第七話 聖女ラエルザ ボードンと出会う②
「ラエルザ伯爵。貴方からこのマグノリア領を没収する!」
高らかに宣言したボードンに対し、侍女服を着たアリサが食って掛かる。
「ラエルザ様の領地に、何の問題があると?」
「問題だらけではないか。マグノリア家はすでに百年この地を支配しているというのに、全く領地の問題が改善されていない。税収も上がらず、人口も増えていない。それどころかまともな統計すら、取っていないのでは? これは領地を運営する意思がないと、判断する十分すぎる証拠だ。そのためグエン王太子は、マグノリア家から領地を没収せよと仰せになられた」
「そんな、話が急すぎます」
私は息を呑んだ。グエンは私から全てを奪うつもりなのだ。
「百年も時間を与えられて、何が急なのです」
返されるボードンの言葉には反論できなかった。百年間も領地をほったらかしにした、我が一族の責任と言える。
私が落ち込んでいると、隣から殺気の籠もった声が放たれた。
「さっきから聞いていれば、好き勝手なことを」
声に怒気をはらませたアリサが、前に踏み出る。
「ここをどこだと思っている。この地はラザリック様が自らの力で切り取られた、マグノリア家の領地。お前が踏んでいる砂一粒さえも、ラエルザ様の所有物だ。そもそもお前達の入国を誰が許可した!」
「ちょ、ちょっとアリサ⁉」
「王都から来た私に何と無礼な! 領地だけでなく、侍女の教育もできていないようだな!」
ボードンは蔑みの目で見降ろす。アリサを悪く言われたのは嫌だったが、先に無礼を働いたのはこちらだ。
「アリサ、落ち着いて。ここは冷静に話し合わないと」
私は必死にアリサをなだめた。ここで暴れるのはよくない気がする。話し合って、うまく突破口を見出さねばいけない。しかし私には、何をどう話せばいいのかわからない。ここはアリサだけが頼りだった。
縋る私の目に、アリサは一度目を閉じ、大きく息を吐く。次に目を開けた時、アリサの目には氷のような冷静さが宿っていた。
アリサは怒りっぽいが、一瞬で心を落ちつかせる術を持っているのだ。
「失礼しましたボードン様。ところで、その領地の没収ですが、議会の承認を得ているので? ラエルザ様が婚約破棄をされたのは二十日前、貴方達が王都を出たのは十五日前と聞き及んでおります。つまりたった五日で議会を招集し、討論を行い、領地の没収が承認されたと?」
アリサの問いにボードンは顔をしかめる。
「いや、これは王太子から直々のご下命があり……」
「なるほど、つまり議会の承認を得ていないと。これは興味深い。国王でもない王太子が、伯爵家から領地を没収できるのですか。フィネック伯爵やエメル公爵など、他の貴族の方達に相談したいのですがよろしいですか? 皆様きっと興味を持たれるはずですので」
アリサが二つの貴族の名を出す。私はよく知らないが、フィネック伯爵とエメル公爵はグィード王家と仲が悪いという話を聞いたことがある。
「いや、待て。これは問題のあるマグノリア領に限った特別な措置で……」
「なるほど、問題があれば、今日領地に来て、今日にも領地を没収する前例を作るということですね。なるほど……やはり貴族の皆様方に、お伝えしたほうがよろしいですね」
アリサの言葉に、私は彼女が何をしようとしているのか、なんとなくわかった。
王家や教会、権威ある場所というのは、とにかく前例を大事にする。前例にないことを嫌い、前例があればどんなにおかしなことでもよいこととする。
「待てと言っているだろう! すぐに没収するなどとは言っていない。私は特別監査官だ! この領地を監査するために来たのだ。監査を行い、そのうえで領地の運営に問題があれば、議会の承認を得て没収することになっておる」
ボードンは咳払いしながら答えた。
「そうでしたか、てっきり今すぐにでも取り上げられるのかと、勘違いしてしまいました」
「それはそちらの問題だ。私のあずかり知るところではない」
ボードンは視線をそらしながら答える。おそらくだが彼は、私達が誤解するように話したのだろう。そのうえですぐに領地を取り上げるつもりだったのだ。
「では監査の期間は? 当然じっくりと監査されたうえで、結論を出されるのでしょう?」
「う、うむ。一応、監査の期間は一年と決まっておる」
顔を顰めながら、ボードンが答える。一年の猶予があれば、何とかできるかもしれない。
私とアリサは顔を見合わせるが、笑みを浮かべようとした瞬間、ボードンの声が飛ぶ。
「ただしだ! それまでの間に領地の運営ができていないと判断すれば、その瞬間に監査を打ち切り王都に報告する! そのつもりでいるように!」
負けたままではいられないと、ボードンは怒鳴る。だがとにかく時間は稼げた。
「ではボードン様、監査の項目には、どのようなものがあるのですか?」
私が尋ねると、ボードンはつまらなそうに目を細める。
「ふん、監査の項目は多岐にわたる。だが何よりも大きなものは、税収だ。領地や人口に見合った規模の税収をあげること。これが基準に満たなければ、没収は免れない。言っておくがこれはかなりの高額だ。この村の現状を見るに、絶対に用意できまい」
ボードンは居丈高に語る。しかしその顔が一変して笑みに変わる。
「ただ私も鬼ではない。自ら過失を認めるというのであれば、全て没収はせぬ。最低限の領地を残すように口を利いてやろう。どうだね、悪い話ではなかろう」
猫なで声を出すボードンに、私は本能的に危険を感じ取った。彼が何を考えているのかは分からないが、きっとろくなことではない。
「さぁ、どうするかね?」
ボードンが選択を迫る。私はどうすればいいのか分からなかった。
自分で言うのも何だが、私は頭が悪い。難しいことは考えられなかった。ただし、こういう時にどうすればいいのかは心得ていた。
「お話はわかりました。急なことですので、持ち帰り検討してみます」
私はにっこりと会釈を浮かべて返事をした。
難しいことを聞かれても、すぐには返事をしない。周りからはいつも言い聞かされていた。
「ふん、検討しても無駄だと思うがな」
笑みを浮かべる私に、ボードンがつまらなそうに吐き捨てた。
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