〈5〉ヨシノの覚悟
その夜、皆が眠る中、ヨシノはタケヒトを起こして二人は出て行った。
ヨシノは誰もいないところにタケヒトを連れて来た。
「今日、久しぶりにミカハの笑顔見たわ。いいの」
「そうか」
「いいの? 私知ってるんだからね。兄さんが他の人と結婚しない理由。ミカハのことが好きなんでしょ! 私知ってるんだから」ヨシノはタケヒトの胸を掴み詰め寄った。
「俺にどうしろというんだ!」
「逃げて!」
タケヒトは驚いた。
「逃げて! ミカハを連れて逃げて!」
「そんなこと出来るか! そんなことしたらおとうやおかあ、お前にまで害が及ぶかも知れないんだ!」
「大丈夫。そんなことにはならない。そうはさせないから逃げて! ミカハが神の供物にされることが私、耐えられないの。お願いだから逃げて! ミカハを連れて逃げて!」ヨシノは泣きながらタケヒトに懇願した。
「ヨシノ……」
タケヒトはヨシノを抱きしめた。
「兄さん」
その姿を物陰からナオが聞いていた。
翌朝、大集落は蜂の巣を突いたようになっていた。
ミカハが消えたのだ。ミカハを見張る二人の戦士は負傷し、一人がタケヒトがミカハを連れていったと告げた。
その騒ぎはヨシノのいる集落まで伝わり、ヨシノたち家族は家で沙汰があるまで監禁となった。
「どうなるの?」不安そうにノハナが言った。
「大丈夫」ヨシノが言った。
ヨシノだけは家族の中で落ち着き払っているようにナオには見えた。
「どうして大丈夫と言える」ナオはヨシノに尋ねた。
「何も変わらない。あるべき姿にもどるだけだから」ヨシノはそういうと目を閉じた。
「あるべき姿?」ナオは呟いたがヨシノは目を閉じたまま何も答えなかった。
すると一人の槍をもった戦士が布扉をめくって言った。
「オトシカとその家族の者、外に出ろ」
オトシカたちは家の外に出て正座した。最後にナオが外に正座しようとしたときだった。ナオは槍をもった二人の戦士を従えている明らかに身分の高い装飾をしている男を見て驚いた。
「穂村!」ナオは男に叫んだ。
「なんだ?」
「なんでお前がここにいるんだ!」ナオはそう言いながら真ん中に立つ男に近づいた。
ナオの前に二人の戦士が出て槍をクロスさせてナオを止めた。
「無礼者! ウボロギさまに気やすい口をきくな!」
「ウボロギ? 穂村じゃないのか?」
「お前か、浜辺にいた訳の分からない男というのは」
「さがれ!」
ナオはオトシカに掴まれ下がらされて正座した。
「ホノミコさまと長たちの取り決めを伝える。神の供物であるミカハは逃げたが、次の満月の夜に命結びの儀式は執り行う。神の供物としてミカハの代わりにヨシノに供物になってもらう」
ヨシノの家族は驚いた。ナオも驚いたがヨシノだけは目を閉じ冷静だった。
ウボロギはヨシノに顔を近づけていった。
「逃げるなよ、ヨシノ。お前が逃げたらノハナを生贄にするからな、覚えておけよ」ウボロギはニヤリと微笑んだ。
「逃げたりしません。喜んで神の供物になります」
「いい心がけだ。ヨシノは供物の間に連れて行く。あとで迎えに来る」
ウボロギと二人の戦士は去って行った。
「あの野郎。この時代でもムカつく奴だ」ナオは独り言ちた。
ノハナはヨシノに縋り泣いた。
ナギリもまた声を殺して泣いた。
オトシカもまた目に涙を浮かべていた。
サヒトモはジッと涙をこらえていた。
ナオは見ているのが辛かった。
ヨシノは明るく振る舞った。
「ノハナ、おかあ、そんな泣かないで。これでいいんです。これで。兄はミカハと一緒に逃げてくれたし、ほんとこれで良いんです。私はずっとこれを望んでいたから」
ノハナ、ナギリは一層泣いた。
「どうしてこれでいいんだ? ヨシノは一体、何を望んでいたんだ」ナオがヨシノに聞いた。
「ナオにはわからないと思うけど、私たち一族は神への供物になるために生まれてきたの。そして本当は私が神に捧げられるはずだった。でも、子供の頃、体が弱くて供物になるまで生きられないと言われて、ミカハが代わりに神への供物になったの。でも、私は今もこうして生きている。病弱だった頃の私じゃない。だから私が供物になるのは当然のこと。それに兄はミカハを愛していたから。だから、余計、私の代わりにミカハが供物になることが私は耐えられなかったの」
「だから、タケヒトにミカハを連れて逃げてと言ったんだ」
「どうして知ってるの?」
「枕が違うと中々寝付けないんでね」
「おとう、おかあ、兄を恨まないで。私は二人に幸せになって欲しいの。あるべき姿に戻っただけなんだから。本当にこれでいいの。ずっと前からもう覚悟は決めていたから」
それを聞いた家族は泣いた。ヨシノは優しい笑みを湛え「泣かないで」と皆に声をかけた。
ナオは険しい顔をして立ち上がり外に出ようとした。
「ナオ、どこ行くの」ヨシノがナオに声をかけたがナオは振り返ることなく出て行った。
〈そんなこと聞かされて。いいわけねぇだろ。生贄の家に生まれたから生贄にならなくちゃいけない。そういうの、めちゃくちゃムカつくんだよ〉




