魔王襲来
「参った」
『ははは!楽勝だった!』
ルイソンは力なく頭を垂れる父に対して何も言わなかった。
剣聖が彼女の体を使って話したりしないことを、この時ばかり感謝した。
剣聖の性格を知ったら、多くの人が幻滅しそうだと思いつつ、剣を鞘に戻す。
「父上、もういいでしょうか?」
「ああ」
「姉上、ありがとうございました!」
父は相当ショックだったらしく、脱力したまま。
弟は頭をさげて嬉しそうだ。
『お前の弟は可愛いなあ。弟子にしてもいいくらいだ』
剣聖の脳裏のぼやきをルイソンは完全に無視して、まっすぐ応接間へ歩く。
『……奴が復活した?』
剣聖の言葉とほぼ同時に、玄関の鐘が激しく鳴らされた。
それは騎士団から父への呼び出して、地面に座り込んでいた彼はすぐに立ち上がると玄関へ走る。
「後は頼むな。騎士団に戻る」
険しい表情でルイソンに言い、彼はあわただしく出て行った。
「何かあったのかな?」
『嫌な予感がする。そのまま剣は持っていろ』
剣聖が珍しく抑えた声で忠告し、彼女は剣を持ったまま、弟のいる鍛錬所まで戻る。
そこには素振りをしている弟がいて、安堵した。
「姉上!」
まだ変身したままの彼女に気が付き嬉しそうに、近づいてくる。
そうなれば、少し稽古をつけたほうがいいかと、弟の相手を続ける。
『来るぞ!』
剣聖の声と同時に、空に黒い穴が現れた。
それは徐々に大きくなり、影を一つ落とす。
影は大きくなり、形を成した。
「魔族!」
ルイソンも弟も実際の魔族を見たことがない。
けれども絵本などの挿絵から魔族の姿を想像することはできる。
浅黒い肌、身長は父よりも高く、屈強な体をしていた。
長い黒髪、牙が口から生え、頭のてっぺんには二本の角が生えていた。
背中にはカラスのような翼がある。
『魔王だ。なぜ、こんなところに?』
「魔王?」
「貴様は誰だ。あの男と同じ匂いがする。その剣はあの男のものだ」
魔王の声は低く、耳に重低音が響く。
ルイソンは弟を庇うようにその前に立ち、鞘から剣を抜く。
「私は剣聖クレマンの曾孫だ」
「曾孫か。血縁者か。そうか人の寿命だとそのようなものか。なら用はない。あの男がいれば一戦交えようとしたものを。暇だ。また世界を壊すか」
『待て!ルイソン。止めるのだ。お前は私の力が使える。私自身のようなものだ。魔王と戦え』
「は?」
『お前が戦わぬば、世界は再び荒れるぞ』
突然剣聖から魔王と戦えと言われ、ルイソンは動揺する。
魔王といえば、百年前、世界征服を目論んだ存在で、勇者たちがやっとの思いで倒した相手だ。
最強のパーティが組まれたと伝えられている。
そんな存在と戦えと言われて、すぐにできるわけがない。
『ルイソン!』
「わかりましたよ!フィルミン。下がってなさい」
弟に命じてから、彼女は走り出す。
穴に消えかけた魔王に向かって。
「待て、魔王!私は剣聖クレマンの力を使える。私があなたの相手をしましょう!」
「それは本当か?」
魔王は穴から再び姿を現した。
そうして、二人は戦いを始めた。
「つまらぬ。確かに貴様はあの男の剣技を使える。が、すべてが足りない!」
『ほら、鍛錬をしないから、全力が出せないでいる!このままではまずいぞ!』
ルイソンは防御に精一杯で攻撃に移ることができなかった。
剣聖は焦った声を上げる。
脳裏の彼の言葉は、ルイソンを苛立たせる。
(魔王と戦うなんて思わなかったから!)
それはそうだろう。
百年前、確かに魔王は滅びたはずなのだから。
「おしまいだ。つまらぬ。やはり世界は壊してしまおう。今度はわしを止める者はいないだろう」
『待ってくれ!』
「待って!」
『ルイソン、時間をもらうのだ。鍛えて再び魔王と戦え。そうすれば必ず勝てる』
「なんだ?」
「提案があります。今日から私は鍛えます。そうすれば三か月後にはあなたを倒せる存在になるでしょう。剣聖を超えて見せます」
はったりだった。
しかし、今言わないと魔王が世界を滅ぼしてしまうだろう。
父たち騎士団が奮闘するだろうと想像はできる。
しかし、魔王は剣聖と戦いたがっている。
そうなれば、自分が剣聖と同じくらい強くなって、魔王を倒せば問題は解決する。
また魔王は単に剣聖と戦いだけにも思えたのだ。
「いいだろう。待ってやろう。その代わり人質はもらっていく」
「姉上!」
いつの間に魔王の手下が穴から出て来たらしく、緑色の小型な魔物が弟を抱えていた。
「丁重に扱うと約束しよう。三か月後にまた来る。その時までに強くなっておれ。あの男よりもな。そうしなければ、まずこの子を殺す。それから世界を壊す」
「弟はやめて!」
「フィルミン!」
騒ぎを聞きつけてから、母が鍛錬所に来ていた。
「母親か。一緒がいいかもな。一緒につれていくぞ」
「母上!」
もう一人の緑色の小型な魔物が母を捕まえた。
「それでは、約束だぞ」
「卑怯だ!」
ルイソンが声をあげるが、魔王は聞こえてないのか無視をしたのか、母と弟を連れた緑色の魔物と一緒に、空に現れた穴の中に消えていった。
「なんてこと」
剣聖は何も話さなかった。
彼女は母と弟が連れ去られたショックで、その場に座り込む。
剣は彼女の手からこぼれ落ち、変身が解けた。
娘の姿に戻ったルイソンは両手で顔を覆い、これからどうしようかと途方に暮れていた。




