第十六話 聖女ラエルザ ソイルと出会う①
キルクス村の住人、その全員が大っ嫌いだった。
ソイルは村にある木の枝に腰を掛け、足をぶらぶらさせながら村の隅々を見下ろした。
山に囲まれた狭い盆地に、しがみ付いているような村だ。そこに住むのも、つまらない連中だった。
「ケッ、つまんねーの」
ソイルはぶらぶらさせていた足を枝に掛け、幹に体を預けて昼寝でもしようとした。そこに小石が飛んできて、足の近くの木に当たる。
「っぶねぇなぁ!」
体を起こして下を睨むと、そこには三人の人影があった。村の子供であるテッドに、コニーとトマだった。
「嘘つきソイル! また嘘ついたな!」
テッド達は口々に嘘つきと罵倒しながら、小石や小枝を投げて来る。
「なんだ! 俺は嘘なんてついてねーぞ!」
「じゃぁ昨日! 湖の主を釣り上げたって言ってたけど、あれは本当なのかよ!」
指を突き付けるコニーに対し、ソイルは一瞬言葉に詰まった。昨日確かにそう言ったが、実際に釣ることができたのは小魚一匹、主を吊り上げたというのは嘘だった。しかし……。
「う、嘘じゃねーよ! ほんとに釣り上げたんだよ!」
ソイルの口からは嘘が出た。さらに両手を広げ、こんなに大きかったんだと嘘を広げる。
「嘘つけ! じゃぁ釣り上げた魚を見せてみろよ!」
「か、かわいそうだから、逃がしてやったんだよ!」
トマに対して叫んだあと、気まずさからソイルは顔を背けた。
「じゃあ、本当に釣ったかどうかわからないだろ! その前だって山で魔物と出会って、倒したなんて言ってた! 絶対嘘だ!」
「ほんとだよ、俺の土魔法で、ぶっ飛ばしたんだよ」
「嘘つけ、ソイルの魔法、全然大したことないじゃないか。嘘つき! 嘘つき!」
テッドが叫び、コニーとトマも嘘つきと連呼する。ソイルが反論するも、声は止まない。
「どうせ精霊が見えるっていうのも、嘘なんだろ!」
テッドの言葉に、ソイルは頭に来た。
「それは嘘じゃねぇ!」
「それはてことは、さっきのは嘘だったんだな!」
突発的に叫んだソイルの言葉に、テッドが上げ足をとる。
「嘘じゃねぇって言ってんだろ!」
前のめりになって木の上で叫ぶと、ソイルの重心が崩れる。そして木の下へと落下した。
全身を強かに打ったソイルに、テッド達が笑声を浴びせかけて去っていく。痛みと嘲笑の声に歯を噛みしめ、ソイルは唸った。
「くそ、馬鹿ばっかりだ!」
悪態を吐きながら体を起こすと、打ち付けた頬が痛んだ。顔を顰めていると、視界の端に茶色く光る塊が見えた。拳ほどの大きさの人の形をした光の塊だ。顔も表情もないが、その仕草は怪我を負ったソイルを、心配げに見上げていた。
「大丈夫だよ、精霊様」
ソイルは光の塊に笑いかけた。『これ』が何なのか、ソイル自身もよくわかっていなかった。幼いころから側にいてくれたが、ソイル以外は誰も見ることができない。亡くなった母さんも見えなかったが、きっとソイルを守る精霊様だろうと話していた。
「精霊様は、ちゃんといるのにな……」
ソイルの声が地面に落ちる。精霊様の存在を、キルクス村の住人は誰も信じてくれなかった。何度も本当にいるのだと訴えたが、もう誰も相手にしてくれない。
「大丈夫か、ソイル」
地面に座り込むソイルのもとに、背後から声が掛けられる。振り向くと、茶色い帽子から白髪を覗かせる老人が立っていた。キルクス村の村長であり、ソイルの祖父であるハネスだった。
「ハネス爺ちゃん……」
テッドたちとのやり取りを見られていたのだと、ソイルは気まずさから顔をそむけた。
「儂は……精霊様がいると信じとるよ」
呟くような祖父の言葉に、ソイルの体は一瞬震えた。しかしすぐに嘘だとわかる。
「嘘つかなくていいよ……。爺ちゃんだって見えてないだろ」
ソイルは足を引き寄せ、自分の体を抱くように足に手をまわした。
精霊様は自分以外の誰にも見えない。母さんでさえ見ることはできなかった。
「そうさのぉ、確かに儂も精霊様を見ることはできん。しかし風も見えんし音も見えん。精霊様が見えなくても不思議ではないなぁ」
ハネスの慰めの言葉も、ソイルには響かなかった。精霊様の存在を訴えても誰も信じてくれず、嘘つきと指をさされた。それ以来何をしても信じてもらえず、誰もまともに話を聞いてくれなくなった。誰かに話を聞いてほしくて、嘘を言うようになったのはそれからだった。
「なんで、俺にだけ見えるんだろ……」
ソイルの口から呟きが漏れた。精霊様を恨んではいない。しかしなぜ自分だけにしか見えないのか、それがわからなかった。
「知っていると思うが、お前の父親サクリはこの村の者ではなかった。村の外で倒れているのを、お前の母であるソーニャが見つけ介抱したのだ」
ハネスの言葉を、ソイルは足を抱えながら聞いた。その後、母さんは周囲の反対を押しのけて、父さんと結婚した。だがソイルが生まれる少し前、大嵐の日に川の堤防を見に行くと言って出かけて以来、帰ってこなかった。おそらく足を滑らせ、川に落ちたんだろうと言われている。そのためソイルは父の顔を知らない。
「サクリは少し変わったところがあった。そしてお前と同じように、土の魔法を使うことができた。魔法の練習はしているか?」
「全然だめ、ほとんど使えない」
ソイルは右手を地面にかざして見せた。すると掌が黄色く発光する。一部の才能ある者だけが使用できる、魔法と呼ばれる発光現象だった。
炎や氷が生み出せ、使い手によっては巨大な爆発すら起こせるらしい。しかしソイルの手には何も生まれなかった。ただ光を当てた先の土が、僅かに変色しただけだった。
「くそっ、なんでなんだよ!」
あまりにもわずかな変化に、ソイルは顔を歪めた。
魔法を使える者はほんのわずかであり、魔法の才能があるだけでも周りからもてはやされるものだった。しかしソイルには魔法の才能があったが、その効果はほとんどないに等しい。そのため村人からも使えないと失望され、馬鹿にされる要因となっていた。
「そう嘆くな、魔法の習得は難しいと聞く。この村には魔法を使える者がおらん。誰か指導してくれる者がおればよいのだがな」
ハネスの温かみのある言葉に、ソイルは俯く。祖父は一貫して、ソイルを慰めてくれていた。だがそれが分からない。
「なぁ、爺ちゃん。爺ちゃんは何で俺を見捨てないんだ? 俺みたいな役立たずを」
キルクス村において、ソイルの立場は低いものだった。両親は死に、現在は叔母夫婦の家で厄介になっている。嘘ばかりついているし、肝心の魔法もろくに使えず、村の役に立っていない。にもかかわらず、ハネスはソイルを気にかけてくれていた。
「孫を愛さない祖父がいるものか」
ハネスは当たり前だと、ぶっきらぼうに答えた。ソイルは手をぎゅっと握りしめる。
「それに、お前は役立たずなどではない。必ず立派な男になる、そう信じている」
「なんで、そういえるんだよ」
「儂は村長だからな。村長の仕事は、人を信じることだ。あの方が来てからというもの、特にそう思うようになった」
ハネスは遠くに視線を向ける。ソイルもその先を追うと、村の井戸の近くに、一人の女の子の姿があった。金色の髪には赤いリボン、青と白のドレスを着た可愛らしい女の子だ。
ひと月ほど前に、この村に来たラエルザとかいう女の子だった。この土地の領主らしいが、詳しいことはよく知らない。ただ村の皆は、突然やって来たよそ者を歓迎していた。
井戸の前でラエルザは、村人であるデニーにエトラといった女性達と話していた。そこに先程ソイルに石を投げていたテッド達が加わり、ラエルザに遊べとせがんでいる。
一度しか話したことはないが、ラエルザはきっといい奴なのだろう。だから村人にも愛されている。この村で生まれ育ったソイルよりもずっと。
楽しげに話しているラエルザの横顔を見ると、ソイルは胸に暗い嫉妬が宿るのを感じた。貴族として生まれたラエルザは、きっと何不自由なく愛されて過ごしてきたのだろう。
自分とは何もかもが違うと、ソイルは手を握り締めた。
「聞いたところによると、ラエルザ様は王都で婚約者に捨てられ、追放されるようにここに来たそうだ」
「っ! 本当か? 爺ちゃん」
ソイルは信じられなかった。人に裏切られて、どうしてあんな顔ができるのかわからない。
「ああ、この前まで家にいたボードンが、聞いてもいないのに話してくれた。しかしそれでもラエルザ様は人を恨まず、多くの人を信じている。強い人だ。お前にもそうなってほしい。死んだソーニャも、同じことを願っているだろう」
ハネスの言葉に、ソイルは俯き拳を固めた。そしておずおずと口を開く。
「爺ちゃん。俺、嘘吐いた。湖の主を釣ったなんて言ったけど、あれ嘘なんだ」
血を吐くような思いで告白すると、祖父は笑った。
「そうか、なら今度一緒に釣りでも行くか。主を釣りあげて、嘘を本当にしてやろう」
ハネスの悪戯っぽい笑みに、ソイルもつられて笑った。
「さぁ、遊んでおいで」
祖父の言葉にソイルは元気よく立ち上がった。
「魔法の練習してくる!」
「そうか、遅くならないようにな」
手を振るハネスにソイルは振り返し、走り出した。
ロメリア戦記のアニメが、2026年10月3日(土)21時~
アニメタイムズ・U-NEXT・Netflixにて国内独占&地上波先行配信!
また2026年10月5日より
TOKYO MX/BS11/サンテレビ/KBS京都/CBCにてⅡクールで放送が開始されます !
皆さん見てください




