第二十三話 聖女ラエルザ 女神さまと出会う
私は降りしきる雨の中、地面に倒れるソイルを発見した。
ソイルの名を叫びながら駆け寄るも、雨に濡れたソイルは意識を失い返事をしない。
「ソイル! 何があったの! 大丈夫?」
ソイルを抱き寄せると、口からはわずかに声が漏れる。
よかった、死んではいない。ほっと胸を撫でおろしたのも束の間、ソイルの両手がずたずたに引き裂かれていることに気づいた。
「どうして、何があったの?」
私の嘆きは降り注ぐ雨に飲み込まれ、答えてくれる人は誰もいない。側で倒れる精霊様も掬い上げるが、ソイルと同様に意識がないのか動かない。ただその腕の中を見れば、割れて茶色くなった魔石を抱いていた。
何故こんなことになっているのか、何もわからなかった。
「ラ、ラエルザ?」
腕に抱いたソイルが、か細い声を漏らす。
「ソイル、よかった、気がついたのね!」
「ごめんよ……ま、まだ終わってないんだ」
ソイルは上体を起こすと、地面に膝をつき、右手を掲げた。手にはか細いが光が宿る。魔法を行使する光だ。
「俺がこの土地を畑にして見せるから、絶対にやり切るから……」
「ソイル、まさかあなたずっと?」
私はようやく、ここで何があったのかに気づいた。ソイルは魔法を用い、私が耕した土地を畑にしようとしてくれていたのだ。
「貰った魔石は、割れてしまったんだ、ごめんよ……」
ソイルは謝罪しながら魔法を使う。だがその手から突然出血する。魔法を使いすぎたことにより、腕が傷ついているのだ。
「もう止めて、ソイル」
なおも魔法を使おうとするソイルに対し、私は抱きしめて無理やり止めさせた。ソイルはなおも魔法を使おうとするが、手には光が宿らない。
「ごめんよ、ラエルザ、ごめん……」
ソイルはラエルザの腕の中で、ぐったりと倒れ力を失う。その顔からは涙が流れるも、嵐が奪い去っていく。
「謝るのは私の方よ、ごめん……私のせいで」
私はそれ以上言葉を続けることができなかった。私の浅い考えを補うため、ソイルは我が身を顧みず力を尽くしてくれたのだ。どのような謝罪の言葉があろうか。
私は意識を失ったソイルに治癒術を発動した。少しでも彼の傷を癒したかった。だが私の手に宿る光はあまりにもか細く、嵐にすら負けてほとんど光が見えない。
ソイルの傷はまるで塞がらず、傷口からは血が流れ、体温は時を追うごとに奪われていく。
「デザリア! ソイルを助けて!」
私は腰のスティックを引き抜き、魔王の武器にお願いしてみる。だがデザリアは応えない。デザリアは道具に変化できても、傷を癒す道具にはなれないのだ。私は闘気も発動してみたが、治癒術の効果は変化しなかった。ただ筋力が増大するだけだ。
「どうして私は何もできないの!」
私は自分自身の無力さを嘆いた。
岩を持ち上げる筋力も、魔王の武器デザリアも、体を覆う闘気も、何の役にも立たない。血の一滴を止めることすらできず、ただ見ていることしかできないのだ。
「神様! お願い、彼を助けて!」
私は一心にソイルの事だけを思った。その時だった。突如全身を覆う赤い闘気が、白い光と変貌した。するとソイルの傷がみるみると癒えていき、流れ出る血も止まる。
「ラ、ラエルザ……?」
ソイルが再度意識を取り戻し、呆然と見上げる。ラエルザ自身、自らの体が覆う光の正体がわからなかった。自分の体の変化に驚いていると、胸に抱いていた精霊様も起き上がる。その体は私が覆う白い光に呼応してか、いつもより力強く発光していた。そして宙に浮かび上がる。
「精霊様? どうしたの?」
このような光景を始めてみるのか、ソイルも宙に浮く精霊様を見て驚いている。
精霊様は何も答えず、顔を私の方に向けた。精霊様に目はない。だがその視線は、私が肩から下げるポシェットに注がれていることに気づく。私が集めた魔石をしまい込んでいる鞄だ。
不意に私のポシェットが光を帯び、精霊様と同じように浮かび上がる。
「ラ、ラエルザ! 何が起きてるんだ?」
「わからない、私にもわからない」
動揺するソイルに、私は何も答えられなかった。ただ何かが起きようとしていた。私が発する白い光と精霊様。そして大量の魔石。この三つが合わさったことにより、何かが起きようとしている。それだけはわかった。
宙に浮かぶ精霊様の光が、ひと際大きくなる。違う! 精霊様そのものが、大きくなっていた。いつもは手に乗るほどの大きさしかないのに、見る見るうちに大きくなっていく。その大きさは私達を越え、見上げるほどとなり、家を越え、木を越え、さらに大きくなる。
巨人!
王都にあるお城よりも、大きな巨人が出現していた。だが精霊様の変貌はまだ終わらない。黄色かった光は黄金の輝きを持ち始め、表情のない顔には目鼻の輪郭が浮かび上がる。
美しい長い髪は波打ち、大きな瞳にくっきりとした鼻筋が形作られる。細い顎には小さな唇が生まれた。体も変化し、曲線を描く肩からは長い手が伸びる。どこか古風な衣装の下には、はちきれんばかりの大きな胸とくびれた腰が見えた。
「め、女神様……?」
呆然と見上げる私の口からつぶやきが漏れる。
私がもっと小さかった頃、夜眠るときにお母様が聞かせてくれた物語があった。
はるか昔、神様がこの世界に降り立った。神様はこの世界を豊かにするために、幾柱もの神をお造りになったと言われている。その中に、大地に恵みを与える女神さまがいたという。
目の前にいる存在が、神であるという保証はない。しかしこの圧倒的な存在感と恐ろしさすらある姿は、まさに神であるとしか言いようがなかった。
顕現された女神様は打ち付ける雨、吹き付ける風すら心地よいと手を広げた。そしてゆっくりと顔を動かし、私を見た。
あまりに大きく、全てを呑みこむような瞳に見つめられ、私は金縛りにあったように動けなかった。あらゆる理解が追い付かず、体の動かし方を、息の仕方すら忘れていた。
巨大すぎる存在に魅入られ、意識がはじけ飛びそうになったその時、女神様が微笑んだ。
地面が突然光り始めた。眩いほどの光が周囲一面から発せられ、目を開けていられなかった。思わず目を瞑るも、地面からの光はさらに強くなり、瞼を越えてなお眩しい。
「なんだ! なんなんだ、これ!」
「わからない! 私にもわからない!」
私とソイルは理解を越えた現象を前に、ただ互いを抱くしかなかった。
輝きが最高潮に達し、何かが弾けたような衝撃が私達を襲う。私達は互いに支え合い耐えた。
体に痛みはない。光も消えていた。目を開けるとあれほど輝いていた地面が元に戻り、女神様の姿も消えていた。空を見上げれば、星々の瞬きが見えた。嵐を起こしていた雨雲が、消失している。もはや空には女神様も雨雲も、雨粒一つもなく、綺麗に消え去っていた。
静寂が私とソイルを包み込んだ。
何一つ物音がなく、切り取られたかのような無音の空白。先ほど見たものは、何一つ痕跡を残さずに消え去っていた。
私とソイルは呆けたように空を見上げた。先ほど見たものが、嘘だったような気さえする。だが見上げた先には、あれほど空を覆っていた雨雲は一つもなく、満天の星が瞬いている。
「ね、ねぇ……ソイル」
「ああ、ラエルザ。今のは……」
私とソイルは息を呑み、それ以上の言葉を紡げなかった。名を口にすることが、不敬であるとすら思えたからだ。
「ラエルザ、これ!」
ソイルが地面に膝をつき、土を掬い上げる。あれほどの大雨が降ったというのに、地面には水たまりが一つもなかった。代わりにふかふかとした柔らかい土が一面を覆っている。
「周囲一帯の土が、全部変わってる! これならどんな作物でも育つよ!」
興奮するソイルにつられ、私も地面に触れてみる。掘り起こした時は堅くざらざらとしていたが、今は指が埋もれるほどに柔らかい。
「これって!」
「さっきの神様がやってくれたんだよ!」
私はソイルと目を見合わせた。私もソイルも、体の奥底から笑みが沸き上がり、喜びがあふれる。私達は両手をつないで輪になって踊り、神様の恵みと祝福に感謝した。
聖ラエルザ伝 第一章三節
荒れた土地に困窮する村人を見て、ラエルザは神に祈った。すると嵐の夜に光を纏う女神が顕現し、荒れ地を一夜にして肥沃な畑へと変えた。
これまで一日に二回更新してきましたが
ストックが尽きたので、一日一回更新に変更します
これからも聖女ラエルザをよろしくお願いします
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