第45話 密室の熱気
「あ……っ、タケル君の背中……すっごく広くて、硬い……っ」
タケルの背後に回った女子生徒が、熱に浮かされたような声を漏らした。
南半球の過酷な環境で育ち、先ほどまで中庭を全速力で走ったタケルの身体からは、北半球の無菌室では絶対に嗅ぐことのできない、燃えるようなオスの熱量と、少し汗ばんだ野性的なフェロモンの匂いがむせ返るように発散されていた。
「ちょっと! あんたたち、何どさくさに紛れてお兄ちゃんに擦り寄ってんのよ!」
タケルの正面、大胸筋の間にすっぽりと収まっていた芽衣が、暗闇の中で牙を剥いた。
「離れなさいよ! お兄ちゃんに触っていいのは家族の私だけなんだから!」
いつもなら、その「家族特権」という印籠の前に引き下がっていたクラスメイトたち。しかし、極限状態という吊り橋効果と、ゼロ距離で浴びるオスのフェロモンによって理性を完全に吹き飛ばされた彼女たちは、もはや止まらなかった。
「なによ! 今は緊急避難中でしょ! 狭いんだから仕方ないじゃない!」
「そうよそうよ! 芽衣ちゃんこそ、毎日タケル君を独り占めしてズルいのよ!」
「きゃっ! タケル君、外にテロリストがいて怖いですぅっ!」
言葉とは裏腹に、女子生徒たちは恐怖を口実に、我先にとタケルに向かってにじり寄り、その柔らかな身体をタケルの太い腕や脇腹、背中へとこれでもかと押し付けてきた。
「い、いや! お前ら、押すな! くっつくな!」
尻もちをついたタケルは冷や汗を流しながら悲鳴を上げた。
右手にはふくよかな胸の感触、背中には誰かの太ももが当たり、正面では芽衣が「私のお兄ちゃんなのにぃっ!」と半泣きになりながらタケルの首に抱きついている。むせ返るようなフローラルな香りと、発情しきった少女たちの熱い吐息が、備品室の酸素を猛烈な勢いで奪っていく。
テロリストの襲撃という命の危機にあるはずなのに、備品室の中は、日頃の鬱憤を晴らすかのように生身の男を奪い合う、地獄のような大ハーレムの争奪戦と化していたのである。
「お願い、タケル君……私にも、その熱い筋肉を触らせて……っ♡」
「だめっ! お兄ちゃんは私のだもん!」
「おい! マジで静かにしろ! 外に聞こえるだろ!」
タケルが声を潜めて怒鳴った、まさにその時だった。
ドガンッ!!
備品室の重い鉄のドアが、外から強力なレーザーカッターで焼き切られ、蹴り破られた。
「ひぃっ!?」
女子生徒たちが一斉に悲鳴を上げ、タケルの背後に縮み上がる。
土足で踏み込んできたのは、防弾スーツの上に聖殻真理教団の純白のローブを羽織った、数人の武装した女たちだった。
先頭に立つのは、冷酷な目つきをした二十代後半の過激派リーダーの女だ。彼女の手には、物騒なスタンガンと捕縛用のネットガンが握られている。
「見つけたぞ。神の領域を侵す、忌まわしき悪魔め……っ!」
リーダーの女が、タケルに向かって憎悪の眼差しを向けた。
「お前のような薄汚い南のオスが存在するから、世界の美しい秩序が乱れるのだ。壁の破壊などという冒涜、我々が絶対に阻止してみせる!」
「お兄ちゃん……っ!」
芽衣が恐怖で震え、タケルの背中をギュッと掴む。クラスメイトたちも、先ほどまでの発情状態から一転、本物の殺意を前にして顔を真っ青にしてすくみ上がった。
南半球の泥臭い環境で育ってきたとはいえ、タケルも銃火器を持ったテロリストを相手にするのは初めてだ。額から嫌な汗が流れ落ちる。
しかし、背中で震える妹と、怯える女の子たちの体温を感じた瞬間。
タケルの中にある「南のオス」としての本能と、決して譲れない覚悟が、恐怖を完全に上回った。
「……悪魔でもなんでもいい」
タケルは低く唸るような声で呟き、芽衣たちを庇うようにして、一歩前に進み出た。
「俺が、絶対にお前らを守る。指一本、こいつらには触れさせない」
百八十センチのタフな肉体から放たれる、圧倒的なプレッシャー。
その頼もしすぎる背中と、男の誓いの言葉に、背後にいる女子生徒たちは恐怖を忘れ、「タケル君……っ!」と涙を浮かべて胸をときめかせた。
「ほざけ! 悪魔の分際で!」
リーダーの女がネットガンの引き金に指をかけた瞬間。
タケルの身体が、豹のように弾けた。南半球の過酷な肉体労働で鍛え上げられた反射神経と脚力。




