祭りってさ」
「うん」
「人多いし、流れでばらけるじゃん」
「まあ」
「その時に、“あ、別に一人でいいや”ってなるのやだから」
これは、かなり本音に近かった。
影山はそれをどう受け取ったのか、少しだけ黙った。
そして、短く聞く。
「おまえは?」
「え」
「抜けてもいい相手」
不意打ちだった。
みずきは一瞬、完全に止まる。
「な、何それ」
「いや、おまえが言い出したんだろ」
「そうだけど!」
「じゃああるんだ」
その言い方が少しだけずるい。
みずきは視線を逸らした。
「……あるよ」
小さく答える。
「へえ」
「そこでへえって言うの、ほんとやめて」
「なんで」
「いろいろ困るから!」
影山は少しだけ笑った。
その笑い方を見ると、まだ全部は伝わっていない気もする。
でもまったく気づいていないわけでもない気がする。
その曖昧さが、最近の影山らしかった。
「じゃあおまえ、服とかも考えてるのか」
影山が何気なく言う。
みずきは本気で固まる。
「……」
「何だよ」
「それ今聞く?」
「いや、祭りの話だし」
「それはそうだけど!」
でも、その質問自体が少しうれしい。
影山が“祭りの日のみずき”を具体的に想像しているってことだからだ。
「……ちょっとは考えてる」
小さく答える。
「浴衣じゃないのか」
「どうだろ。まだ迷ってる」
「そっか」
「何、その薄い反応」
「いや、別に」
「感想ないの?」
「何の」
「どっちがいいとか!」
自分で言っておいて恥ずかしくなる。
でももう遅い。
影山は少し考えて、それから言った。
「おまえが動きやすい方でいいんじゃないか」
「それはそうだけど!」
「祭りって疲れるだろ」
「そうだけど!」
「でも」
影山はそこで少しだけ言葉を選ぶように視線を上げた。
「たぶん、おまえは少し気合い入ってる方が似合う」
みずきは本気で息を止めた。
「……何それ」
「いや、だから」
「今それ、普通に言った?」
「何が」
「気合い入ってる方が似合うって」
「変だったか」
「変じゃないけど、ずるい!」
言い捨てるみたいにそう返して、みずきは半歩下がる。
だめだ。
今日はこれ以上話していたら本当に変なことを口にしそうだ。
「もう部活行く!」
「おう」
「今の、忘れないで!」
「どっちだよ」
「そこはいいから!」
教室を飛び出しながら、みずきは自分の頬がかなり熱いのを感じていた。
元気系女子の“みんなで行こう”は、表向きの安全地帯だ。
でも本音では、ちゃんと二人きりの時間を狙っている。
その本音が、今日はだいぶ外へ出てしまった気がする。
それでも、完全に嫌ではない。
むしろ、前へ進んでいる感じがして、少しだけうれしい。
◆
夜、部屋に戻ったみずきは、またベッドの上に服を広げていた。
昨日より真剣かもしれない。
部活仲間に「ちょっと気合い入ってる方が似合うって言われた」と伝えたら、「それもう答えじゃん」と笑われた。
その通りだと思う。
「……よし」
鏡の前で一着を持ち上げる。
派手すぎない。
でもちゃんと可愛い。
動きやすくて、祭りの人混みでも困らない。
そして何より、“少し気合い入ってる”くらいには見える。
影山がその時どんな顔をするのか、ちょっとだけ楽しみだ。
「途中で抜けてもいい相手、ちゃんと考えといてね」
昼間、自分で言った言葉を思い出す。
冗談っぽくした。
でも、本気半分どころかたぶん七割くらい本気だった。
夏祭りは、ただのイベントだ。
でも、その中で少しだけ二人きりになれる時間があれば、今までとは違う何かが起きるかもしれない。
そんなことを期待している時点で、もうかなり重症だった。
みずきは枕に顔を埋めて、くぐもった声で呟いた。
「……ほんと、冗談だけで済まなくなってきたなあ」
でもその言葉は、前みたいな“まずい”ではなかった。
照れる。
面倒。
落ち着かない。
でも、ちゃんと楽しみ。
それが今の自分の正直な気持ちだと、もうかなりはっきり分かっていた。




