第二十四話 聖女ラエルザ 嘆願書を送られる①
カーテンが引かれる音と共に、まばゆい光が私の顔に降り注ぐ。
「お嬢様、起きてください。朝ですよ!」
アリサが声を掛けると、眠っていた私は一瞬にして覚醒した。
目を大きく開け、シーツを押しのけて飛び上がる。
「おはよう、アリサ! いい天気ね!」
「はいはい、おはようございます。お嬢様。朝から元気ですね」
「うん、元気は私の取り柄だから!」
寝台の上に立ち上がり、私は大きく伸びをした。寝起きがいいのは私の特技の一つだ。どれだけぐっすり眠っていても、起きた瞬間にいつでも走り出せるほど力が漲る。
「今日も一日が始まるわね、きっと楽しい一日になること間違いないわ!」
「それはようございました。顔を洗って着替えてください。朝食はもうできていますよ」
アリサが寝室から出ていく。私ははーいと返事をして、寝台から降りアリサの後を追った。隣の部屋に移ると、そこは居間と食堂と台所が一体になった部屋だった。私達が仮住まいをしている、教会の横に併設された小屋だ。
部屋の中央には大きめの机が置かれており、奥には竈や調理台が置かれた台所。その横には勝手口があり、大きな水瓶が鎮座している。隣の台には水が張った洗面器とタオルがあった。
「もう春も終わりだけれど、朝はちょっと冷えるわね」
私は朝の寒気に体を震わせながら、両手で洗面器の水を掬い上げ顔を洗う。冷水が気持ちよく、私は目を瞑りながら手探りでタオルを手に取り、顔をごしごしと拭いた。
気分がさっぱりした私は振り返りまた寝室に戻る。寝室には衣装箪笥が置かれ、姿見もあった。箪笥は元々この小屋にあった物だが、姿見はアリサが背負って運んできたものだ。
アリサは侍女の嗜みですと笑っていたが、絶対に違うと思う。
「さてと、今日はどの服を着ようかな」
両開きの箪笥戸を開けると、そこには青と白をあしらった同じドレスが何着も掛けられていた。私がいつも着ている服だ。去年、袖を通したこの服が気に入り、無理を言って業者さんに同じ服を何着も作ってもらったのだ。
ちなみにアリサは、いつも私に違う服を着せようとする。ただアリサが勧める服は、ヒラヒラのフリルがたくさんついていて、動きにくいものばかりだった。
一方でこの大量にある服は、木登りをして枝に引っかかっても、簡単に破けたりしない頑丈さが気に入っている。
私は寝間着を脱ぎ、真っ白なシュミーズを頭からかぶって袖を通す。その後にいつもの青と白のドレスを着る。そして白い靴下に赤い靴を履く。鏡を見ると、服装はいつも通り完璧だった。しかし髪がボサボサだったので、ブラシで軽く梳かす。
癖のない髪は、何度かブラシを通すだけで言うことを聞いてくれる。愛用の赤いリボンで髪をくくり、これで身支度は完成だ。
「おっと、デザリアを忘れるところだった」
私は寝台横のサイドテーブルに置かれた、黒光りするスティックを手に取る。デザリアは今や私にとって欠かせない相棒だった。髑髏にあしらわれたリボンも、私の髪につけているものと同じでお揃いだ。
デザリアの隣には、いつも肩から下げているポシェットが置かれていた。これも肩に通しておく。ただし、中に詰まっていた魔石のコレクションは、すべて失われてしまっていた。
十日前の嵐の夜、女神様が顕現した後のことだ。ポシェットの中を確かめてみると、全ての魔石が割れて茶色くなっていたのだ。
「残念だけれど、仕方ないか」
軽いポシェットの感触が残念だが、諦めるほかなかった。
あの嵐の夜に何があったのか、答えは誰にもわからないだろう。ただ奇跡の代償が貯め込んだ魔石であるのなら、安いものと考えるべきだ。
着替えを終え、私は朝食を食べようと居間に戻る。するとアリサの声が響いてくる。
「ですから、こういったものを持ってこられても困ります」
勝手口に立つアリサが、何枚もの紙束を手に鋭い声を返す。開け放たれた扉の前にいるのは茶色い帽子をかぶるハネス村長だった。
「しかし、村の者に頼まれますと断れませんので……」
「そんなこと、我々には関係ありません! 今は朝食の最中です! お引き取り下さい!」
アリサが怒鳴ると、ハネス村長は肩を落とし帰っていく。アリサは勢いよく扉を閉めた。
「どうしたの? こんなに朝早く、村長は何か御用があったのかしら?」
「別に大したことはありません。さぁ、早く食べてしまってください」
アリサは急かすが、私は席に着かなかった。アリサは右手を後ろに回し、先程持っていた紙の束を隠していた。
「その手に持っているのは何? 隠さず教えて」
私がせがむと、アリサは顔を顰めて紙束を掲げる。
「村人からの嘆願書ですよ。お嬢様が雨を降らせたり、魔物を討伐されたりしたでしょう? 村人達はそれを、お嬢様の祈りが起こした奇跡だと思っているのです」
アリサの説明に私は頷いた。村が日照りや魔物の被害に困っていた時、私は神様にお祈りしてみますと、周囲の人に言っていたのだ。一方で私自身が空に向かって水を撒いて雨を降らせ、毎日山に出向いて魔物の討伐を行った。
そのため村は日照りを乗り越え、最近では魔物の被害も大幅に減ったそうだ。事実を知らない村人達から見れば、私が祈りで奇跡を起こしたように見えるだろう。
「それがどうかしたの?」
「味をしめた村人が、都合のいいお願いを聞いてくれと嘆願書を送ってきているのです。やれ今年の豊作を祈願してくれとか、雑草が生えないように神様にお願いしてほしいとか、果てには家の柵を直してほしいなんてのもありました。全く、ずうずうしい」
アリサは怒りをにじませた溜息を吐くと、台所に目を向けた。竈には朝食を作った火が今も燃えている。
「こんなもの、まともに相手をする必要はありません」
アリサは嘆願書を竈にポイと捨て、火にくべてしまった。
「あっ、なんてことするの! 村人が困ってるのよ!」
私は憤慨した。村人を助けるのは領主の役目だ。それなのに勝手に嘆願書を燃やすなんてひどすぎる。
「お嬢様! お優しいのは結構ですが、行き過ぎると害になりますよ。お嬢様に助けられているばかりでいると、そのうち自分で何もできなくなります。助けてばかりでは村人の為になりません」
ぴしゃりと言われ、私は意気消沈した。
「で、でも……雨を降らせたり、魔物を討伐した時は何も言わなかったじゃない……」
「あれは村人には解決が難しい問題でした。彼らにもどうしようもない時は、手を貸すのも良いでしょう。しかしそれ以上の手助けをしてはいけません。見守るのも領主の務めですよ」
諭され、私は項垂れた。上手く言いくるめられた気もするが、助けてばかりではよくないというのもわかった。
私は仕方なく食卓に着き、神様にお祈りをささげ、アリサが用意してくれた朝食を食べた。
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