第八話 聖女ラエルザ ボードンと出会う③
「では監査の間、我々はこの屋敷に逗留させてもらう。存分にもてなすように」
王都からやって来た特別監査官ボードンが、ぞんざいに言い放つ。招いたわけではないが、お客様ということになら、もてなすのは構わない。だが、そもそもの問題がある。
「あの……この屋敷は長年放置していたので、住むことはできないのですが……」
私は傍のアリサに目配せすると、三白眼の侍女は不機嫌に目を細めながらも、屋敷の扉を開ける。するとほぼ廃墟となっている、屋敷の内部が露わとなる。
「なんたることだ。このようなこと、初めてだぞ! 三日以内に、屋敷を住めるように修繕したまえ」
「そんな急に言われましても……」
私は途方に暮れた。ボードン夫妻の住む場所だけを手入れするにしても、結構な手間となるだろう。村人に助けてもらったとしても、三日で終わるかどうか。
「我らはその間、村長の家に泊まらせてもらう!」
ボードンは勝手に宣言する。これにはハネス村長も目を剥く。
「そんな、お待ちください!」
「なんだ、我らが泊まってやるというのに、文句でもあるのか?」
ボードンに睨まれると、ハネス村長は言い淀む。しかし意を決して口を開く。
「我が家に御逗留されるというのであれば、かまいません。しかし三日で屋敷を修繕しろというのは無理です」
「何故だ! 村人が総出でやれば、我らが滞在する部屋ぐらい手入れできよう」
「それが無理なのです。このところ日照りで、毎日の水やりを欠かすことができないのです。三日も水をやれねば、麦が枯れてしまいます」
ハネス村長は切実に訴えた。そういえば来る時に畑を見たが、土がひび割れていた。日照りということは本当らしい。
「用水路や溜池があろう」
「それが、用水路は何年も前に壊れてそれきりで……」
ハネス村長は弱々しい声で答える。
「そんなことは私には関係ない。三日以内に屋敷を修繕し、我らが住めるように修繕しろ。言っておくが、屋敷もまともに管理できていないようであれば、領主失格の烙印を押されても文句は言えないと思え!」
ボードンが宣言する。するとアリサが目を剥いた。
「税収が重要と言いながら、それはあんまりでは!」
「そんなこと、知ったことではない。そもそも屋敷や用水路を定期的に整備していれば、こんなことにはならなかったのだ。全てはお前達の怠慢と知れ!」
吐き捨てるボードンに、私は言い返せなかった。我が一族が百年間もほったらかしにしたせいで、村人が苦労しているのだ、これを人ごとと考えるわけには行かない。
「とにかく、三日以内に屋敷を修繕し、居住できるようにすること。これができねば、我らは監査不能と判断して帰る。当然、領地は没収されるものと覚悟されよ!」
ボードンが振り下ろす刃のように宣言する。アリサが食ってかかろうとするが、私は手を伸ばして制した。
「わかりました、ボードン様。三日以内に、屋敷を修繕いたしましょう」
私が請け負うと、アリサが驚きに目を広げる。
彼女が驚くのも無理はない。私には屋敷を修繕することはできないし、用水路を直すこともできない。だができることもある。
「ハネス村長。村人を集めて、屋敷の修繕を行なってもらえますか?」
「いや、しかしそれでは畑が……」
戸惑うハネス村長に私は頷く。
「村長。一つお聞きしますが、日照りで畑の水が不足しているんですよね?」
「ええ、そうです。用水路も壊れており、井戸や湖から水を運ぶしかないのですが、往復は大変で……」
「なるほど。では雨が降れば、当面の問題は解決するのですよね?」
「それはそうですが、雨が降る気配は全くなく……お屋敷の修繕に人手を割く余裕は……」
ハネス村長は、縋るような目で私を見る。畑に水をやることができなければ、その影響は収穫に直結するのだ。村を預かる村長として、受け入れ難い要求だろう。
「そうですか、それは困りましたね。でしたら、雨乞いをいたしましょう。そして神様に、雨を降らせてもらいます」
満面の笑みを見せる私の提案に、周囲にいた誰もが呆気に取られる。そしてボードンが噴き出す。
「ははははははっ、それはいい! 祈りたければ祈れ。聖女の資格を剥奪されたお前の祈りが、神に届くとは思えんがな!」
ボードンは大きな口を見せるも、私は気にせずハネス村長を見た。
「村長。村の窮状は理解しました。畑のこともありますので、無理にとはいえません。このまま日照りが続くようでしたら、屋敷の修繕は後回しにしてもらっても結構です。しかし雨が降れば、屋敷を修繕に手を貸してください。これでどうです?」
「はぁ、それは雨が降るのでしたら、村人も手は空くでしょうからかまいませんが……」
言いながら、村長は空を見上げた。夕暮れの空には雲一つ見えない。雨が降る気配は全くなかった。
「ではお願いします」
私は満面の笑みで頼み込んだ。
「ではお願いします。私は雨を降らせてくれるよう、お祈りをしてきますので」
「好きにしろ。あーっと、ハネス村長だったな。お前の家に案内しろ。仕方がないから逗留してやる」
ボードンはひとしきり笑うと、夕暮れの中、馬車を村に移動させる。
ハネス村長とボードンの姿が夕闇に消えると、私の隣では舌打ちが放たれた。
「王国に飼いならされた豚が! お嬢様に汚い息を吐きかけたことを後悔させてくれる」
アリサは眼鏡の奥にある三白眼を歪め、額に血管を浮かび上がっていた。
「あの、アリサ、何するつもり?」
「ご安心ください。あの者がお嬢様の目を汚すことは二度とありません。その死体すら残すことなく……」
「アリサ! 冗談でもそういうことを言うのは止めて!」
私は胸に苦しみを覚えながら訴えた。嘘でも誰かを殺すという言葉を、アリサに使ってほしくない。私の頼みに、アリサは唇を尖らせ溜息を吐く。
「……わかりました。しかしあんな約束してどうするんです。雨乞いなんてしたことないでしょうに」
「あら、雨乞いなんてするつもりはないわ。ようは畑に水を撒ければいいんでしょう?」
「それはそうですが、どうやって?」
「さっき話に出たけれど、屋敷の裏に湖があるみたいだから、今から行ってみない?」
「今からですか? もう夜ですよ?」
アリサが西を見る。太陽はすでに山に沈みかけていた。東を見れば一番星が瞬き始めている。
「だからいいんじゃない。まぁ付いて来て。私に考えがあるの」
私が行こうと促すと、アリサは要領を得ない顔をしながらも、教会からランプを用意してついて来てくれる。
屋敷の裏に向かうと、すぐに湖に行き当たった。遠浅の池はなかなか大きいが、日照りで水位は下がっている。水面までは坂を下りねばならず、ここから水を汲み上げて畑に運ぶのは、確かに骨が折れるだろう。
私は靴と靴下を脱ぎ、スカートの裾を軽くまくって湖に入った。膝につかるまで進むと、私は腰に差したデザリアを抜く。
「大きな柄杓になってくれる? できるだけ大きく」
私が頼むと、デザリアは大きな桶が付いた柄杓へと変わる。その大きさたるや、人が二人ぐらいは入れそうなほどだ。
「お嬢様、まさか……」
「そのまさかよ!」
驚くアリサに、私は笑みを見せる。そして柄杓で池の水を救い上げ、一気に空に向けて放り投げた。桶の水は空へと消えていく。
「まだまだ!」
私はすぐに水を掬い、次々に空へと投げた。
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