第18話 体育の授業
「はぁ……はぁ……北の学校って、こんなに体力使うのかよ……」
午後の体育の授業。タケルは更衣室で深い疲労とともに息を吐いた。
支給されたバイオ繊維の体操服に腕を通す。しかし、これもまたブレザー同様、北の華奢な女性向けにデザインされたものだったため、タケルの筋肉質な肉体にはあまりにもタイトだった。大胸筋の谷間や、綺麗に割れた腹筋のシルエットが、まるで皮膚をもう一枚被ったかのようにくっきりと浮き彫りになってしまっている。
タケルが重い足取りで体育館の扉を開けると、そこではクラスの女子たちが優雅にストレッチを行っていた。しかし、タケルが姿を現した瞬間、彼女たちの動きが完全に静止した。
全員の視線が、タケルのピチピチの体操服の上からでも分かる、隆起した筋肉に釘付けになっているのだ。
「す、すごい……あんなに胸が出っ張ってる……」
「腕の太さ、私の太ももより太いかも……」
ゴクリ、と誰かが生唾を飲み込む音が体育館に響いた。
今日の授業は、柔らかいボールを使ったドッジボールのような球技だった。
女子生徒たちがコートの反対側に並び、タケルは一人でボールを受け取った。
(いくらなんでも、女の子相手に本気を出すわけにはいかないよな)
タケルは南半球で男たちと泥だらけになって遊んでいた日々を思い出しながら、手首のスナップだけで、できる限り『軽く』ふんわりとボールを投げたつもりだった。
しかし、南の環境で鍛え上げられたオスの『手加減』は、高度に自動化され肉体労働を一切知らない北の少女たちにとっては、大砲の一撃にも等しかった。
ドバァァァンッ!!
空気を切り裂くような轟音とともに、ボールが壁に激突し、凄まじい反発力で天井まで跳ね返った。
体育館が静まり返る。
女子生徒たちは一瞬何が起きたのか理解できず、ぽかんと口を開けていたが、やがてその顔に強烈な熱狂と興奮の色が浮かび上がった。
「キャアアアアアアッ!!!」
「な、なんて乱暴なの!? 素敵すぎるわっ!」
「あんな暴力的な力で見下ろされたら……私、おかしくなっちゃう!」
恐怖ではない。絶対的なオスとしての力強さと、自分たちをいとも簡単に壊してしまえるほどの暴力性を目の当たりにした女子たちは、腰を抜かし、顔を真っ赤にしてへたり込んだ。中にはあまりの興奮に白目を剥いて気絶しそうになっている者もいる。
「私にも! 私にも全力でそのボールを投げつけてください!」
「私を狙って! タケル君の力で私を弾き飛ばしてええっ!」
完全にドMの扉を開いてしまった女子生徒たちが、ドッジボールのルールなど無視してタケルに向かって四つん這いでにじり寄ってくる。
グラウンドはもはや授業の体を成しておらず、一人の生身の男を、三十人の発情した女子高生が崇め奉るという、地獄のような大ハーレム状態と化していた。
「なんなんだよ、この学校はあああっ!」
タケルはボールを放り出し、迫り来る女子生徒たちの波から全速力で逃げ出しながら、南半球の平和でむさ苦しい日々を心の底から恋しく思うのだった。
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午後の特別全校集会、講堂に集められた数百人の女子生徒たちの熱気は、先ほどの暴動寸前のパニックから一転、不気味なほどの静寂に包まれていた。
「続いて、南半球のリアルな生活について、御手宮タケル君からお話を伺いたいと思います」
厳かな講堂の壇上。マイクの前に立たされたタケルは、目の前に広がる光景に足の震えを隠せなかった。中高一貫校の全校生徒が、まるで神話の生物を観察するかのような、いいや、飢えた獣のようなギラギラとした瞳で、一斉に自分を見上げているのだ。
「え、えーっと……南はとにかく暑くて、いつも土埃が舞ってて……男しかいないんで、むさ苦しいっていうか。ドローン整備とか、炭鉱掘りとか、とにかく体力勝負の毎日なんだ」
タケルがたどたどしく語り始めると、女子生徒たちは一言一句聞き逃すまいと身を乗り出す。彼女たちにとって、汗にまみれた肉体労働など歴史の教科書の中だけの話だ。タケルの日に焼けた肌と分厚い筋肉が、その過酷な労働を裏付けていることに強烈な魅力を感じていた。
「男しかいないから、その……家事とか生活を支え合うために、男同士でパートナーを組んで一緒に暮らしてる奴らも結構いて。喧嘩もするけど、なんだかんだ上手くやってるっていうか……」
タケルにとっては、南半球の何気ない日常の報告に過ぎない。しかし、それが北の女子たちの特殊な琴線に強烈に触れた。異性との物理的接触が「ウォール・ロマンス(すれ違いロマンス小説)」などのフィクションの中にしか存在しない彼女たちにとって、生身の男同士のリアルな共同生活という響きは、もはや劇薬以外の何物でもなかった。
「なっ……! 生身の、男同士の同棲……っ!?」
「尊い……! なんて尊いの……っ! リアルBLよ!」
講堂のあちこちから、感動のあまり鼻血を押さえる者や、両手を組んで天を仰ぐ者が続出する。「タケル君は攻めなの? 受けなの!?」と叫ぶ声まで聞こえ、タケルには彼女たちがなぜ突然涙を流して拝み始めたのか、全く理解できず冷や汗を流していた。




