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男女比『1:16億』の北半球 ~50年ぶりの生身の男に、世界中が大パニック&大熱狂!~  作者: 団田図


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第36話 陽動作戦

「あーもうっ! なんでこんな日に限って、期末テストがあるのよぉっ!」

 高度に自動化された北半球のマンションの一室。御手宮おてみや芽衣めいは、机に広げたタブレット端末を前に、ペンをギリギリと噛み締めながら絶叫していた。

 今日は兄である御手宮タケルが、あの文通相手の葉寺はでら優愛ゆあと二人きりでデートに出かける日だ。絶対に尾行して邪魔してやるつもりだったのに、どうしても外せない学校の進級テストが重なってしまい、泣く泣く自宅で留守番を強いられていたのである。

「優愛さん……お兄ちゃんに少しでも変なことしたら、絶対に許さないんだからね……っ!」

 ブラコン気質全開の芽衣の怨念めいた声が、静かな部屋に虚しく響き渡っていた。


 +++


 足早に家を出たタケルと優愛は、北半球の華やかな市街地の一角に身を潜めていた。

「ごめん、優愛。今日だけは絶対に二人きりになりたかったんだけど……やっぱり警護が厳重だな」

 タケルが壁の裏からそっと覗き込むと、十メートルほど離れた場所で、政府から派遣された二人の女性警護官が目を光らせている。彼女たちはタケルを一歩でも外に出せば、常に影のように張り付いてくるのだ。

「タケルさん……私、少しでもタケルさんと並んで歩けるなら、それで……」

 優愛が控えめに微笑むが、その透明な瞳の奥には、せっかくのデートを邪魔されたくないという切実な想いが滲んでいた。


「よし、ちょっと待っててくれ。南半球仕込みの陽動作戦を見せてやる」

 タケルは背負っていたバッグから、自作の小型無人輸送機、ドローンを取り出した。そして、自分が昨日着ていた、南のオスの汗と匂いがたっぷり染み込んだ上着をドローンに巻き付けた。

「頼むぞ、相棒」

 タケルが端末を操作すると、ドローンは猛スピードで上空へ飛び立ち、警護官たちの頭上をかすめて反対方向へと飛んでいった。

「あっ! タケル様の魅惑的なオスの残り香が、あちらから!」

「大変! タケル様の御身に何かあったのね。追跡よ!」

 匂いに釣られた警護官たちは、完全に冷静さを失い、ドローンを追って猛ダッシュで走り去っていった。

「今のうちだ、行こう!」

 タケルは帽子とサングラス、マスクで顔を隠し、優愛の手を引いて全速力で駆け出した。


 +++


 二人が向かったのは、北半球の女性たちの間で大流行しているすれ違いロマンス小説『ウォール・ロマンス』の舞台(見えない壁を模したガラスの壁)となった、「恋人たちの聖地」だった。

 美しく整備された並木道には、最新鋭のVRアトラクションや、完璧に味覚を再現する高級培養食レストランなど、テクノロジーの粋を集めた施設が立ち並んでいる。


 すれ違う客のほとんどは、女性同士で腕を組んで歩くカップルばかりだった。

 五十年間、男が存在しなかったこの世界において、彼女たちは「日常の安らぎ」として同性同士で生活パートナーとなることを選んだ人たちだ。

「男なんて、種の保存のためにデータで精子を選ぶだけの存在よ」

「そうね。私たちの方が、精神的な絆が深くて高尚だわ」

 彼女たちはそんな会話を交わしながら、優雅に微笑み合っていた。変装して歩く長身のタケルと優愛が通りかかっても、最初は見向きもしない。


 しかし、タケルが優愛をかばうように車道側へ回った、その瞬間だった。

 フワリと、北半球の無菌室のような空気を切り裂いて、タケルの分厚い胸板から放たれる熱気と、微かに漂う野性的なオスのフェロモンが風に乗って広がった。

 ピクリ、と。

 すれ違った女性カップルたちの動きが、完全に停止した。


「えっ……なに、今の熱……っ」

「嘘……胸の奥が、熱くてうずく……っ♡」

 彼女たちの無意識下にある「女」としての本能が、南のオスの圧倒的な生命力によって直接殴りつけられたのだ。高尚な精神的絆など一瞬で吹き飛び、女性カップルたちは次々と顔を真っ赤にして腰を抜かし、その場にへたり込んで悶絶し始めた。

「あぁっ……さっきの背の高い人、もっと匂いを……っ♡」

「だめ、足に力が入らないわぁ……っ」


 タケルの歩いた後ろには、フェロモンに抗えずに倒れ伏す女性たちの道ができあがっていた。

 しかし、無頓着なタケルは、背後の惨状に気づくも、「なんだか今日は転ぶ人が多いな。優愛も気をつけてな」と呑気に笑いながら先へと進んでいった。

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