第22話 遊園地貸切
「じゃあ、母さんが教えてくれたテーマパークに行ってみようか」
タケルは再び帽子とサングラス、マスクの重装備を身につけ、優愛と並んで丘を下り始めた。
繁華街へ向かう道を歩きながら、優愛は隣を歩くタケルをこっそりと観察していた。彼は何も言わずに、車道側(ドローンの配達ルートや自動車両が通る側)を歩いてくれている。南半球の環境で育ったタケルにとっての無意識の行動だが、すべてをシステムが守ってくれる北の社会で生きる優愛にとって、その『生身の男の不器用な気遣い』は、どうしようもなく胸をときめかせるものだった。
そんな時だった。
二人の数メートル先で、店舗のディスプレイ用の重い荷物を大量に運んでいた女性店員が、バランスを崩して派手に転倒したのだ。
「きゃっ!」
積み上げられていた硬い箱の山が、女性の上に崩れ落ちていく。
周囲の人間は「清掃ドローンを呼ばなきゃ」と立ち止まるだけだったが、南の過酷な労働環境で育ち、反射神経の塊であるタケルは違った。
「危ないっ!」
タケルは変装していることも忘れ、猛ダッシュで飛び出した。
崩れ落ちてくる箱の山を、隆起した筋肉が浮き出る太い腕でガッチリと受け止め、もう片方の手で倒れ込んだ女性の肩を支えて引き起こしたのだ。
「大丈夫ですか? 怪我はないですか」
重い荷物を片手で軽々と支える圧倒的な腕力。そして、咄嗟に飛び出していく野性的なまでの優しさと男らしさ。
その一部始終を見ていた優愛は、トクン、と心臓が大きく跳ねるのを感じた。手紙の文字以上に、現実のタケルは優しくて、そして限りなく雄々しい。優愛の彼への想いが、さらに深く、決定的なものへと変わった瞬間だった。
しかし、そのタケルの行動が、最悪の事態を引き起こす。
助け起こされた女性が、タケルの分厚い胸板と、変装の隙間から見える日焼けした肌、そして至近距離で香るオスの匂いに気づいてしまったのだ。
「あ、あなた……その筋肉、まさか……っ!」
女性がタケルのサングラスを指差し、空気を切り裂くような悲鳴を上げた。
「リアルガイよ!! 御手宮タケル様がここにいるわ!!」
その一言で、平和だった繁華街の空気が一変した。
周囲を歩いていた数百人の女性たちが、一斉に血走った目でタケルを振り返ったのだ。
「嘘!? タケル君!? 本物!?」
「ああああっ! タケル君こっち向いて! 私の遺伝子と交わってぇぇぇ!」
「タ、タケルくぅぅぅん!!」
四方八方から、発情したゾンビの群れのように女性たちが殺到してくる。
「マズいっ! 走るぞ、優愛!」
タケルは咄嗟に優愛の小さな手をガシッと握り締め、全速力で駆け出した。
突然手を引かれた優愛は驚愕したが、彼の手の力強い温もりに、恐怖よりも強烈な喜びを感じていた。
怒号のような黄色い歓声を背後に浴びながら、二人は繁華街を抜け、目的地の巨大テーマパークの入口へと逃げ込んだ。
しかし、休日のテーマパークのゲート前は、入場を待つ女性客で黒山の人だかりになっていた。
「ダメだ、ここも人が多すぎる……っ!」
背後からは追っ手の女性たちが迫り、前方には入場待ちの群衆。完全に逃げ場を失い、タケルが絶望しかけたその時だった。
ピンポンパンポーン、と、パーク全体に響き渡る巨大な電子音が鳴り響いた。
『緊急アナウンス。これより本施設は、特別権限の行使により、完全貸し切り状態へと移行します。一般入場者の皆様は、速やかに退去をお願いいたします』
そのアナウンスと共に、パークの巨大な入場ゲートがものすごい勢いで閉鎖され始めた。同時に、無数の警備ドローンが飛び立ち、タケルたちを追ってきた女性の群れや一般客を、ゲートの外へと強制的に排除していく。
「え? なんだこれ!?」
タケルと優愛は、ただ二人だけ、閉鎖された巨大なゲートの内側にポツンと取り残された。
静まり返った無人のテーマパーク。
そこへ、パリッとした制服を着たパークの責任者らしき女性が小走りで近づいてきて、二人の前で恭しく深く頭を下げた。
「御手宮タケル様、並びに葉寺優愛様ですね。お待ちしておりました。本施設はこれより、お二人のためだけに稼働いたします」
「えっと……どういうことですか? 貸し切りって」
タケルが困惑して尋ねると、店員はにこやかに微笑んで答えた。
「お母様からのプレゼントだそうです。御手宮玲子様が、男児をご出産された特権である『マザー・リワード』の全ポイントをご使用になられました 」
「マザー・リワード……!」
タケルは息を呑んだ。
それは北半球において、男児を産み、血を分けた我が子を南へ送り出すという多大な自己犠牲を払った母親にのみ与えられる、国家の最強特権ポイントである。
母である玲子は、タケルが女性たちに群がられずに安全に初デートを楽しめるよう、自身が十六年間抱えてきた苦しみと引き換えに得たその絶大な特権を、息子のために惜しげもなく全放出してくれたのだ。
「母さん……っ」
タケルの胸の奥に、母の深く、大きすぎる愛がジンと染み渡る。
優愛は、誰もいなくなった広大で美しいパークの景色を見渡し、そして、タケルと繋いだままの自分の手を見つめた。
「タケルさんのお母様、すごいね。……私たちだけの、世界みたい」
タケルは帽子とサングラスをバッグにしまい込み、照れくさそうに笑って、優愛の手をもう一度優しく握り直した。
「ああ。母さんからの最高のプレゼントだ。……行こうか、優愛」
「はいっ!」
五十年間、誰も成し得なかった男女の生身の遊園地デート。
世界中から狙われる特級遺伝子の少年と、彼を独占したいと願う一途な少女は、二人きりの魔法の空間へと笑顔で駆け出していった。




