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男女比『1:16億』の北半球 ~50年ぶりの生身の男に、世界中が大パニック&大熱狂!~  作者: 団田図


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第47話 別れの予感

 霧島きりしま理沙りさの率いる研究チームによって、タケルの抗体をベースにした「ゼロ・シェル無効化新薬」の量産体制準備に入ったというニュースは、瞬く間に全世界中を駆け巡っていた。

 事変から五十年間、決して越えることのできなかった絶対的な壁。それが、一人の南半球の少年の細胞によって打ち破られようとしている。世界中が人類の新たな夜明けに熱狂し、連日のようにお祭り騒ぎが続いている。


 しかし、その熱狂とは裏腹に、タケルの周囲にいる少女たちの心には、ある一つの冷たく重い感情が急速に広がっていた。

「新薬が完成すれば、タケルが日本にいる理由がなくなる。そうしたら、彼はどこかへ行ってしまうのではないか」という、強烈な焦燥感と喪失の予感である。

 壁がなくなれば、タケルはもう北半球に留まる理由がない。彼の故郷は、父親の英明ひであきや祖父の隼人はやとが待つ、あの活気に満ちた南半球なのだから。彼が南へ帰ってしまえば、ようやく触れ合うことができたこの温もりは、再び手の届かないものになってしまう。

 その恐怖が、彼女たちの心を否応なしに突き動かしていた。


 +++


「タケル君、これで予定していたすべての事後検査とデータ採取は終了よ。ご苦労様」

 特級遺伝子および抗体研究のチーフディレクターである霧島理沙は、スタイリッシュな最先端の白衣を翻し、いつものように知的なメガネの奥で目を光らせた。

 白銀に輝く無菌室。最後のスキャンを終え、支給されたバイオ繊維の服を着た御手宮おてみやタケルは、ホッと息を吐いた。

「長かったですね。これでようやく、俺の身体が世界を繋ぐ役に立つんですね」

「ええ。あなたのパッチワーク細胞から抽出した抗体データは完璧だわ。あとは量産体制に入るだけよ」

 理沙は手元のタブレットを置き、ふうっと小さく息をついた。

 いつもなら、ここで「さあ、追加の触診よ!」と理沙が変態的な探求心を爆発させて迫ってくるのがお約束だった。しかし今日の彼女は、どこか様子がおかしかった。

 理沙はゆっくりとタケルに歩み寄ると、白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、少し寂しそうに微笑んだ。


「……これで、私の『担当医』としての役目はおしまいね。タケル君は、いつでも南半球に帰れるようになるわ」

「理沙さん……」

「でもね」

 理沙はタケルの目の前で立ち止まり、不意にその分厚い大胸筋に、白くて華奢な手をそっと押し当てた。

「医者としての私は、人類を救う特級遺伝子の提供者であるあなたに感謝しているわ。でも……一人の女としての私は、あなたがこのまま南へ帰ってしまうことを、どうしても受け入れられないの」

 理沙の瞳が、潤みを帯びてタケルを見上げる。天才的な頭脳を持ちながらも少し抜けている彼女だが、今は大人の女性としての艶やかな色気と、隠しきれない情熱が溢れ出していた。

「最初はただの珍しい検体だった。あなたの筋肉も、体温も、オスの反応も、すべてが新鮮で夢中になったわ。でも、いつの間にか……データなんかじゃなく、タケル君という一人の男の子そのものが、私の中で一番大切な存在になっていたの」

「理沙さん……俺……」

「世界がどうなろうと、あなたがどこへ行こうと構わない。私は、あなたが好きよ。……行かないで、タケル君」

 理沙は背伸びをして、タケルの頬にそっと、触れるだけの優しいキスを落とした。それは、テクノクラートとしての地位もプライドもすべて投げ打った、一人の女性としての切実な告白だった。


 +++


 研究所からの帰り道。タケルが夕暮れの並木道を歩いていると、突然、物陰から誰かに腕を強く引かれた。

「わっ!?」

 引き込まれた先には、深く帽子を被り、サングラスをかけた少女が立っていた。

「しーっ! 声を出さないで、タケル君」

 サングラスを外したその顔を見て、タケルは目を丸くした。遠くからでも目を引く華やかなオーラと、カリスマ性に満ちた魅惑的なルックス。トップアイドルの、星波ほしなみキララだった。

「キララ!? なんでこんなところに……ライブはどうしたんだよ」

「抜け出してきたの。どうしても、今すぐタケル君に会いたくて」

 キララは自分の欲求に素直で情熱的な性格そのままに、タケルの腕にギュッと抱きついた。彼女から漂う甘い香水の匂いが、タケルの鼻腔をくすぐる。

「ニュース、見たよ。新薬が完成するんだね。タケル君、本当に世界の救世主になっちゃった」

 キララは嬉しそうに笑うが、その笑顔の奥には焦りの色が濃く滲んでいた。


「壁がなくなったら、タケル君は自由になる。南に帰っちゃうかもしれないし、世界中のどこへだって行けるようになる。私だけのファンでいてなんて、もう言えない」

 キララはタケルの腕を強く握りしめ、真っ直ぐな瞳で彼を見上げた。アリーナで唯一の生身の男であるタケルに一目惚れしたあの日から、彼女の想いは一日たりとも冷めることはなかった。

「タケル君が遠くに行っちゃう前に、ちゃんと伝えておきたかったの。……私、世界中のどんなファンより、タケル君一人の『一番』になりたい。世界がどうなろうと、私はあなたが好き。だから……私を置いていかないで」

 情熱的で、少し強引なトップアイドルからの、すべてを懸けた告白。タケルは彼女の震える手から伝わる本気の想いに、言葉を失い、ただその熱を受け止めることしかできなかった。

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