第二十二話 聖女ラエルザと嘘つきソイル③
降りつける雨が教会の窓を叩いていた。
「よく降るわねぇ。まぁ、雨が降ってくれるようになったおかげで、畑の水やりをしなくて済むようになったけど」
私は雨に染まる外を眺めながら、椅子に座り足をぶらぶらさせた。
すでに夕食は終わり、台所ではアリサが洗い物をしていた。手伝いたいが、私が食器に触ると何故か割れるので、手伝えることがない。暇なのでポシェットに収めた魔石を机の上に広げて眺める。
赤に緑、橙に黄色、大小いろんな色の魔石が輝きを放っていた。
昨日数えた時は四十九個あった。今日はカブト虫の形をした魔物を倒したので、晴れて五十個の大台に乗った。次は百個を目指したい。
「四十六、四十七、四十八、四十九……あれ?」
私はにんまりと笑いながら魔石を数えていくが、五十個目がない。ポシェットの中や机の下、ポケットの中も確かめるが最後の一個がどこにもなかった。
「あれ? なんで?」
昨日は確かに四十九個あったのにと、私は焦った。しかしすぐにソイルの精霊様に、青い魔石をあげたのだったと思い出す。
コレクションは大事だが、友達にあげたのならば惜しくはない。
「友達……か」
コレクションをポシェットにしまいながら、私は昼間の出来事を思い出した。
キルクス村の人達は、皆がいい人でよくしてくれる。しかし私が持つ力のことを、打ち明けることはできなかった。打ち明けようと思ったことも何度かあったのだが、怒りに燃えるグエン王太子の視線と、怯えるサリーナ伯爵令嬢の顔を思い出してしまう。そうなると恐怖で身が固まり、どうしても話すことができなかった。
すべてを打ち明けることができる友達は、もう作れないと思っていた。しかしそれは間違いだった。
私の力を見た時、ソイルは私を怖くないといった。だがあれは嘘だったのだろう。その後もソイルは嘘を吐き、遊びの約束を取り付けた。私を怖がらせないための優しい嘘だ。
私が聖女に認定されていた神託教会では、特に嘘を禁じていた。
もちろん嘘はない方がいい。しかし時には嘘も許されるべきではないかと思う。
必死に嘘を吐くソイルの顔を思い出すと、心が温かくなり満たされた気持ちになる。王都でのように、また友達ができるとは思ってもみなかった。
「どうしたんです、お嬢様。何かいいことがあったんですか?」
「ん? ちょっとね。友達ができたの」
洗い物を終え、手を拭きながらやって来たアリサに、私は何があったかを報告した。するとアリサの体が硬直し、視線が僅かに険しくなる。
「それはいったいどこの誰です? 性別は? まさか男ですか? どこの誰であろうと、領民如きがお嬢様に声を掛けるなど言語道断。取り入ろうと企んでいるのです!」
「ちょ、ちょっと、アリサ?」
目の色を変えるアリサに、私は気圧される。
「ソイルはそんな悪い子じゃないわ」
「ソイル! 聞き覚えがありますね。確か虚言癖があるとかいうガキですね。やはりお嬢様にふさわしくありません。お嬢様に近づかぬよう言い聞かせて……」
「アリサ! そんなことしないで! どうして私が友達を作ると、遠ざけようとするの!」
私は眉間に皺を寄せた。アリサは私が友達を作ると、決まって反対するのだ。
「お嬢様が不用心に人を信じすぎるからです。悪い人に騙されないように、私が見張っているのです」
「悪い人なんていないわ、これまでだっていなかったでしょう!」
「それはお嬢様が気づいていないだけで、下心を隠している者は大勢いました!」
アリサは言い切るが、そんなことはないと思う。これまで出会った人は、皆いい人ばかりだった。
私が口を尖らせそっぽを向くと、アリサもこればかりは譲らないと顔を背ける。
狭い部屋には重い沈黙と、降りつける嵐の雨音が支配する。だがその張り詰めた空気を、重いノックの音が乱した。台所脇にある勝手口だ。表門は教会を経由せねばならないため、普段から出入りは勝手口を用い、訪問客もだいたいはそちらから来る。
「こんな嵐の夜に誰でしょう?」
アリサが立ち上がり、勝手口を開ける。すると降りしきる雨の中に、外套を着た男性が立っていた。フードの下、顎に水を滴らせるのはキルクス村のハネス村長だった。
「こんな夜更けにすみません、ラエルザ様」
「どうしたんです? とにかく中に入ってください」
アリサは招き入れようとするも、ハネス村長は入らない。
「いえ、それは大丈夫です。ところで一つお尋ねしたいのですが、孫のソイルをご存じありませんか? どうやら家に戻っていないようで、探しているのです。親戚や友達の家にもおらず、あと探していない場所と言えばここぐらいだったのですが……」
ハネス村長はアリサの肩越しに、部屋の中を見る。私達が住んでいる教会の一室は、簡素な造りで私達以外に誰もいないことは一目瞭然だった。
ここにもソイルが居ないことに、ハネス村長は落胆の息を吐く。
「あれからソイルは戻っていないの!」
私は思わず立ち上がった。ソイルとは雨が降り出す前に、村の外で別れたのだ。彼は私が作った畑を、少し見てから戻ると言っていた。だがそれはもう何時間も前の事だ。外はすでに嵐であり、何かあったに違いなかった。
「まさか!」
私の頭に、閃きが走った。私はいてもたってもいられず、アリサとハネス村長の脇を通り抜けて外に飛び出た。そして裏庭を駆け抜け、屋敷の敷地から出る。
背後ではアリサが叫び私を止めようとしていたが、私の足は止まらなかった。キルクス村の家々からは僅かに灯りが漏れ、家の輪郭が見えた。
泥水を踏み、降り注ぐ雨を蹴り上げ村を駆け抜けると麦穂が覆い茂る畑へと出る。
空は分厚い雨雲が覆い、月も星も見えない漆黒だった。もはやどこが道で、どこが畑なのかもわからない。普通の人ならば。
「待ってて、ソイル。すぐ行く」
私は全身に力を込めた。すると体から赤い蒸気のようなものが噴き出る。アリサが教えてくれた闘気だ。私は体から噴き出る闘気を操り、両目に集中させる。すると漆黒の景色が輪郭を持ち、目の前の光景が浮かび上がる。
闘気はいろんな使い方ができる。その全てを知っているわけではないが、闘気をもちいれば身体能力や五感が強化されることを、私は感覚的に気づいていた。
闘気を目に集中することで、視力が増大して暗闇でもよく見える。これなら嵐の中でも問題はない。
私は打ち付ける雨に向かって進み畑の前を通り抜ける。行く手にはキルクス村を守る門が見えた。当然だが閉まっており、開けている時間はない。私は門の前に到達すると同時に両足をかがめて蹲った。そして両足に闘気を溜め、一気に解放して真上へと跳躍する。
闘気の力で強化された私の脚力は、軽々と門を飛び越え村の外に着地した。そこからさらに真っ直ぐ北に進めば、土が掘り返された荒れ地に到達する。私が耕した畑だ。
「ソイル! どこなの! ソイル!」
横凪の暴風と雨音に負けぬよう、私は声を張り上げた。しかし返事はない。だがここだ。ソイルは間違いなくここにいる。
私は目に闘気を込め、周囲をつぶさに探した。すると地面にうっすらと光る何かがあった。小人のようなその姿は、精霊様だ。その横には誰かが倒れている。ソイルだった。
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