第32話 女性警護官
ドガンッ!!
鼓膜を破るような轟音と共に、バンの後部ドアが外側から開け放たれた。
「な、何よあんた!」
ドアの向こうに立っていたのは、政府支給のスタイリッシュな防弾スーツに身を包んだ、切れ長の目を持つうら若き女性だった。間一髪で常に遠くから見守っていたという女性警護官が、救出に駆けつけたのである。
彼女は手にした特殊警棒をシャキッと振り出し、冷徹な声で言い放つ。
「そこまでです、薄汚い泥棒猫ども。国家の至宝であり、私が推して……いえ、私が命に代えても守り抜くべき対象から、今すぐ汚い手を離しなさい」
「ふざけないで! 私たちはただ、五十年間誰も味わえなかった極上の生身の遺伝子が欲しいだけよ!」
「戯言を! 私だって、本当は毎日遠くから双眼鏡でタケル様の筋肉を眺めるだけじゃ我慢できないのを必死に耐えて任務に就いているのに! あんたたちみたいな犯罪者に抜け駆けなんて絶対に許さないわ!」
警護官がバンの中に飛び込み、狭い車内で女同士の壮絶なキャットファイトが勃発する。
警護官は高度な格闘術で次々と関節を極めようとするが、女怪盗も負けじと髪を掴み合い、服を引っ張り合う泥仕合に発展していく。
「ひえっ……」
痺れで身体が動かないタケルは、自分の貞操と遺伝子を巡って、大人の女たちが「私の方がタケル様にふさわしい!」「いいえ、私の遺伝子の方が!」と叫びながら本気で殴り合う修羅場を、ただただ怯えながら見つめることしかできなかった。リアルな女性との関わりに全く免疫がない彼にとって、剥き出しの欲望がぶつかり合う光景は刺激が強すぎた。
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数分後。
増援の警備ドローンが到着し、女怪盗集団は全員拘束され、警察車両へと連行されていった。
「ふぅ……タケル様、お怪我はありませんか?」
乱れたスーツの襟を正しながら、警護官がタケルの麻痺を解く中和スプレーを吹きかける。
「あ、ああ……助かりました。本当に死ぬかと思った……」
タケルがふらつきながら立ち上がると、警護官はスッと姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。対象のプライバシーを尊重し、遠方からの監視に留めていた私の落ち度です。しかし、今回の件でブラックマーケットの脅威が明白になりました」
警護官は真剣な眼差しでタケルを見つめ、今後の警護体制について有無を言わさぬトーンで宣言した。
「今後はこのような事態を防ぐため、私を含めた十人の精鋭チームで、二十四時間体制の警護にあたります。外に出られる際は、常に二人の警護官がタケル様の数メートル以内に張り付いてお守りいたします」
「に、二十四時間!? 常に二人!?」
タケルは顔を引きつらせた。ただでさえ息苦しい北半球の生活が、さらに監視だらけになるのだ。
「も、もしかして、家の中まで……!?」
「ご安心ください。ご家族とのプライベートな空間であるご自宅の中までは入りません。ですが、一歩でも外に出れば、私たちが影のように付き従います。もう、早朝のジョギングもお一人ではさせませんからね」
「そんな……俺の自由が……」
これからはトイレと風呂以外は常に女性に見張られることになったタケルは、天を仰いで絶望した。
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その日の午後。
命からがら自宅のマンションへと帰り着いたタケルを待っていたのは、安らぎではなく、さらなる修羅場だった。
「お兄ちゃん! 怪我はない!? 変な女にどこか触られなかった!?」
「タケルさん……っ、無事でよかったです。本当に、本当に心配しました……っ」
玄関のドアを開けるなり、妹の御手宮芽衣と、駆けつけていた葉寺優愛が、涙目でタケルに飛びついてきた。
「大丈夫だよ、警護官の人が助けてくれたから……」
タケルが二人の頭を撫でて安心させようとしたが、続くタケルの言葉で、二人の表情が一変した。
「ただ、これからは外に出る時、常に二人が交代でベッタリ張り付くことになっちゃってさ。家の中には入らないらしいけど……」
ピタリ、と。
芽衣と優愛の動きが止まった。
「……つまり、お兄ちゃんが一歩でも外に出たら、常にあのスタイルのいい大人の女の人たちが、お兄ちゃんのすぐそばにいるってこと?」
芽衣の低い声が響く。
「……外では、私たちはタケルさんのそばにいられないのに。その警護官さんたちは、タケルさんの匂いも、筋肉も、一番近くで独り占めできるんですね……?」
純粋で一途な想いを秘めつつも、独り占めしたいという情熱的な独占欲を持つ優愛の瞳に、静かだが激しいヤキモチの炎がボワッと燃え上がった。
「いや、独り占めってわけじゃなくて、ただのお仕事で……」
タケルが後ずさりすると、二人は顔を見合わせ、そしてかつてないほどの結束力でタケルを両側から挟み込んだ。
「許せない! 外で泥棒猫や警護官に囲まれてる分、家の中では私がたっぷりお兄ちゃんを監視してあげるんだから!」
リアルな兄を前にしてブラコン気質を爆発させる芽衣が、タケルの左腕に全体重をかけてしがみつく。
「デート中は私がタケルさんを守れるようトレーニングするわ。タケルさん……もう絶対に、私から離れないでくださいね」
優愛もタケルの右腕に腕を絡ませ、その柔らかな胸元を押し付けんばかりに密着してくる。
右からは重い愛情とヤキモチを爆発させる清楚な少女。左からはブラコン全開で独占欲をむき出しにする妹。
「ち、近い近い! 二人とも、くっつきすぎだってば!」
外では誘拐犯や警護官に狙われ、家の中では二人の少女に完全に包囲される。
五十年間男が途絶えていた北半球で、唯一の生身の男であるタケルの休まる日は、どうやら永遠にやってこないようだった。




