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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第30話 夏前の放課後は、ちょっとした寄り道すら特別に見えてしまう

 放課後の校舎というのは、時間が少しだけゆるむ場所だ。


 授業が終わった直後のざわつきがあって、部活へ向かう声があって、それが少しずつ薄まっていく。

 昼間の学校は、誰かに見られている場所だ。

 でも放課後は違う。

 教室も廊下も階段も、同じ場所のはずなのに、少しだけ“個人の時間”に近づく。


 影山涼太は最近、そのことをやたら意識するようになっていた。


 前はただ、帰る時間だった。

 授業が終わって、鞄を持って、家へ帰って、夕飯を作って、明日の弁当のことを考える。

 それだけでよかった。


 でも今は違う。


 放課後になると、誰かと少し話す。

 何かを頼まれる。

 相談を受ける。

 帰り道が重なる。

 寄り道が増える。


 そういう“小さいずれ”が、いつの間にか積み重なっていた。


「……ほんと、変わったな」


 誰に聞かせるでもなく、影山は廊下の窓の外を見ながら小さく呟いた。


 今日は特にこれといった予定はない。

 放課後の教室も、いつもより静かだ。

 みずきは部活へ行った。

 ことりは委員のまとめを済ませて少し前に帰った。

 レナも今日は真っ直ぐ帰るらしい。

 つばさは図書室だろう。


 珍しく、一人だ。


 一人なのに、頭の中にはそれぞれの顔が浮かぶ。


     ◆


 朝比奈ことりのことを思い出す。


 最初は、ただの気まずい相手だった。

 誰にも知られたくないものを拾ってしまって、終わったと思った放課後。

 あの時のことりは、本気で青ざめていて、本気で消えてしまいたそうな顔をしていた。


 それが今では、影山に向かって自然に「おはようございます」と言う。

 少し困ったことがあれば、ちゃんと頼ってくる。

 そして時々、静かな顔のまま、かなり近いところまで本音を言う。


 夏服の話をした日もそうだ。


 変じゃない、と伝えた時の、少しだけ安心した顔。

 髪をまとめたまま、やわらかく笑った横顔。

 「明日もこの髪型で来ても大丈夫ですか」と聞かれた時の、あの妙な近さ。


「……優等生って、あんな顔するんだな」


 思わずそんなことを考える。


 前なら見えていなかった顔だ。

 というより、自分へ向けられているなんて思わなかった顔だ。


 ことりとの放課後は、派手ではない。

 でも、そのぶんだけ静かに残る。

 委員の買い出しへ付き合った日の帰り道なんて、ただ文具店へ行っただけなのに、変に記憶へ残っている。


 ファイルとボールペンと、色画用紙の入った袋。

 駅前の夕方。

 「私も、ちゃんと誘えた」と言った、あの小さな声。


 何も起きていない。

 でも、何も起きていないとは言い切れない。


 そういう曖昧な時間が、今のことりとの距離には多かった。


     ◆


 みずきのことを思い出すと、少し違う温度になる。


 最初はうるさいやつだった。

 今もだいぶうるさい。


 でも、あいつのうるささは最初の頃と少し変わった。

 ただ面白がって距離を詰めるだけじゃない。

 最近は、その勢いの中にちゃんと“自分から前へ行く”意志が混ざっている。


 土曜の買い物は、その象徴みたいな一日だった。


 部活用品を見る。

 雑貨も少し見る。

 名目はそれだけ。


 なのに実際には、フードコートで飲み物を飲んで、スポーツバッグを一緒に見て、ついでにブレスレットまで手に取っていた。

 どう見ても“ただの付き添い”ではなかった。


 みずきの近さは、ことりと違って分かりやすい。

 手を振る。

 笑う。

 勢いで変なことを言う。

 でも本気の部分ほど、最後は照れて冗談に逃がそうとする。


「今日のこと、相談の延長ってことで!」


 あの帰り際の一言を思い出して、影山は少しだけ笑った。


 無理があるだろ、とその時も思った。

 でも、みずきがそう言わないと照れを処理できないことも、最近はだいぶ分かる。


 元気で、勢いがあって、距離が近い。

 そのくせ本気になると、意外なくらい臆病だ。


 そういうのを知ってしまうと、前みたいに“ただうるさい”では済まなくなる。


 買い物帰りのベンチで、「また行く?」と聞かれた時の声は、かなり本気だった。

 あれも相談なんかじゃない。

 でも、みずきにとってはそうやって冗談と本音の間を行き来するのが、いちばん自然なのだろう。


 放課後が、少しだけ騒がしくて、少しだけ明るくなる。

 みずきとの時間は、いつもそうだった。


     ◆


 レナのことを思い出すと、空気が少しだけ静かになる。


 自販機前。

 雨の日。

 公園のベンチ。

 そういう、人の少ない場所の記憶が多い。


 レナは、教室の真ん中で距離を縮めるタイプじゃない。

 むしろ人のいるところほど、表情を固くする。

 でもそのぶん、人が減った場所では少しだけ本音がこぼれる。


 最初に家へ来た日のことも、まだ覚えている。

 あの時のレナは、疲れていて、でも助けを求めるのが下手で、それでも限界の一歩手前だった。


 静かな部屋が落ち着く、と言った時の声。

 そして最近では、「自分だけが知らない時間があると少し機嫌が悪くなる」みたいなことまで言うようになった。


「……あれは反則だろ」


 影山はひとりでため息をついた。


 拗ねていると自覚していない感じで拗ねる。

 でも、ちゃんと本音の範囲まで下りてくる。


 レナとの会話は、いつも少し危うい。

 踏み込みすぎると閉じる。

 でも離れすぎると、今度はそれが少し不満そうになる。


 だから、距離を間違えないようにしているつもりだ。

 聞きすぎず、放しすぎず。

 それがたぶん正解なのだと思う。


 でも最近は、その“正解”を考えている時点で、前よりだいぶ深く関わってしまっている気がする。


 帰り道の分かれ道で、レナが「先に言うかも」と言ったあの時の顔は、きっとしばらく忘れない。

 普段は近寄りがたい女子ほど、夕方の静けさの中では少しだけ弱くなる。


 その変化を知ってしまったのも、たぶん自分だけではない。

 でも、少なくとも自分はそれを見てしまった。


 だから前みたいに、ただ“近寄りがたい女子”とは思えなくなっていた。


     ◆


 つばさのことを考える時は、少しだけ気持ちが複雑になる。


 あの後輩は、見ている。

 ほんとうによく見ている。


 噂の流れ方も。

 教室の空気も。

 ことりやみずきやレナの感情の動きも。

 そして、たぶん自分のことも。


 図書室で話すと、いつも少しだけ自分が試されているような気がする。

 でも最近は、その“試す感じ”の中に、前より少しだけ個人的な温度が混ざってきた。


 返却本のついで。

 整理の手伝い。

 噂の補正。

 全部それっぽい理由だ。

 でも、あの後輩はもう、理由だけで動いているわけではない気がする。


 「今度は、観察じゃなくて、普通に先輩と話したいです」


 図書室で言われた時、影山は正直少し驚いた。


 あそこまで真っ直ぐに来られるとは思っていなかった。

 しかもつばさは、そういうことを言ったあとで自分がかなり動揺するタイプでもある。

 落ち着いているように見えて、その実いちばん整理が遅れているのは自分かもしれない、と本人も分かっている感じがした。


「観察者、って立場も楽じゃないんだな」


 ぽつりと呟く。


 つばさの時間は、他の三人と少し違う。

 静かで、言葉が少なくて、そのくせ一言ずつが妙に残る。


 図書室の光。

 返却棚の前の並んだ本。

 「個人的すぎるので」と言った時の声。


 派手なことは起きない。

 でも、気づくと妙に思い出している。


     ◆


 そこまで考えたところで、影山は自分がずいぶん長く廊下に立っていることに気づいた。


 教室の中はもうかなり静かだ。

 残っている生徒も少ない。


 前なら、放課後に一人でこんなふうに考え込むことはなかった。

 あったとしても、次の夕飯の献立とか、冷蔵庫の中身とか、そういう生活のことだ。


 なのに今は、誰かとの寄り道や、短い会話や、帰り道の空気なんかを思い返している。


 しかも、それを嫌だとは言い切れない。


「……平穏じゃないな、ほんと」


 小さく笑うように言う。


 パンツ入りの紙袋を拾った日、青春は終わると思った。

 少なくとも、自分の“静かで平凡な高校生活”はそこで崩れる気がした。


 実際、崩れた。

 秘密を抱え、相談され、妙な噂の中心になり、女子同士の空気まで読まされる羽目になっている。


 平穏とはほど遠い。


 でも、そのかわりに手に入ったものもある。


 ことりの静かな笑顔。

 みずきの勢いと、その裏の本音。

 レナの不器用な信頼。

 つばさの観察の奥にあるやわらかさ。


 どれも、前の自分には見えなかったものだ。


 放課後の寄り道なんて、少し前までは“ただの時間の無駄”だった。

 でも今は違う。


 フードコートの飲み物。

 文具店の帰り道。

 公園のベンチ。

 図書室の返却棚。


 どれも、それぞれに違う特別さがある。


 派手な事件じゃなくても。

 大きな言葉じゃなくても。

 少しずつ、確実に、自分の中へ残っていく。


「……平穏じゃない。でも」


 影山は廊下の窓へ手をかけ、少しだけ外の風を入れた。


 夕方の空気は、もうかなり夏に近い。

 ぬるくて、でも日が落ちる前のやわらかさがある。


「前より少しだけ、悪くない」


 それは、誰に向けるでもない本音だった。


 面倒だ。

 騒がしい。

 落ち着かない。

 たぶんこれから先、もっとややこしくなる。


 それでも、今の放課後を前の何もない放課後と交換したいかと言われたら、少しだけ迷う自分がいる。


 そのことを認めた瞬間、影山は小さく息を吐いた。


 もう、後戻りはできないのかもしれない。

 でも、それも悪くない。


 そんなふうに思ってしまうくらいには、今の時間はちゃんと特別になっていた。

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