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芽蜩

 夏の時、太陽が燦々と輝いていた。大地を照りつけるようにして。草木に生命の息吹を感じさせて。

 9月になる。夏は過ぎゆくだろう。暑さを残したまま。どこまで続くのか知らないが。

 蝉が鳴いている。儚い生命を精一杯燃やすようにして。

 カナカナと鳴いている。カナカナゼミだろうか。騒々しくもある。しかし、夏の情緒でもあるのだろう。

 団扇を仰ぐ。風が心地良い。手は疲れるけども。

 ふと、カナカナゼミのことが知りたくなった。手元のスマホで調べてみる。

何でもヒグラシの一種というか別名らしい。夕暮れ時や早朝の時間に鳴いているようだ。

秋の季語でもあるようだが、実際には夏の頃から鳴いているらしい。

他の蝉と区別は付くだろうか。私の耳にはどちらも同じようにしか聞こえないのだが。

 今、鳴いている蝉たちも、明日にはどうなってしまうのだろうか。生命が燃え尽きて地面に落ちるのだろうか。それは明日にならなければ分からないことでもある。

子孫を残せるかどうかすら、人には分からない。翌年にならない限りは。

 人間の都合と蝉たちの都合は別物。蝉の幼虫たちが地中で眠っていても、人間が開発などの理由にして、地面を掘り起こしてしまう。そこで眠っていた蝉の幼虫たちは巻き込まれてしまう。そうなれば、幼虫たちは生き残れるのだろうか。成虫に成れること無く死んでいくのだろうか。そう考えると悲しくもある。

 スマホの画面をスクロールさせていると、ヒグラシの別名が出た。何でも茅蜩と書いてヒグラシとも呼ぶらしい。ウィキペディアに書かれていたがね。初めて知った。普通の人は、この漢字を読めるだろうか。茅蜩という漢字を。虫好きなら分かるかも知れないがね。

 夏が終わる。暑さが残る。秋の時はどこに行ったのだろう。こうも暑さが続くと秋の存在というのは書物の中の出来事、フィクションの世界のことになってしまわないだろうか。現在は虫たちが秋の訪れを告げている。しかし、いなくなってしまえば、どうやって秋の存在を知ることができるのだろう。

 未来のことをあれこれ考えても埒が明かない。良い面を見ていかねばなりまい。

ネガティブは無意識だが、ポジティブというのは意識的であり、一種の才能でもあるようだ。

アランの「幸福論」にそうあった。マンガで分かるシリーズだったと思う。

 ヒグラシが鳴いている。カナカナと鳴いている。あのヒグラシは子孫を残せたのだろうか。

それは分からない。冷たく言うなれば、人間は一匹の虫の一生に関与できないからだ。思い通りになんていくはずがない。気にかける必要などないのだから。

 7年もの間、土の中で過ごし、7日の間で子孫を残すために鳴いてアピールしている。その一生はどのようなものかを考えても何も無いのだから。

 今日は収穫があった日だろう。茅蜩と書いてヒグラシと読むのだから。最初にこの漢字を付けた人に会ってみたいものである。叶うことのない夢だと思うがね。 

 夏を抜けたとしてもわずかな秋があり、そして冬となる。春になりまた夏がやって来るのだろう。季節は巡るものであるために。

 明日にはあのカナカナゼミは、ヒグラシは、鳴いているのだろう。いつ、その生命が終わるのかは、知る由もないことだがーー。


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