第15話 リアルな再会
玲子は、目の前に立つ百八十センチの筋肉質に成長した息子の姿を、信じられないといった様子で見上げた。彼女の大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出す。
「タケル……タケル……!」
玲子は震える両手を伸ばし、タケルの広い胸に顔を埋めるようにして、力強く抱き着いた。
「っ……!」
タケルは全身が硬直するのを感じた。
生まれて初めて感じるほどの忘れていた、母親の体温。そして、画面からは絶対に伝わらなかった、陽だまりのように温かく、ほのかに甘い匂いと、布越しに伝わる柔らかな感触。
五十年間、この世界ではあり得なかった『異性の家族との物理的な再会』だ。
「おかえり……っ、よく無事で……こんなに、大きくなって……っ」
玲子はタケルの背中に腕を回し、子供のように声を上げて泣き崩れた。一歳の時に南へ送り出して以来、ずっと抱きしめることができなかった我が子の生身の感触を、確かめるように何度も背中をさすっている。
タケルは戸惑いながらも、少し不器用な手つきで、泣きじゃくる母親の華奢な背中にそっと両腕を回した。
「……ただいま、母さん」
その言葉が口から出た瞬間、タケル自身の目頭も熱くなっていた。
ARでは決して埋められなかった決定的な距離が、今、完全にゼロになったのだ。
感動的な親子の再会を、理沙と護衛官たちは静かに見守っていた。
やがて、玲子が涙を拭いながら顔を上げると、理沙がスッと前に出て軽い会釈をした。
「初めまして、御手宮玲子さん。彼を日本での研究対象として担当する、霧島理沙です。これからは、あなたのご自宅を彼の滞在先として使用させていただきます」
「あ、はい……息子が、お世話になります」
玲子が深々と頭を下げると、理沙はタケルの方へ向き直り、メガネの奥で妖しく目を細めた。
「それじゃあタケル君、今日はゆっくり休んでちょうだい。……でも、忘れないでね」
理沙はタケルの耳元に顔を近づけ、色っぽく吐息を吹きかけるように囁いた。
「私の研究施設はすぐ近くで、検査の続きがまだまだあるから、いつでも呼び出されたら来てちょうだいよ」
悪戯っぽくウィンクを残し、天才女医は白衣を翻して去っていった。
その背中を見送りながら、タケルは感動の涙が一瞬で引っ込み、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。
(……やっぱり、日本でも安息の日は遠そうだな)
「さあ、タケル! 中に入って。芽衣もずっと待っていたのよ」
玲子に手を引かれ、タケルはついに、北半球の「我が家」へと足を踏み入れた。
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玲子に手を引かれ、タケルはピカピカに磨かれたリビングへと足を踏み入れた。高度なAIチューターや自動調理器が静かに稼働する、ノイズのない洗練された空間だ。
そこに、十五歳の少女が立っていた。タケルの妹、御手宮芽衣だ。
しかし、リアルな兄を前にして、長い黒髪をしきりに触りながら芽衣はガチガチに緊張していた。いつもAR越しでは「バカ兄貴」と憎まれ口を叩く感情豊かで強気な彼女だが、今は恥ずかしさのあまり、さっと玲子の背中の後ろに隠れてしまう。チラチラと母の肩越しにタケルを見つめるその顔は、ゆでダコのように真っ赤に染まっていた。
「……ヨォッ! いつもの威勢はどうした?」
タケルは少し意地悪く、しかし心からの安堵と優しさを込めてけしかけた。南半球の通信越しでしか聞いたことのなかった彼女の声を、今は同じ部屋の空気の振動として鼓膜で感じようとしている。
その言葉にカチンときたのか、芽衣はビクッと肩を震わせ、玲子の背中から勢いよく飛び出した。
「お、お兄ちゃんのバカ!」
涙目でそう叫んだ後、芽衣はギュッと目を瞑り、タケルの広い胸に弾丸のように飛び込んできた。
「……そ、それと、初めましてとお帰りなさい」
小さな声でそう呟きながら、芽衣はタケルの腰に両腕を回し、力強く抱き着いた。十五歳の少女の柔らかい感触と、石鹸のような甘い香りがタケルの鼻腔をくすぐる。
画面越しでは決して触れることのできなかった、たった一人の妹。タケルは照れくさそうに頭を掻きながらも、その小さな背中にそっと手を添えた。リアルな兄の体温と包容力を前にして、芽衣の中に眠っていたブラコン気質とツンデレが、この瞬間完全に開花したのだった。




