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男女比『1:16億』の北半球 ~50年ぶりの生身の男に、世界中が大パニック&大熱狂!~  作者: 団田図


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第19話 逃走劇

 その頃、北半球の別の街にある静かな高級マンションの一室。

 葉寺はでら優愛ゆあは、自室のホログラムモニターに映し出されたSNSのタイムラインを食い入るように見つめていた。


『南の特級遺伝子、ウチの学校に転校キターーー!!』

『タケル君の筋肉凄かった! オスのフェロモンで死にそう!』


 画面には、タケルが学校で女子生徒たちにもみくちゃにされ、黄色い悲鳴を浴びている隠し撮り映像が、凄まじい勢いで拡散されていた。


『南の風は、いつも砂埃と機械油の匂いがするんだ――』


 優愛は、大切に保管しているタケルからの手紙の一節を思い返していた。不器用で真っ直ぐな文字で綴られた、生命力に溢れる南の世界の生活。北の清潔な社会しか知らない優愛にとって、それは彼と自分だけが共有する特別な秘密のようだった。

 しかし今、SNSの画面越しに響く女子生徒たちの歓声は、優愛のその密やかな優越感を打ち砕いていく。


「……私だけの、手紙のタケル君だったのに」


 いつもならノイズのない静かな生活を送る優愛の胸の奥に、今まで感じたことのない黒くて熱い感情が渦巻く。画面の中で、自分以外の無数の女の子たちに囲まれて困ったように笑うタケルの姿。優愛は手紙を破れないように、けれどギュッと強く握り締め、猛烈なヤキモチと、彼に直接会って自分だけのものだと証明したいという、強烈な独占欲を募らせていた。


 +++


 一方、講堂の熱狂は危険な領域へと突入しつつあった。


「タケル君! 南半球では、命の継承、つまり遺伝子提供はどのように行われているんですか!?」


 質疑応答で立ち上がった委員長らしき生徒の真剣な質問に、タケルはホッと息をつき、授業の一環として真面目に答えた。


「ああ、それは簡単だよ。南の町中には無料の『搾精ステーション』ってのがあってさ。精子バンクみたいなもんで、そこで俺たち男が日常的に……」


 そこまで言った瞬間、講堂の空気がピーンと凍りついた。

 北半球では、遺伝子は国家のテクノクラートによって厳格に管理・配給される超貴重品である。それが「無料で」「日常的に」「ステーションで」という言葉の羅列は、発情しかかっていた彼女たちの脳内で、とんでもない誤変換を引き起こした。


「む、無料……!? この生身の特級遺伝子を、今ここでフリー提供してくれるってこと!?」

「そんなの、北半球国家の遺伝子割り当て法を無視した奇跡のダイレクト搾精じゃないっ!」


 一人の女子生徒が絶叫したのを合図に、数百人の女子中高生たちが理性を完全に投げ捨てた。


「私に! 私がステーションになるわぁぁぁー!」

「ズルい! まずは私からよっ! その立派な遺伝子をちょうだい!」

「タケル君の遺伝子がほしいのぉーーっ!」


 ドドドドドッ! と地鳴りを立てて、全校生徒が津波のように壇上へと殺到してくる。最前列の生徒たちは目を血走らせ、両手を限界まで伸ばしてタケルのズボンに飛びかかろうとしている。


「は!? ちょっ、待て! 意味が違う! 俺が言ってるのはそういう意味じゃねええええっ!」


 タケルは悲鳴を上げてマイクを放り投げ、押し寄せる女子生徒たちの群れから間一髪で飛び退き、講堂の裏口へと全速力で逃げ出した。


 +++


「ハァッ……ハァッ……! なんだよあいつら、マジで食い殺されるかと思った……!」


 狂乱の校舎を逃げ惑い、タケルはどうにか人けのない廊下の奥にある『保健室』へと転がり込んだ。

 内鍵をガチャリと閉め、ドアに背中を預けてズルズルと座り込む。外からは「タケルくーん!」「どこなのー! ステーションさせてー!」というゾンビのような恐ろしい声が響いている。


「……助かった。ここは安全みたいだな」


 タケルが安堵の息を吐いた、その時だった。


「あら、随分と心拍数が上がっているわね。それに、素晴らしい発汗作用だわ」


 背後の遮光カーテンがシャワッと開き、甘い香水と薬品の匂いが混ざった香りが鼻腔をくすぐった。

 振り返ると、そこには白衣の胸元を大胆に開けたセクシーな天才女医――特級遺伝子研究のチーフディレクター、霧島きりしま理沙りさが、艶やかな舌で唇を舐めながら立っていた。


「き、霧島さん!? なんであんたがここに!」

「決まってるじゃない。あなたの日常のバイタルを監視するために、臨時校医として潜入したのよ。それに、今のあなたは極度の興奮状態……絶好の検体だわ」


 理沙は妖しく微笑みながら、見たことも無い怪しい検査器具を手に、ジリジリとタケルに歩み寄ってくる。彼女の瞳もまた、外の女子生徒たちと同じか、それ以上に危険な医学的探求心(と個人的な欲望)にギラついていた。


「さあタケル君、逃げ場はないわよ? 興奮して火照ったその身体を、私が隅々まで『診察』してあげる……」

「ヒィィィィィィッ!? 誰か! 親父ぃぃ、俺を南に帰してくれえええっ!」


 前門の発情女子高生、後門の変態天才女医。

 タケルの悲痛な叫び声は、完璧に防音された北半球の保健室の壁に虚しく吸い込まれていくのだった。

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