第十七話 聖女ラエルザ ソイルと出会う②
ソイルはキルクス村を横切り、畑の間を走り抜け、村の出口である問にまでたどり着いた。
門には村人のタバサが門番をしていた。頼み込んで門を開けてもらい、外に出る。目指すは近くにある山だった。
血マダラという狂暴な魔物が出るため、近づいてはいけないと言われている場所だ。ただし最近では血マダラが姿を消し、安全になったといわれている。
「ちょっと入るだけなら、大丈夫だよな……」
ソイルは息を呑み、山の中に分け入った。
血マダラに遭遇するかもしれないと考えると少し怖かったが、魔法の練習のためには、どうしてもここに来る必要があった。
「ここらでいいかな?」
魔物に遭遇するのが怖いため、山裾に少し入ったぐらいでソイルは足を止めた。周囲を確認するが、魔物の気配はない。安全を確認した後、ソイルは木の前で膝を折り地面に右手を向けた。するとそれまでソイルの肩に乗っていた、精霊様も地面に下りる。
「精霊様、力を貸してくれよな」
黄土色に光る人型に声を掛け、ソイルは右手に力を込めた。すると掌から光が漏れ出す。土の魔法だ。その光はキルクス村で使った時よりも強く、大きく発光していた。
「やっぱり、山で使うと魔法が強くなってる」
ソイルは自身の推測が正しかったのだと頷いた。
最近気づいたのだが、村で魔法を使用する時と比べ、山や森などで魔法を使うと、いつもより強い魔法が使えるのだ。ただしどこでもいいというわけではなく、魔物が出るとされる場所でないと、魔法の効果が高まることはなかった。
「なんでか分からないけれど、これなら……」
ソイルは魔法の出力を高めた。魔法を向ける地面では、精霊様も手を掲げて、魔法に協力してくれている。地面に目を向ければ土の色がどんどん変わり、白っぽくなっていく。
掌を越える大きさの土が白くなっていき、ソイルはうれしくなる。だがさらに魔法を強くしようとした瞬間、地面にかざしている右手に激痛が走った。
「いってぇぇぇ」
あまりの痛みに、ソイルは腕を抱え魔法を停止する。腕を確かめると血管が浮き上がり、指先の血管が切れて、僅かだが出血していた。あのまま魔法を発動し続けていたら、腕がどうにかなっていただろう。傍らでは、精霊様が心配そうに見上げていた。
「大丈夫だよ、精霊様」
ソイルは痛みをこらえつつ笑顔を見せる。そして精霊様がいる横の地面を見ると、ソイルが中に入れるほど、地面が白く変色していた。こんなに広い範囲に、魔法の影響を及ぼせたのは初めてだった。
「やった、やったぜ!」
腕はまだじんじんと痛むし、体もなんだか気だるい。しかし心地いい痛みと疲労感だった。これまではどれほど魔法を使っても大した効果がなく、手が痛くなるようなこともなかった。しかし今は違う。ほんの少しだが、確実に上達した実感がある。
「でも、土を白くする魔法ってなんだ?」
ソイルはしびれる腕を振り、白くなった土に触れた。ざらざらとしており乾燥している。変色していない土と比べると、湿気がなく土の栄養もない気がした。
「もしかして、土の栄養を奪ってる?」
ソイルは変色していない土に触れて違いを確かめてみた。すると魔法をかけていない土は、みずみずしく柔らかい。栄養豊富な土であることが感覚的に理解できた。一方で魔法をかけた土は、硬くばらばらとしている。肥料をやらず痩せた畑は、こんな状態になることが多い。
先程は特に何も考えず、とにかく魔法を発動させたがこんな効果になるとは思わなかった。
「もしかしたら逆もできるかも?」
ソイルは意気込んだ。もし土に栄養を与えることができれば、肥料をやる手間が省ける。村に大きく貢献できるし、誰も自分を無視できない。祖父のハネスも喜んでくれるだろう。
ソイルは早速、白く変色した地面に手をかざした。そして土よ豊かになれと念じながら魔法を使用した。右手に光が宿り、白くなった地面に降り注ぐ。その隣では精霊様も手を掲げ、力を貸してくれていた。すると白かった土が、ゆっくりと黒みを帯びて来る。
「やった!」
ソイルが歓喜したその時、背後に気配がした。
「誰だ!」
もしや魔物かと、ソイルは背筋が凍り付く思いで振り返った。すると背後には、金色の髪に赤いリボンを付けた少女が立っている。この村にやって来た領主のラエルザだった。
驚き声が出ないソイルに対し、ラエルザは小さな口を動かす。
「こんにちは、貴方……確かソイルよね?」
「な、んで? 名前を?」
「なんでって、前に会った時に自己紹介したわよね?」
ラエルザは不思議そうに首をかしげる。
確かにソイルは、ラエルザに会って名前を教えたことがある。だがそれは何日も前のことで、しかもその時は多くの村人がラエルザに挨拶していた。ソイルは何人もいたうちの一人であり、その後はほとんど会話らしい会話をしていない。そしてそれからは遠くから見かけるだけで、顔すら合わせていなかった。それなのに、ラエルザはソイルの事を覚えていたのだ。
何か胸にこみあげてくるものを感じ、ソイルはただただ戸惑っていると、ラエルザの大きな瞳が動く。視線は白く変色した地面に注がれていた。
「こんなところで何をしてたの?」
ラエルザに問われ、ソイルは口ごもった。魔法の練習をしていたとは言えなかった。もし事実を口にすれば、魔法を見せてくれと言われるだろう。しかしそれが土の色を変えるだけとなると、必ず失望される。何故かはわからないが、ソイルはラエルザに失望されたくなかった。
「あの、これは……」
ソイルが誤魔化そうと、変色した地面の前に立つ。すると地面にいた精霊様が飛び跳ね、ソイルの右肩に飛び乗った。それはいつものことだったが、同時にラエルザの視線も跳ね上がり、ソイルの右肩で止まる。
え?
ラエルザの視線の動きにソイルの呼吸が止まる。一方ラエルザは、まじまじと、精霊様が乗るソイルの右肩を見つめていた。
「ねぇ、その肩にいるのは何?」
続くラエルザの言葉に、ソイルの胸に叩かれたような衝撃が走った。
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