よくやっている
彼女はよくやっている。そう周りからは思われていた。だが、実際にはそうではなかった。
相手をよく見てはいなかったのである。自分の理解の範疇を広げようとしていなかった。
残念なことに。見下すように感じられる発言ばかりしていたのである。しかし、相手が悪かった。
彼は彼女の理解の範疇を上回っていたのである。そして、そのことに気付かなかった。
むしろ、自分のほうが上だと思っていた。けれども実際は違っていたのである。
彼の理解と彼女の理解。それは異なっていた。彼は現場を熟知していたが、彼女は思い込みだけで決め付けていたのである。それはやってはいけないこと。相手の土俵すら立っていないのである。ゆえにズレが生じた。
そのズレは日々、広がるばかり。埋めることはできないものにまでなっていたのである。
彼が完全にいなくなってから、彼の存在は大きく変わっていた。
現場を離れたことによって、別の職場へ変わったことによって、彼が延命させていた組織は崩壊の一途をたどるばかり。
彼女が知る者たちによって、崩壊の嘆きは響き渡っている。それでも彼女は思い込みによるアドバイスをするばかり。無駄なことである。見ていないのだから。
盲人の妄想。それは言わなければ、空想の範囲内で済んでいた。しかし、口を出してしまえば、悪い結果ばかり生じさせるもの。
連鎖する離職者たちのことも知らないのだろう。実力不足なのも知らないのだろう。彼によって延命されていたことも知らないのだろう。彼の不在によって引き起こされた、否、引き出された真の実力すらも。
ゆえに的外れなアドバイスをするのだろう。現場を見ていないがゆえに。
彼の不在によって引き起こされた災禍の夏。そして、最悪となる災禍の年。それは真の実力を暴き出すのに十分な時間でもあった。それでも彼女は認めないのだろう。理解の熟知が欠けているがゆえに。
白き現場だったのは、黒き現場に移り変わり、濃密な黒き現場へと成った。スキルが育つことのない場所へと。冷めゆくぬるま湯へと。相成ったのである。
彼女はよくやっている。そう思われているのだろう。今でも変わることのない評価を上司陣から受ける。
彼がいないからこそ、その評価を得られている。しかし、彼の存在は、彼女に負担をもたらすだけ。
自分が何も見ていなかったものを突きつける。それが彼という存在だったのだから。
やがて、彼女は更に突きつけられる時が来るのだろう。彼女が信じていたこと。思い込んでいたことが崩壊する時が。
最悪の病魔が襲いかかる。コロナウイルスという名の病魔が。それは彼女を、彼女が知る者たちに牙を剥ける。世界的流行病として。ステイホームを強いられて。保守者の檻に閉じ込められて。感染の恐怖に苛まされて。
彼女が知る者たちによるストレスの蓄積。それが負担を強いていく。
ついには、彼女はストレス性の病気に罹り、自宅療養の身へとなってしまったのである。
そのことは彼の耳には入らない。彼にとって彼女の現在というのは知る必要すら無いことであるがゆえにーー。




