第6話 委員会の決定
優愛は食い入るように画面を見つめた。そこに映るタケルは、南の強い日差しをたっぷり吸い込んだ浅黒い肌と、厚い胸板を持っていた。北半球に溢れている、完璧にデザインされたARアイドルたちとは全く違う。少し無造作な髪も、戸惑ったように笑う精悍な顔つきも、すべてがワイルドで、息を呑むほどにかっこよかった。
「これが……あの文通をしていた、タケルさんの姿……」
初めて見る彼の容姿に、優愛は胸の奥がギュッと締め付けられるのを感じた。手紙の文字から想像していたよりも、ずっと大きくて、ずっと男らしい。トクン、トクンと、自分の心臓の音がうるさいくらいに鳴り響き、顔がカッと熱くなる。
しかし、そのトキメキはすぐに不安と焦燥へと変わった。
映像の中で、タケルは無数の北半球の女子生徒たちに取り囲まれ、もみくちゃにされていた。女の子たちが次々と彼に触れ、熱狂し、悲鳴を上げている。
さらに、番組のコメンテーターたちは興奮気味に語り続けていた。
『人口約十六億人を誇る北半球の女性たちにとって、これはまさに奇跡です! 彼の特異な遺伝子を徹底的に調べ上げれば、壁の謎が解けるかもしれません!』
「調べ上げるって……まるでモルモットみたいに……」
優愛は、大切に胸に抱いていたタケルからの手紙を、ギュッと強く握りしめた。
彼が北半球に来るかもしれない。それは、直接彼に会えるかもしれないという夢のような出来事だ。しかし同時に、私だけの手紙の相手だった彼が、世界中の十六億人の女性たちの標的になってしまうという恐ろしい現実でもあった。
「タケルさん……無事でいて……」
優愛は、画面の中で困惑して笑うタケルの姿に、ただ祈ることしかできなかった。
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世界の運命は、赤道直上に建てられた巨大な施設の中で決定づけられようとしていた。
北南調整調和委員会。五十年間、両半球間の代表者が集まって会議を開き、世界のルールを取り決めてきた最高機関である。
円形の巨大な会議室の北側には、洗練されたスーツに身を包んだ北半球の女性委員たちがズラリと並んでいた。彼女たちは、北の資源や出産計画を管理する少数の技術エリート、テクノクラートたちだ。対して南側には、作業着や無骨なジャケットを着た南半球の男性委員たちが座っている。
人口数で北の委員が多く出席しており、ほぼ、北の決めたことを南は受け入れるだけという力関係が、この議場には横たわっていた。
「状況は明白です」
北側の筆頭委員である初老の女性が、冷徹な声で宣言した。
「対象の少年、御手宮タケルは、五十年ぶりにゼロ・シェルを物理的にすり抜けるというあり得ない現象を引き起こしました。彼を直ちに研究機器がそろった北半球へ招き、研究対象として我々の最高レベルで保護することを提案します。いえ、これは人類の未来のための『決定』です」
「待っていただきたい!」
南側の代表を務める中年男性が、机を強く叩いて立ち上がった。
「彼は南の市民であり、まだ十七歳のただの高校生だ! いくら人類のためとはいえ、無理やり北へ連行して実験動物のように扱う権利は我々にはないはずだ! 彼の意思と安全はどうなる!」
南半球の委員たちからも、同意の野次が飛ぶ。しかし、北側の委員たちは眉一つ動かさなかった。
「感情論は無用です。我々北半球の人口は十六億人。対して南は一億人。我々が提供する高度な医薬品とインフラ管理がなければ、南の開拓と生活は成り立ちません」
北の委員の静かな、しかし圧倒的な圧力を持った言葉に、南の代表は奥歯を強く噛み締めた。
北は高度で清潔な計画経済であり、巨大なAIや少数の技術エリートが南との無人貿易のレートを決定している。もし北が医薬品の輸出を止めれば、南半球の社会は瞬く間に崩壊してしまうのだ。
「……彼を解剖したり、非人道的な扱いをしないと約束できるか」
絞り出すような南の代表の言葉に、北の委員はわずかに口角を上げた。
「もちろんです。彼は我々にとって、希望そのものですから。最高級の待遇と特権を約束しましょう」
こうして、南のささやかな反論は巨大なシステムに飲み込まれた。
御手宮タケルを北半球へ移送し、特別保護する。
その決定は即座に全世界へと通達され、男女比一対十六億という圧倒的に歪な世界に、さらなる狂騒の火種を投げ込むことになったのである。




