第二十八話 聖女ラエルザと特級魔導人形師②
「信じられない、まさか橋の資材を魔導人形として運んでくるとは」
建設業者を率いるデミトスは、感嘆の声をあげるしかなかった。
目の前では巨大な石の塊が、ひとりでに動き前進していた。誰が思いついたのか、橋の石材そのものを魔導人形の体にして運搬してきたのだ。
あまりにも巨大な姿に、デミトスがただただ圧倒された。だがその間も、巨大な岩の魔導人形はこちらへと向かって進み続ける。街道を見れば、何人もの人が走り回り、声を掛け合っていた。巨大な魔導人形を誘導しているのだ。
「魔導士の集団はどこだ? 後方か?」
デミトスは魔導人形に指示を出し、操る魔導士の姿を探した。これほど巨大なものを操るとなると、何十人もの魔導士が必要になるはずだった。
「集団などはいない。あの魔導人形を操っているのは、あそこにいる彼一人だ!」
ブラハ子爵が魔導人形の背を指差す。そこには背の高い一人の青年が立っていた。金色の髪に深い青のローブを着こんだ青年は、ただ前だけを見ている。
「馬鹿な、たった一人でこれほど巨大なものを?」
「彼には可能なのだよ、ユーク・ロウ・リッド男爵にはね」
ブラハ子爵が自慢げに語る。
「ユーク、あれが数学と魔法の天才児、国が認めた唯一の特級魔導人形師!」
呆然とするデミトスの前を、巨大な魔導人形が横切っていく。その石材と石材の連結部分を見れば、丸い球体が挟まっていることにデミトスは気づいた。
球体には複雑な幾何学模様が刻み込まれ、黄色く発光していた。更に球体が回転し、その回転に合わせて石材が動いている。あの球体が関節と動力の機能を果たし、石材を生物のように動かしているのだ。
「デミトス君。橋脚の点検をしている作業員を退避させたまえ、今すぐにだ」
「退避? まさか、この雨の中、今から作業するつもりですか?」
デミトスはブラハ子爵の言葉が理解できなかった。橋を構成する資材は到着したが、組み立てるとなるとまた別だ。しかしブラハ子爵は、今から作業を続けるという。
「そうするしかないのだ! この橋は特殊な構造をしている。急流に対して上に乗せる橋げたの重みで、橋脚の強度を保つように設計してある。今工事をせねば橋脚が流される」
ブラハ子爵のいうことは、デミトスにも理解できた。水量の少ない乾期の間に橋脚を全て建設せねばならなかったため、橋脚の強度は全体的に低い。後から強化する予定だったのだ。
「わかりました、退避させます!」
デミトスは無理だといいたかったが、ブラハ子爵の目には、不退転の覚悟が宿っていた。
どうとでもなれとデミトスは丘を下り、大声で退避を命じながら川岸へと向かう。
デミトスの指示が届き、作業員が退避を始める。デミトスが点呼を終えて作業員の退避を確認したころ、魔導人形がゆっくりと川岸に到着した。しかし雨でぬかるんだ川岸に足を付けた瞬間、地面が巨大な足を支えられずに崩れ、魔導人形は体勢を乱した。
魔導人形はすぐに姿勢を立て直したが、危ういことこの上ない。もしあの巨大な魔導人形が転倒すれば、ただでは済まないだろう。
「やっぱり、この雨の中に作業をするなんて無理だ」
デミトスは舌打ちをするも、魔導人形の上に立つユークは前しか見ていない。このまま続行する気だ。
「それに、一体どうやって組み立てるっていうんだ」
デミトスはこの後のことを全く知らなかった。橋脚以外の建設は、全て魔導人形にて行うと指示されていたからだ。だがいくら魔導人形を使用できるといっても、橋の建設は簡単ではない。巨大な石材を橋脚の上に設置し、さらに細かな石材も全て正確な位置にはめ込まねばならないのだ。
これは普通に考えても難しい工事だった。水量の少ない川であったとしても、何年もかかるだろう。それをこの天気で行うなど正気ではない。
「いくら天才と呼ばれるユークでも、こればかりは……」
絶対に無理だと、デミトスが首を横に振った時だった。ユークが操る魔導人形が、川岸で止まらず、川の中に足を入れる。更にそのまま前進を続け、橋脚の前にまで到達した。
魔導人形はそこでわずかに足踏みをし、足と足の間に橋脚が来るように微調整する。そして橋脚を踏まぬように前に進み始めた。
「お、おいおい……」
デミトスは言葉を呑んだ。巨大な魔導人形の胴は長く、頭は対岸にまで到達し、最後尾はデミトスの目の前、川岸で終わっていた。
真っ直ぐに続くその背中は、一見すると橋にすら見える。
ユークが何をしようとしているのかデミトスが理解しかけたその時、巨大な魔導人形の体が閃光を発した。
体の各部に配置された球体が光り輝き、雷のような電撃を発する。電撃は魔導人形の体を構成する石材達を持ち上げ、魔導人形は全ての部品がばらばらとなって、空中に浮遊した。
「まさか!」
あっけにとられるデミトスの前で、空中に浮かんだ石材が一斉に動きだす。大きな石材が橋脚の上に乗せられ、小さな石材はアーチを描いて互いを支え合った。石板のような部品は橋げたとなって敷き詰められ、手すりと欄干が橋の両端を埋めていく。
全ての部品があるべき場所に納められると、球体からの電撃の放出が止まる。すると石材と石材がしっかりと組み合わされ、巨大な橋が完成していた。
「え? あっ、もう?」
デミトスは目をぱちくりさせた。普通ならば何年もかかるような大工事が、見ている間に終わってしまった。
強度不足が心配になるが、しっかりとかみ合った石材と石材は、濁流となった河の流れにもびくともしない。巨大な石材が完璧に組み合わされ、隙間なく互いを支え合っている証拠だった。
呆然とするデミトスの視線の先で、雨の間から一人の男性が向かって来る。金色の髪に深い青のローブを纏っているのは、特級魔導人形師の資格を持つユークその人だった。
「ああ、建設業者を率いるデミトスさんですね」
気さくに声を掛けるユークに、デミトスはただただ驚いた。
「私の名前を知っているので?」
「ええ、いい仕事をされると、評判は聞いておりました。橋脚の位置は図面どおり正確で、噂に違わぬ腕前ですね。おかげで微調整がいらず助かりました」
青年は物腰低く頭を下げる。稀代の天才に持ち上げられ、デミトスは嬉しいやら恥ずかしいやらで、照れくさいばかりだった。
「しかし、これでようやくラエルザに会える」
ユークのつぶやきは小さかったが、デミトスにははっきりと聞こえた。そしてその名に聞き覚えもあった。
「ラエルザ……ああ、あの婚約破棄された聖女の事か?」
デミトスは、少し前に聞いた噂を思い出した。なんでも王都ではグエン王太子の婚約者であった女性が、婚約破棄されたという。
どうでもいいスキャンダルだったのでよく覚えていないが、確かその女性の名前が、ラエルザだったはずだ。
「それがどうか……」
尋ね返したその時、デミトスは体を震わせた。先ほどまで柔和に笑っていた青年が、怒りの形相を浮かべていたからだ。
「その話、詳しく聞かせてもらおう」
ユークの声には、有無を言わせぬ厳しさがあった。
ロメリア戦記のアニメが、2026年10月3日(土)21時~
アニメタイムズ・U-NEXT・Netflixにて国内独占&地上波先行配信!
また2026年10月5日より
TOKYO MX/BS11/サンテレビ/KBS京都/CBCにてⅡクールで放送が開始されます !
皆さん見てください




