完璧な計画
完璧な計画なんて無いものである。どんなに失敗の要因を潰してきたとしても。
どこかに破綻が生じる。綻びが生まれる。そこから穴が広がるようにして、計画は潰れていく。
ゆえに完璧な計画なんて建てるものじゃない。悪意などが入り込んでしまえば、失敗するのだから。
完璧だから大丈夫と高を括るべきでもない。崩壊の可能性を考慮に入れるべきじゃないかね。リカバリーするためにも。
節穴になっていないかね。節穴の計画はスカスカの中身でしかないのだが。
悪意や破壊の計画が成されてしまえば、容易く崩れてしまうものだよ。そうではないと断言したとしても。
創造の計画と破壊の計画。ぶつかり合うならば、どちらが勝ってしまうのか。考えたことがあるのかね。
どちらも完璧なものだとしたら、どちらの結果が生じるというのかね。表裏一体だとしても。
土台の強固さはどうなのかね。安易に崩れ消し去られてしまわないと言えるのかね。
1つの土台に頼っているならば、それは危ういよ。その1つの土台がいなくなってしまえば、計画は完璧では無くなるのだから。
だから土台というのは複数必要なわけだよ。互いにリカバリーし合うためにも。それを前提にして作るべきじゃないかね。
思考がショートしかけてるのかね。慣れない計画作りに苦悩するのは理解しよう。だが、最悪の可能性というのは、考えておくべきなのだよ。でないと、その完璧な計画とやらに裏切られるよ。頓挫という形で。
そうではないと言い切れるのかね。悪意による侵入は速やかに生じるというのに。崩壊の因果はどこにでもある。存在する。聞いたそばから。破綻の計画が入ってくる。
十分に練り上げられた計画を。チーズチャンピオンのようなスカスカな計画を。崩し去ろうとするように。
否定するならすればいい。けれども、否定の要素を退けたとしても、破綻の悪意は崩壊のために動き出していく。流動するものだから。
不変の計画なんて無いのだ。流転の時が訪れればどうなるか。互いにリカバリーし合うことができるのか。
それができなくなる時が訪れたら、どうするというのかね。白紙へと立ち向かう、その勇気が必要になってくる。恐れてしまうのだろう。完璧な計画とやらがそうではなくなってしまうのだから。
非常に苦しいことになってくるだろうね。しかし、盤石なものなんて存在しないのだ。そのことを認めることが大切になってくる。そうではないかね。
試行錯誤を繰り返していく。その先にこそ、後から完璧な計画だと言われるだろう。そんなことは無いのだから。
大工事だとしても、最初の一歩は小さいもの。しかし、その一歩を踏み出した先にあるゴールが完璧な計画に近づいていける。
複数の問題を乗り越えた先にこそ、完璧な計画だったと後から絶賛されるだろう。何も知らない人からすれば。
しかし、当事者たちはその絶賛を拒むだろう。そんなことは無いと言いながらーー。




