成長
人は成長するものである。過去と同じままでいる者はいないのだ。
そして、大化けすることもある。久しぶりに会うことで人間関係が変わることもある。
かつては舐められる人だったのが舐めることのできない存在になることも少なくないだろう。
それは同窓会とかに表れやすい。若い頃はクラスメイトに人気だった人が落ちぶれていたり、逆に目立っていなかった人が目立つようになったりとか。よくある話だろう。
連絡が付くはずの人が引っ越しなどで付かなかったりもする。あるいは職場で入ってきた新人が、後輩だったり先輩だったりするという例もある。
人生とは何が起きるか分からないものである。一人一人に歴史があるのだから。
送ってきた人生は人それぞれ異なっている。自らの体質を知って改善したりなどもあるだろう。
私がそうだったから。そして、夢は叶えられたほうだ。人気のある話は書けないがね。
それでもアマチュアであることの強みを活用して、書き散らしているが。大多数の求める話は書けない代わりに、自分なりのやり方で書いていく。お題に合わせたりしながら。
自分の性に合うやり方。それが私の武器となった。ペンは剣よりも強しという言葉があるように。
子供時代とは違うのだ。人は時を経ていけば大人になっていく。中身は知らないが。
家族を持つか、独身のままでいるか。それは本人が決めることである。他人が決めることではない。
自立するかしないかも。だが、遅かれ早かれ自立したほうが良いこともある。早老症でも無い限り親のほうが年老いていくのだから。
他人を舐めてくるのなら、自らを鏡に例えていく。沈黙の鏡に。答えられるかは知らない。
自分のうちに答えが有るのか無いのか。どうでもいいと言えばどうでもいいがね。
人は成長していく。過去に囚われるままなのか。それとも、未来を見ているか。それは人それぞれであるから分からないが。
身体は成長していても、中身が止まったまま者もいる。止まらざるを得ない者も。
私は心身ともに成長できた方だろう。他人には分からないかもしれないがね。
いつもと同じに思えても、人は成長していっている。内側を。精神を熟成させていってる。
それができるか、できないかも。分かれ道となっているのだろう。無意識の。
人間関係も変わりゆく。かつての関係も同じく。不変の関係なんて無いのである。
去りゆく者もいれば、出会う者もいる。私は去ったほうだがね。そして、新しい人間関係を持つことができた。去りゆく者が出ているがね。
かつての私からすれば、恵まれていることだろう。善因善果を積むことができたのだから。
変わらざる者たちは何かしらの因果応報を受けているのかもしれない。無意識に積み上げてしまった因果を。その応報の時は知る由もないのだが。どうでもいいことだがね。
世界というのは広いようで狭く、狭いようで広いのかもしれない。視野を広げていけば広さを経験できるだろうけども。
人というのは何かしら成長しているものなのである。外面然り。内面然り。
それを知ることによって、変わってくるものもある。外面は良くても、内面は悪いということもあれば、その逆も然り。
内面を成長させていくこと。それが重要になってくる。逆境を跳ね除ける力があるかどうか。それが鍵となってくるのだからーー。




