第四話 聖女ラエルザ キルクス村に到着する②
キルクス村のタバサさんに案内され、私はご先祖様が建てたという屋敷に向かった。茶色い瓦を頂くマグノリア邸は、遠目には綺麗な外観をしていた。遠目には。
「なんです、ここは!」
屋敷を見てアリサが悲鳴を上げた。屋敷の周囲は鉄格子の門と壁で覆われているのだが、門の右側は外れて倒れている。庭は草木で覆われ、屋敷の入り口に続く道は埋もれていた。
「これは……見事な廃墟ね」
私もそう評するしかなかった。おそらくこの百年住む人もおらず、ずっとほったらかしにされていたのだろう。むしろ家の形を保っていることが、奇跡なのかもしれない。
「な、中は?」
アリサは草をかき分け、屋敷の入り口に向かった。そして木製のドアを開けようとするも、扉は一向に開かない。
「鍵は開いているのに、何故!」
アリサが全身の力を込めると、扉の蝶番が壊れ、扉そのものが向こう側に倒れた。
「あ~あ~」
倒れた扉を見て、私の口からは他人ごとのような声が出る。強制的に開かれた扉からは、屋敷の内部が見えた。こちらも外と負けず劣らずの廃墟となっており、内部は埃だらけで、かびの臭いが漂ってくる。壁紙は外れ壁から垂れ下がり、天井から吊るされていた照明器具も、落ちて屍のような姿をさらしている。
「うわ、ひどいわね」
「も、申し訳ございません、お嬢様。まさかこのような状況とは知らず……」
アリサが頭を下げるが、謝るのはこちらの方だった。
「謝らないでよ、こうなったのも全部私のせいなんだし。それに、手を入れれば住めそうじゃない」
私は屋敷の中を見回した。かなり荒れているが、造りはしっかりとしており、天井も抜けていない。掃除には何日もかかるだろうが、いいかえれば、何日後かには住めるようになるはずだ。
「しばらくは、この村の何処かに住まわせてもらいましょう。何なら、私は馬小屋とかでも平気だし」
「お嬢様を馬小屋で寝かせるなど!」
アリサはとんでもないと話すが、そんなに嫌ではなかった。王都で生活していた時も、時々馬小屋の倉庫に忍び込んで、麦わらの上でお昼寝をしていた。まだ夏前だし、風邪をひくこともないだろう。
私はアリサと共に、門の前に戻る。そこにはタバサさんが待ってくれていた。
「タバサさん。どこかに、私とお嬢様が泊まれるところはありませんか?」
「そうは言っても、この村に宿屋なんてありませんからなぁ」
交渉するアリサにタバサさんは頭を掻く。二人の会話を聞きながら、私は屋敷を見上げた。すると茶色い屋根の向こうに、鐘楼を備えた尖塔が見えた。
「すみません、タバサさん。ここって、教会があるんですか?」
私は灰色の尖塔を指差す。塔の先には、天から降り注ぐ雫のシンボルが掲げられている。神託教会の聖印だ。
「ええ、この裏手にございます。お屋敷沿いに回ると裏門があって裏庭に入れますよ」
タバサさんに案内され、屋敷の外側を回って裏庭に入る。
「あら、ここは整備されているんですね」
裏庭は草がそれほど生えておらず、裏門から教会までの道ができていた。教会の扉を開けると、中には長椅子が幾つも置かれ、奥には天に手を掲げる聖女の像が安置されていた。最初に神託を授かったとされる、聖女の姿だった。
「へぇ、ここは綺麗ですね」
「ええ、教会は村の者も使わせてもらっておりますので」
タバサさんの説明を聞きながら、私は中に入った。剥奪されたとはいえ、私は神託教の聖女だった。望んでなったわけではないが、聖女となってからは毎日お祈りをさせられたものだった。
「これなら毎日お祈りできるわね」
私は聖女の像を見て笑った。初めは嫌々だったが、今では日課となっている。
「しかし、質素な作りですね」
飾り気のない教会を見て、アリサは目を細める。百年前に建てられたため、様式が今風ではなく、飾りと呼べるものが聖女の像ぐらいしかなかった。これが王都の教会なら天井には細かな天井画が施されており、窓にはステンドグラス。正面には金の細工が施された台座の上に、聖女の像が置かれていたことだろう。
「あら、落ちついていいじゃない」
私はこの飾り気のない教会が気に入った。王都の教会は、派手過ぎてちょっと落ち着かない。
教会の中を歩くと、右手に扉が見えた。扉は開いており、中には寝台や机に棚があった。おそらく教会に住み込む聖職者のための部屋だろう。生活感のある部屋だが、よく見ればうっすらと埃が積もっていた。
「この部屋、誰か使っていたんですか?」
「ああ、半年前まで、ポム爺さんが住み込みで管理していたんです。ただ去年の冬に風邪で亡くなっちまって、おかげで管理する者がおらんのです」
「あら、ならここ私達が使わせてもらっていいですか? もちろん教会の管理はします」
私にしては名案だと思う。多少埃が積もっているが、この程度なら掃除も簡単だ。ここで過ごしている間に、屋敷の方を片付ければいい。
「元々はこの教会もお屋敷の一部ですから、そりゃ構わないと思いますが……」
「それじゃぁ、さっそく掃除しましょう。埃を払わないと」
私は腕まくりをした。しかしアリサが前に立ち手を付きだす。
「おやめください。お嬢様のお手伝いはいりません」
「なんで? 二人でやった方が早いし」
「一人でやった方が早く終わります。かつてお嬢様が家事を手伝おうとなされた時、二十三枚の皿、五つの花瓶、窓ガラス七枚が割れると言う結果になったことをお忘れですか?」
アリサに指摘され、私は反論することができなかった。私は力が強すぎるため、細かい作業が苦手だった。おかげで家事を手伝おうとしては失敗し、使用人達には二度と家事を手伝わないでくれと泣いて頼まれたのだった。
「でも、二人しかいないのに、私だけ何もせずにいるなんて……」
こうなったのも私のせいだし、せめて何かしたかった。
「では、庭の雑草を刈ってもらえますか? まずはそこから始めねばいけませんから」
「任せて、それなら得意よ! タバサさん、草を刈るための、鎌とかありませんか?」
「それなら、蔵の方に行けばあるかもしれませんな」
タバサさんが外を指差す。確かに庭の隅に、石造りの大きな蔵が建てられていた。
「私は村長を探してきましょう。ここや蔵にある物は好きに使ってください」
タバサさんは麦わら帽子を乗せた頭を下げ、去っていった。
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