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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第27話 近寄りがたい女子は、自分だけが知らない時間があると少し機嫌が悪くなる

黒瀬レナは、自分がこんなふうに機嫌の悪さを自覚するタイプだとは思っていなかった。


 もともと愛想がいい方ではない。

 だから、周囲から見れば普段から少し不機嫌そうに見えている自覚はある。

 それは別に否定しない。むしろ都合がいい時もある。変に近づかれずに済むし、余計なことを聞かれにくい。


 けれど最近の自分は、そういう“外から見える無愛想”とは少し違うところで、本当に機嫌が悪い日が増えていた。


 しかも、その原因がだいたい一人の男子に絡んでいるのが、いちばん面倒だった。


「……はあ」


 昼休み前、窓際の席で頬杖をつきながら、レナは小さく息を吐いた。


 視線の先では、藤宮みずきが朝比奈ことりと何か話している。

 二人とも表面上はいつも通りだ。

 でも最近は、ことりの静かな顔の奥に少しだけ熱があるのも、みずきの冗談っぽい声の奥に本音が混ざっているのも、レナにはだいたい分かる。


 全部、影山涼太のせいだ。


 みずきは土曜日、影山と買い物へ行った。

 ことりはそのあと、自分も委員の買い出しを口実に影山を誘った。

 どちらもレナは直接聞いたわけではない。

 でも空気で分かる。二人の態度と、影山の微妙な反応で、だいたい察せてしまう。


 そしていちばん腹立たしいのは、自分だけがその“知らない時間”を持っていないことだった。


 別に欲しいわけじゃない。

 ……いや、欲しいのかもしれない。

 そこがもう面倒だ。


「黒瀬?」


 隣の席の女子が声をかけてきて、レナははっとした。


「何」


「次の授業、移動だよ」


「ああ」


 教科書を持ち上げる。

 完全に考えごとをしていた。


 最近、こういうのが少し増えた。

 前なら、人のことなんてここまで気にしなかったのに。


「……最悪」


 小さく呟いて立ち上がる。


 最悪なのは、影山が他の誰かとどこかへ行ったことそのものではない。

 その話を聞いた時、自分の胸の奥が少しだけざらつく、その感覚だ。


 たぶんこれは、拗ねているに近い。

 認めたくないが、かなりそうだ。


     ◆


 午後の授業が終わる頃には、そのざらつきは少しだけ薄れていた。


 いや、薄れたというより、教室のざわつきの中へ紛れて見えにくくなっただけかもしれない。

 放課後の空気には、そういう誤魔化し方がある。


 みずきは今日も部活へ行くらしく、元気な声で鞄をつかんでいる。

 ことりは委員のまとめをしている。

 つばさはたぶん図書室だろう。


 そして影山は、自分の席でノートをしまっていた。


 レナはその様子を何気ないふりで見て、やっぱり少しだけ機嫌が悪くなる。


 みずきとも。

 ことりとも。

 最近の影山は、それぞれと“二人の時間”を持っている。


 大したことじゃないのかもしれない。

 でも、そういう小さい積み重ねがちゃんと距離になることを、レナは知っている。


 知ってしまったからこそ、余計に面倒なのだ。


 教室を出る。


 いつもならそのまま一人で帰る。

 だが今日は、なぜか足が自販機の方へ向いた。


 行きたいわけじゃない。

 ただ、喉が渇いていた。

 それだけだ。


 ……ということにしておきたかった。


     ◆


 校舎脇の自販機前は、夕方になると少し人が減る。


 部活へ急ぐやつはグラウンド側へ行くし、すぐ帰るやつは昇降口から駅へ向かう。

 だからここは、少しだけ中途半端で、少しだけ静かだ。


 レナは小銭を入れ、スポーツドリンクのボタンを押した。

 落ちてくる音を聞きながら、ふと後ろに気配を感じる。


「黒瀬」


 振り向かなくても分かった。


「……何」


 影山涼太だった。


 レナは缶を取り出し、わざとぶっきらぼうに開ける。


「珍しいな、ここ」


「別に」


「またそれか」


「便利だから」


 影山が少しだけ笑う。


 その笑い方が、最近やたら自然に見えるようになったのが、また少しだけ腹立たしい。


「なんか、機嫌悪くないか」


 直球だった。


 そういうところだ。

 回りくどくなくて、でも責める感じでもない。

 だから余計に返しづらい。


「いつもでしょ」


「今日はちょっと違う」


「何が」


「刺さり方」


 レナは缶を持つ手に少しだけ力を入れた。


 見抜くな。

 そういうのを見抜くな。


「……あんた、最近暇なの」


「何でだよ」


「人の機嫌の違いまで拾ってるから」


「前からだろ」


「前よりひどい」


 そこまで言ってから、レナは少しだけ顔をしかめた。

 言いすぎた気もする。

 でも訂正するのも嫌だった。


 影山は少しだけ黙ったあと、自然に隣の自販機へ寄りかかった。


「最近、俺なんかした?」


 その問いに、レナは一瞬本気で言葉を失う。


 なんかした?


 した。

 かなりした。

 でも、その“した”は悪い意味じゃない。

 だから説明しにくい。


「……忙しそう」


 結局、出てきたのはそんな言葉だった。


「は?」


「最近。なんか、いろいろ」


 影山が少しだけ首をかしげる。


「いろいろって」


「そのまま」


「授業と弁当とおまえらのせいで忙しいのはたしか」


「おまえらってまとめるな」


 反射で言い返す。


 影山が少しだけ目を細めた。


「そこ引っかかるのか」


「引っかからないけど」


「引っかかってるだろ」


「……うるさい」


 少しだけ沈黙が落ちる。


 自販機のモーター音。

 遠くの運動部の掛け声。

 風で木の葉が揺れる音。


 レナは缶の水滴を指でなぞりながら、ようやく少しだけ本音に近づいた。


「……みずきと買い物行ったんでしょ」


 言った。


 思っていたより静かな声で。


 影山は一瞬だけ驚いた顔をした。

 そりゃそうだろう。

 レナがそこを拾ってくるとは思っていなかったはずだ。


「なんで知ってる」


「空気で分かる」


「怖いなそれ」


「うるさい」


 そして少し間を置いて、もう一つ。


「ことりとも買い出し行ったって」


 今度は影山がため息をつく。


「……そこまで広がってるのか」


「広がってるっていうか、見てれば分かるだけ」


 それは本当だった。


 みずきの顔は分かりやすいし、ことりは隠すのがうまいようで微妙に隠しきれていない。

 そして影山自身も、相手によって少しずつ反応が違う。


 見ていれば分かる。


 見たくなくても、最近は目に入る。


「だから何だよ」


 影山が聞く。


 その問いに、レナは一瞬答えに困った。


 だから何だよ。

 そうだ。

 別に何でもないのかもしれない。


 でも、何でもないで終わらせるには、少しだけ感情がざわつきすぎていた。


「……最近、あんた忙しそうって言ったでしょ」


「うん」


「それがちょっと、気に入らないだけ」


 言ってしまった。


 そして言った瞬間、自分で何を言ってるんだと思う。


 かなり子どもっぽい。

 かなり拗ねている。

 最悪だ。


 影山はすぐには何も言わなかった。

 でも、その沈黙が変にやさしい。


「……黒瀬」


「何」


「それ、ちょっと拗ねてるのか」


 ど真ん中だった。


「は?」


 反射で強い声が出る。


「違う」


「いや」


「違うって」


「じゃあ何なんだよ」


 聞くな。

 そこをさらに聞くな。


 レナは完全に顔が熱くなるのを感じた。

 でもここで逃げたら、たぶんもっと悔しい。


「……自分だけ、知らない時間があるのがちょっと嫌だっただけ」


 言えた。


 言ってから、ほんとうに穴があったら入りたくなった。


 影山は少しだけ目を見開く。

 そのあと、なぜかすぐに軽く笑った。


「笑うな!」


「いや、笑ってない」


「笑った」


「ちょっとだけ」


「最悪」


 レナは顔を背ける。


 でも、影山の笑いはからかう感じではなかった。

 むしろ少しだけ、安心したような、困ったような笑い方だった。


「……そっか」


 影山が小さく言う。


「何、その返し」


「いや、なんとなく」


「なんとなくで流すな」


「じゃあ、どう返せばいいんだよ」


 それはたしかに難しい。


 レナも、自分で言っておいて正解が分からない。


「……知らない」


「だろうな」


 そこで二人とも少しだけ黙る。


 レナは缶の残りを一口飲んでから、少しだけ声を落とした。


「別に、責めてるわけじゃない」


「うん」


「行くなとかじゃないし」


「うん」


「ただ、何か、知らない時間が増えると気になる」


 そこまで言うと、影山は今度こそ本気で言葉を選ぶように黙った。


 そして、少しだけ低い声で言った。


「じゃあ、今度から言う」


 レナが振り向く。


「は?」


「買い物とか、そういうの」


「何で」


「知らない時間が増えると嫌なんだろ」


 あまりにも自然に言われて、レナは一瞬だけ何も返せなかった。


 何でそうなる。

 そういうところだ。


 普通なら、そこは流すか、茶化すか、せいぜい「気にしすぎだろ」で終わるところではないのか。


 なのにこの人は、なぜか対処の方向がやたら具体的だ。


「……あんた、ほんとそういうとこ」


「何だよ」


「ずるい」


「最近それも言われるな」


「でしょ」


 レナはもう一度、缶を握り直す。


 胸の奥のざらつきが、さっきより少しだけましになっているのが分かった。

 拗ねていた。

 たぶんその通りだ。

 でも、それをちゃんと受け止められると、今度は別の意味で落ち着かない。


「……別に、そこまで報告しなくていいし」


 小さく言う。


「どっちなんだよ」


「気持ちの問題」


「面倒だな」


「だから最初からそう言ってる」


 そのやり取りに、少しだけ笑いそうになる。

 最悪だ。

 こんな会話で空気が軽くなるなんて、ほんとうに最悪だ。


     ◆


 帰り道の分かれ道まで、一緒に歩いた。


 いつもより少しだけ沈黙が多かった。

 でも、その沈黙は前みたいに重くない。


 自分が拗ねていたことを、結局かなりそのまま言ってしまった。

 しかも影山は、それを変に笑わずに受け取った。


 その事実が、レナには少しだけ大きかった。


「じゃあ」


 分かれ道で立ち止まる。


「ああ」


「……さっきの」


「何」


「忘れてもいい」


「無理だろ」


 即答だった。


 レナは顔をしかめる。


「そこは気遣え」


「どこにだよ」


「全部に」


「無茶言うな」


 その返しが妙におかしくて、レナは少しだけ吹き出した。


 笑ったあとで、自分でも少し驚く。

 影山の前でこんなふうに力が抜けることが、最近増えている。


「……まあいい」


 そう言って歩き出しかける。


 その時、影山が後ろから言った。


「黒瀬」


「何」


「今度、ほんとに何かあるなら先に言えよ」


 その“何か”が、家のことだけを指していない気がした。

 たぶん気のせいではない。


 レナは少しだけ立ち止まり、振り向かずに言った。


「……考えとく」


 それだけ返して、今度こそ歩き出す。


 頬が少し熱い。

 でも、さっきまでのざらつきはもうほとんど消えていた。


 近寄りがたい女子は、自分だけが知らない時間があると少し機嫌が悪くなる。

 しかもそのことを、自分でも意外なくらい自覚してしまう。


 最悪だ。


 けれどその“最悪”を、ほんの少しだけ心地いいと思ってしまっている時点で、もうかなり遅いのかもしれなかった。

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