雨の音
雨が降っている。うるさいぐらいに。しかし、どこか心地良くも感じている。
自然の子守歌。誰が言っていたのだろう。思い出せない。幸福論を書いた人物なのに。名前だけが出てこない。
しかし、こうもうるさい雨の音で情緒を感じるのは難しいのかもしれない。
花は雨に打たれていく。根っこにまで浸透しているだろうか。
雨が悪天候と呼ばれている理由を考える。確か、聖書の創世記の記述からだったか。
ノアの大洪水から始まったのだと思う。確信は無いが。
こうも雨が強いとコンビニの客足というのはどうなのだろうか。物価高のせいでコンビニも値上げしていっている。元から高かったのが、さらに値上がりしている。たまに行くと物価高であることを、思い知らされてしまう。だから、行く頻度は少ないがね。
小腹が空いた。キッチンに立つ。ドラッグストアで売られているおでんを温める。フライパンに中身を移して。
寒さを感じる晩は、おでんで温められるから良い。量は少ないがね。
三寒四温なんていうが、こうも肌寒いと六寒一温じゃないかと思えてくる。特に雨が降っていると。冬に逆戻りしたんじゃなかろうか。それは異常気象である。
春なのに夏が近いのに肌寒いって、ドラクエの幼少期を思い出す。主人公が勇者じゃない作品だがね。
そこまでいくはずがない。そう思いたい。世界的流行病であるコロナウイルスの時の春を思い出す。あの時は5月になるまで寒い日が続いていた。私の記憶が確かならばだが。
雨の音を聞いているだけで、色んなことが思い浮かぶ。思考が暇なのだろうか。どちらでも構わないがね。
とめどない思考をノートに書き写していく。かけらを書き出すようにして。何かのネタになるかもしれないから。
美死という言葉が思い浮かぶ。美しく死ぬ。いったいどういうことなのか。苦しんで死んだ者の表情というのは、醜いものだというのに。安らかに息を引き取るということだろうか。そうできたらいいのに。
けれども現実というのは、醜いものだろう。フィクションの中でのことかもしれない。真相は分からないが。
雨の音が窓を叩きつけるように強まる。スコールというやつか。傘は果たして役に立つのだろうか。壊れてしまいかねない。ずぶ濡れになるのは確実だろう。
配達の人とかも、この雨の中での運転は大変なものだろう。特に荷物が多かったり、重たかったりすれば。濡れながらの運転というのは、風邪を引きかねない。そこは上手く対処しているのだろう。知る由もないことでもあるのだが。
他人を励ましたいのは分かる。だが、相手のことを考えずに励ますのは良くないこと。うつ病などは特に気を付けなければならない。
彼らは頑張ってきた。それなのに。それ以上、何を頑張れというのか。辛いだけではないか。怒りを抱かせるだけである。
ゆえに禁句の一つになっている。それらを無視したものは励ましている自分への、自己満足でしかないのだ。
眠気が襲ってきた。雨の音が聞こえている。スコールのように打ち付ける強さではなくなっている。
温かい布団に入って、眠りにつくことにしよう。
雨の音を子守歌のように聞きながら、眠りについていく。意識を手放していく。まどろみの中にいる。
明日は雨が止んでいるだろうか。それとも降っているのだろうか。それは分からないことであるーー。




