第二十九話 聖女ラエルザと特級魔導人形師③
グィード王国王都グノン、その中央に位置する王宮グスターヴでは、夜の中煌々と明かりが灯り、盛大な祝宴が開かれていた。
ダンスホールでは美しい音色が奏でられ、色とりどりのドレスを着飾った淑女達が、黒いタキシードに身を固めた紳士とダンスを踊っている。また別の場所では酒の入ったグラスが交わされ高貴な身分の者達が談笑していた。
「諸君!」
宴の間を、よく通る声が響き渡る。肩に金色の冠帯を身に着けた王太子のグエンが、座る者のいない王座の隣に立っていた。その隣には桃色のドレスを身に着けたサリーナ伯爵令嬢が、数歩後ろに控えている。談笑やダンスをしていた紳士や淑女達も、会話を中断して王太子の言葉に耳を傾ける。
「この度はついにガレル大河に大きな橋をかけることができた。これは国家的な悲願であった」
グエンの言葉に、会場にいる紳士の何人かが頷く。
ガレル大河は雨期となれば洪水が起き、橋を架けても数年で流されてしまうのが常であった。流通を安定化させるため、大きな橋を架ける試みは常にされてきた。しかしそのたびに失敗を重ねてきた歴史がある。
「今はここにいないが、病床にいる父もこの報告を聞けば喜ぶことであろう」
グエンは空位となっている玉座に目を向ける。国王であるグラルドは病を患い、長く臥せっていた。そのため公務の多くは、王太子であるグエンが代行することとなっている。
「病に伏す父の回復を願って、橋の名はグラルド大橋と命名する」
グエンの宣言に、会場からは拍手が沸き上がる。グエンは笑顔を周囲に向け、収まるのを待つ。そして視線を会場にいる、派手な服の男性へと向ける。
「ブラハ子爵よ、この難しい仕事をよくこなしてくれた」
「勿体なきお言葉。ですがこのたびの功績は、全て特級魔導人形師であるユーク男爵のおかげにございます」
ブラハ子爵は恭しく頭を下げながら、側に立つ男を見る。そこには金色の髪に深い青のローブを着た青年が立っていた。
「ユークよ、久しいな」
グエンの顔に、親しみの笑みが足される。名を呼ばれた青年は、右手をお腹に添えて深々とお辞儀をした。
「王立学院始まって以来の俊英と呼ばれるだけのことはある。橋を設計する数学的知識に加え、橋の石材を魔導人形として操り、資材の運搬だけでなく建設にも流用するとは、さすが我が国唯一の特級魔導人形師だ」
グエンの惜しみない称賛に、周りからも感嘆の声が漏れる。
「恐悦至極にございます。しかし私程度の者など、幾らでもございましょう」
「謙遜するな。お前と共に机を並べて学べたことを誇りに思う」
「はい、学院での日々は、私にとってもかけがえのない時間でございました」
ユークはてらいのない笑みを見せる。
「グラルド大橋を完成させた功績に、何か褒美を与えよう。望みはあるか? なんなりと申せ、王立学院に其方の研究室を設けても良いぞ。学院長となっているギレームも、教え子が戻れば喜ぶであろう」
グエンの言葉に、会場からはまたも歓声が上がる。王立学院に研究室を持つことは、学業で身を立てる者にとって、最高の名誉と言えるからだ。
「過分なお言葉、身に余る光栄です。しかしこの度のことで、自らの非才に気づかされました。かくなる上は地方に赴き、国に尽くす所存にございます」
朗々と語るユークの言葉に、栄達を求めぬ立派な心掛けだと、周囲からは感心の声が上がる。
「ふむ、実地で自らを鍛えると申すか。ではどこに行くつもりだ?」
「マグノリア領に赴こうかと」
ユークはにっこりと笑いながら宣言した。その言葉に、会場からはまた声が上がる。しかしそれは動揺の声であった。
赤い絨毯が敷き詰められた王宮の廊下を、青いローブを着たユークは足早に歩いていた。
大広間ではまだ祝宴が行われていたが、義理は果たしたつもりである。早く帰り、旅の支度をせねばならなかった。
「ユーク! 待て」
廊下に声が響き振り返ると、そこには王太子のグエンが立っていた。ウェーブのかかった金髪の下には、敵意と怒りがあった。
「何故だ?」
「王太子。何故、とは?」
「そのような言い方はやめろ!」
グエンは怒りと共に手を振るった。ユークとグエンは共に机を並べた仲であるため、私的な会話では互いに名前で呼び合う間柄だ。
「何故マグノリア領に行くなどというのだ。あそこがどういう場所か、わかっているのか」
「もちろんです。マグノリア領は、道もろくに整備されていないと聞きます。私の知識と技術が、存分に生かせる場所でしょう」
「私が言っているのは、そういうことではない!」
グエンが苛立たしげに眉間に皺を寄せた。
「マグノリア領はラエルザのいるところだ。王都での出世が目の前にあると言うのに、それを捨てて、あの女のところに行くつもりか!」
「そうだよ、いけないかい?」
「何故だ? 私と共にこの国を支え、発展させていくと誓ったではないか。あの言葉は嘘だったのか!」
怒鳴るグエンに対し、ユークは微笑みを返した。
「嘘を言ったつもりはないよ。ずっとそのつもりだった。君がラエルザとの婚約を破棄するまではね」
「なんだと!」
「確かに私は誓った。ラエルザと共にいる君を、ずっと傍で支えるとね。でも君はラエルザとの婚約を破棄してしまった。なら支えるのは君じゃない」
ユークの言葉に、グエンは虚を突かれたように目を丸める。
「まさか、お前……」
「グエン、君はいい友人だった。でもそれは、ラエルザの婚約者だったからだ。君が彼女を捨てた以上、私達の友情もこれっきりだ」
「馬鹿な、お前はあんな女のために、自分の人生を棒に振ると言うのか!」
叫ぶグエンに対し、ユークは冷たい視線を向ける。
「それはこちらのセリフだ。君こそ、この世で最も大事にすべき人を、捨ててしまったんだ」
語りながら、ユークの胸の奥底から愉悦が沸き上がってきた。抑えようとしたが、顔から笑みがあふれ出る。
「でもね、君のその馬鹿な行動を、私は嬉しく思っているんだよ。さすがに王太子の婚約者を、奪うなんてできない。だから傍で支えようと決心した。でも君が彼女との婚約を破棄してくれたおかげで、私にも好機があるかもしれない」
ユークは晴れ晴れとした笑顔が顔からこぼれ出た。これまで抑え込んでいた感情を、もう隠さなくてよいのだ。
「お前! 王太子である私に向かって! 許さん! 許さんぞ!」
「許さなくて結構。私も君に対しては怒っている。私にとっては好都合であっても、ラエルザを傷つけたことは許せないからな」
ユークは言い放った。王太子に向かってここまで言ってしまえば、二度と王都には戻れないだろう。しかしそれでもかまわない。ラエルザがいないのであれば、こんな場所に未練はなかった。
「では失礼します王太子。私はラエルザのもとに向かわなければいけないので」
その言葉を最後に、ユークは踵を返した。背後ではグエンが二度と顔を見せるなと叫んでいた。
もちろんそのつもりだよと、ユークは心の中で返事をした。
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