〈7〉奇跡の夜
夜空に満月が見える。
大集落の広場に人々は集まり、高床式住居の中央の祭祀の場を取り巻いていた。
踊り子たちが踊り、儀式を盛り上げていた。
その様子をナオ、サヒトモ、ノハナは物陰から見ていた。
「なんかお祭り気分だな」
「儀式は神をお迎えするものだ。楽しくなければ神は来ない」
「ヨシノが生贄にされるのに?」
「生贄ではない。供物だ」。
「まぁいい。ホノミコが出てくる前にある台の上の棒にヨシノが生贄として縛られるんだろ?」
「そうだ」
「ノハナ、お前はヨシノが縛られたとき、ヨシノの体にあそこに置いてある藁が積まれる。そのとき藁を積むふりをしてヨシノの腰にこのベルトを巻け。いいか、藁を積むふりをして巻くんだ。手品っていうのはふりが大切なんだ」
「わかった」
「もう一度、そのベルトを俺に巻いてみろ」
ナオはノハナの前に立った。ノハナはベルトをナオの腰に強く巻いてみせた。
「よし。これでいい」
ナオはピアノ線がまいてある糸巻きをサヒトモに見せた。
「サヒトモ、さっきも言ったように俺がこの糸巻きを渡して、引っ張れといったら引っ張れよ。お前のバカ力をここで活かすんだ」
「その糸、見えないんだよな」
「お前が引っ張らないとヨシノは丸焼きになるぞ!」
「分かったよ!」
「いいか、二人とも。失敗は許されない」
「分かった」ノハナが言った。
ナオ、サヒトモ、ノハナは人々の中に紛れ込んだ。
踊り子たちの踊りが終わった。
高床式住居からホノミコが現れた。
ホノミコの脇にそれぞれの部族の長が並んだ。
「ホノミコさまってあんな老婆なのか?」
「お身体が良くないから、命結びの儀式を行うんだ」
「なんだ、自分の為か」
一人の長が立ち上がり人々に向かって号令をかけた。
「みな、静まれ! 今からホノミコさまが命結びの儀式を執り行う。神への供物を用意せよ」
ヨシノが現れ、その後ろにウボロギがいた。
ヨシノは自らの足で神の供物として台に乗り、自分を縛る棒の前に立った。
ウボロギが続いて台に乗り、ヨシノの手を棒の後ろに持ってきて縛った。
「いやぁ、神に捧げるには惜しいなぁ」ウボロギの顔はにやけていた。
ヨシノは何も言わなかった。
長が号令をかけた。
「藁を積め!」
ナオはノハナに言った。
「ノハナ、上手くやれよ」
ノハナは頷き、藁を積む人の中に入って行った。
ナオはヨシノに藁を積まれていく様子を見ていた。
ヨシノに藁を積むのが終わるとみなヨシノから離れた。ノハナも離れ、ナオのところにやって来た。
「ちゃんと巻いてきたよ」
「そうか」
「お姉ちゃん、元気だったよ」
「そうか。ノハナはセンスがいいな」
「センスガイイ?」
ナオはノハナの頭を撫でた。
「よし、次は俺とサヒトモの番だ」
「サヒトモは家の裏で待ってろ」
サヒトモは高床式住居を見た。
「ナオ、登れるのか」
「登れるよ。行くぞ」
ナオは糸巻きからピアノ線を出しながら高床式住居の横に来た。
ナオは住居の横に置いて置いた棒、三本を高床式住居に立てかけた。三本の棒は長さが違い、その段差を階段に見立てた。
ナオは糸巻きを口にくわえ、階段に見立てた棒を登り屋根に上がった。
ナオは屋根を上り、頂上に跨った。
「よし!」
ナオは祭祀の見える屋根の前方に行った。
真下に棒に縛られているヨシノの後ろ姿が見えた。儀式を見届けようとする人々の姿も見えた。真下を見るとホノミコが祈りを捧げている姿が見えた。
「急がないと!」
ナオはあらかじめ頂上に付けた滑車にピアノ線を乗せた。そして、屋根の奥に行き、そこにも設置した滑車にピアノ線を乗せた。真下にはサヒトモが手を振ってきた。ナオはサヒトモに向かって糸巻きを投げた。
サヒトモは地面に落ちた糸巻きを手に取った。サヒトモが手で丸を見せた。ナオも手で丸を見せた。
ナオはまた前方に行った。
長が号令をかけた。
「松明をもて!」
従者たちが松明を持った。
長が号令をかけた。
「神に供物を捧げるのだ!」
松明を持った従者たちがヨシノが縛られている藁に火をつけ始めた。
「やばい!」
ナオは屋根を走り、サヒトモに叫んだ。
「サヒトモ、引っ張れ!」
サヒトモが引っ張るも滑車の糸は弛んだ状態。
「何やってるんだよ! 早く引っ張れ!」
その頃、ヨシノは炎の熱を感じ、顔を背け、炎は確実にヨシノに迫った。
「サヒトモ!」
サヒトモはピアノ線をしっかりつかみ無我夢中で引っ張り出した。
滑車にのせてあるピアノ線がピンと張った。
前方の滑車までピアノ線はピンと張った状態になった。
「引っ張れ!」
ヨシノに炎が近づき気をヨシノの意識が遠のいていった時だった。
突然、ヨシノが宙に上がった。
ヨシノが焼かれるのを静寂をもって見守っていた群衆から声が上がった。
「浮いた! ヨシノが浮いた!」
「おおおおおおおお!」
ホノミコは目の前で宙に上がったヨシノをみて驚き、態勢を崩し、高床式の祭祀の上から地面に落ちて死んだ。
ヨシノは宙に舞い、炎から離れ、高床式住居の屋根に設置した滑車に近づいた。サヒトモが一人で引っ張っているので屋根の下で上下しながら宙に舞った。いや、ヨシノも
気絶し腰のところで九の字になっているので宙に舞っているというより、引っ張り上げられているといった方がいいだろう。しかし、この時代の人々には十分だった。
ナオは屋根の後ろ行き、サヒトモに言った。
「サヒトモ! そのまま持ってろ! 手を離すなよ! 手を離せばヨシノが焼け死ぬんだからな!」
サヒトモは必死の形相でピアノ線を持ち続けた。
ナオは屋根から地面に降りて群衆の前に立った。
「皆の者、よく聞け! 神はヨシノに宿った! 神はヨシノと一体になった! ヨシノは今、神と通じてるのだ!」
群衆は自ら跪き、両手を振りかぶって額を地面につけた。
「これぐらい分かりやすいのが丁度いい」ナオは呟いた。
ヨシノを引っ張り宙に浮かせているサヒトモに限界が迫っていた。
「うう!」
するとヨシノが上がったり、下がったり、上下動し始めた。
「よく見ろ! ヨシノは今、神と踊っている!」
「おお!」
群衆は何を言われても驚くことしか出来ない。
サヒトモの腕はプルプル震えている。
「紐が滑る!」
ヨシノは地上に落ちた。
ナオはそれを見て群衆に向かって言った。
「みなヨシノを見るな! 見てはならぬ! 頭を下げろ! さもないと天罰が下るぞ! 決して頭をあげてはならん!」
群衆も長も全ての人が頭を下げた。
ナオは地面に落ちたヨシノのところに行った。ノハナもサヒトモもやってきた。
「ヨシノは!」
「今のうちに家に帰るぞ!」
「みなのもの、頭を下げたまま聞け! ヨシノを謀ろうとする者は神の天罰が下る! いいか、覚えておけ! 神がヨシノに宿っていることを! そのまま頭を下げ続けろ!」
人々は目を瞑り、遮二無二、額を地面に擦りつけた。
サヒトモはヨシノを背負って、小走りに大集落から出て行った。
「ナオ!」
サヒトモはヨシノを背負っているも笑顔でナオを呼んだ。ノハナも笑ってる。
「まぁ、手品でいうなら十点満点中一点の手品だ。いや手品とは言えないが、上出来だ!」
ナオやサヒトモの背で気絶し、気を失っているヨシノの顔を見た。
三人は小走りに家に帰って行った。




