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男女比『1:16億』の北半球 ~50年ぶりの生身の男に、世界中が大パニック&大熱狂!~  作者: 団田図


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第49話 壁の開放

 五十年間、決して交わることのなかった二つの世界が、今まさに一つになろうとしていた。


 赤道直下に設けられた特設ゲート前。あの修学旅行でタケルが訪れた、見えない壁『ゼロ・シェル』を挟んで北と南が対峙する場所である。

 壁の向こう側には、むさ苦しくも活気に満ちた南の男たちが地平線の彼方までひしめき合い、こちら側の北半球には、シワ一つない洗練された服に身を包んだ数え切れないほどの女性たちが集まっていた。


 北半球の政府、すなわちテクノクラートたちが用意した特設ブースでは、晴れ着のような華やかな衣装を着た女性職員たちが、小さなカプセル錠剤を配布していた。

 タケルのパッチワーク細胞から抽出された抗体をベースに、霧島きりしま理沙りさのチームが完成させた「ゼロ・シェル無効化新薬」である。

 これを一粒飲み込めば、たった一分で体内の細胞が壁の電磁波を中和し、あの絶対的な致死システムを無効化して安全にすり抜けられるようになるという、まさに人類の歴史を変える魔法の薬だ。


 そして、この歴史的瞬間にさらなる華を添えるべく、特設ステージではトップアイドル・星波ほしなみキララの『壁開放記念特別ライブ』が開催されていた。


「北のみんなー! そして南の野郎どもー! 今日から私たちは、また一つの世界を生きるのよっ!」

 爆音のイントロと共に、ライブ衣装のキララがステージを縦横無尽に駆け回る。遠くからでも目を引く華やかなオーラと情熱的なパフォーマンス。それに呼応するように、南の男たちの地鳴りのような野太いコールと、北の女性たちの黄色い歓声が、目に見えない壁を越えて初めて空中で混ざり合った。人類史上どんな大きなイベントも凌駕する、地球規模の熱狂の渦だ。


「さあ、みんな! 錠剤を飲んで、カウントダウンよ!」

 キララの合図と共に、最前列にいた優愛ゆあも、手渡された錠剤を飲み込んだ。

「タケル君、私……手が震えて……」

「大丈夫だ。俺が最初に壁を抜けた時みたいに、壁に手を当てて待っててみろ」


 タケルの言葉に促され、優愛はそっと、何もない空間――見えない壁に手のひらを押し当てた。そしてその手をタケルの手で覆いかぶせる。

 周囲の群衆もそれに倣う。北の女性と南の男性が、壁越しに手のひらを合わせ、まるでハイタッチをするようにして、その時を待つ。


「スリー! ツー! ワン……ゼロ!!」

 一分が経過したその瞬間。

 硬い鋼鉄のようだった壁の感触が、ふっと陽炎のように溶け消えた。


「あ……っ!」

 優愛の手が、そのままスッと前に進み、南半球に到達した。

「すり抜けた……タケル君、壁が、なくなりました……っ!」

「ああ。もう、誰も弾き返されない」


 周囲では、ハイタッチの姿勢からそのままお互いの手に触れ合った男女が、驚きと歓喜の悲鳴を上げていた。五十年間、決して触れ合うことのなかった異性の体温。北の甘い石鹸の香りと南のオスの熱気が、ついに物理的に混ざり合い、抱き合って喜びを分かち合う姿がそこかしこで溢れ出した。


 +++


 狂乱のお祭り騒ぎが広がる中、タケルたちの元へ、南側からゆっくりと歩いてくる二つの影があった。

 作業着姿の屈強な男、父の英明ひであきと、深くシワが刻まれた歴戦の男、祖父の隼人はやとだ。錠剤を飲み、自らの足で赤道を越えて、北半球の地を踏みしめている。


「親父! じいちゃん!」

 タケルが声を上げると、英明は目を丸くして、目の前に立つタケルと、その後ろにいる玲子れいこ、そして芽衣めいの姿を交互に見つめた。

「……本当に、ホログラムじゃないんだな」

 英明がしどろもどろになりながら震える手を伸ばすと、玲子がその胸に弾かれたように飛び込んだ。

「あなた……っ、英明さん……っ!」

「れ、玲子……。ああ、すまない、俺、汗臭いだろ……」

「ううん、これが……これが英明さんの匂い……ずっと、ずっと嗅ぎたかった、本物の匂いよ……っ」

 玲子は英明の分厚い胸板に顔を埋め、大人の女性の余裕をかなぐり捨てて、子供のように声を上げて泣き崩れた。

「お父さん! 私だって、ずっと会いたかったんだから!」

 芽衣も英明の腰に抱きつき、「お父さん、すっごく硬い! それにやっぱりちょっと油臭い!」と憎まれ口を叩きながらも、その愛らしい顔は涙でぐしゃぐしゃだった。


 その傍らで、もう一つの、五十年越しの再会が果たされようとしていた。

 事変前の世界を知る歴史の語り部、祖父の隼人と、背筋が凛と伸びた美しい白髪の老婦人、祖母の詩乃しのだ。

 二人は、周囲の喧騒が嘘のように静まり返った空気の中で、ただじっと見つめ合っていた。

「……詩乃。随分と、待たせちまったな」

「隼人さん。長い長い出張、お疲れさまでございました」

 二人はゆっくりと手を伸ばした。

 五十年間、ARの光の粒子越しで、決して触れ合うことのなかった両手。それが今、空中で重なり合い、確かな質量と熱を持って、強く、強く握りしめられた。

「……温かい。あなたの手、昔のままね」

「ああ。お前の手も、俺が覚えていた通りの柔らかさだ」

 言葉よりも多く、二人の目から静かに涙が伝い落ちた。

 五十年という気の遠くなるような時間を、ただ画面越しに愛を育み、信じ待ち続けた夫婦。互いの体温を確かめ合うその神々しいまでの姿に、タケルは胸の奥が熱くなり、たまらず目頭を拭った。

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