第13話 過激な触診
「さあ、これで文句はないわね。検査着を脱いで、ベッドへ仰向けになりなさい」
理沙の声が、先ほどよりも少しだけ甘く、熱を帯びているように聞こえたのは気のせいだろうか。
タケルは観念し、震える手で先ほど支給されたばかりのバイオ繊維の服を脱ぎ、最後に残ったボクサーパンツもゆっくりと引き下げた。南半球の男だらけの世界で育ったとはいえ、密室でこんなに綺麗な大人の女性に全裸を晒すのは、あまりにも恥ずかしい。
顔を火のように赤くして、タケルは冷たい診察ベッドに仰向けに寝転がった。
「素晴らしいわ……」
タケルの全裸を目の当たりにした理沙から、熱っぽい感嘆の声が漏れた。
「ARのデータや映像では何度も見たことがあるけれど、やはり実物が放つ存在感は桁違いね」
理沙はタケルの横に立つと、白衣の袖を少し捲り上げた。
「それじゃあ、上半身からゆっっっくりと触診と心音検査をしていくわよ。力を抜いて」
理沙の白くて細い指が、タケルの分厚い胸板にそっと触れた。
「っ……!」
タケルの身体がビクッと跳ねる。理沙の手は、少しひんやりとしていて、ひどく柔らかかった。
理沙は聴診器を使わず、直接タケルの胸に耳を押し当て、手のひらで大胸筋から腹筋の起伏をなぞるように触れ始めた。
「すごい……なんて力強い心音。それに、筋肉の反発力が北の女性とは全く違う。これが、南半球の過酷な環境で育った『オス』の肉体なのね……」
理沙の吐息がタケルの肌にかかり、甘い香水と女性特有の匂いが鼻腔をくすぐる。
彼女の手は、タケルの腕へと移動した。上腕二頭筋を揉みしだき、手首へと滑らせ、そしてタケルのゴツゴツとした指を、一本一本、愛おしむように絡めながら触診していく。
(……これ、本当にただの医学的な検査なのか?)
タケルは心臓が口から飛び出そうになるのを必死に堪えていた。理沙の瞳は完全に潤んでおり、「邪なものは持っていない」という先ほどの明言など微塵も感じられない。むしろ、邪だらけの恍惚とした表情を浮かべているのだ。
「体温が高いわね。皮膚の下で、血液が激しく巡っているのが分かるわ」
理沙の手が、タケルの腹筋を撫で下ろし、徐々に下半身へと向かっていく。
太ももの内側を、冷たい指先がツーッと滑った。
「あ……ちょ、待っ……!」
十七歳の健康な男子高校生であるタケルにとって、それは完全に限界を超える刺激だった。脳の理性とは無関係に、下半身の血流が一気に集中し、タケルの『男』がビクンと跳ねて、どうしようもなく硬直してしまったのだ。
「あぁっ……!」
理沙が短い悲鳴のような息を呑んだ。
彼女の視線は、天を衝くようにそそり立ったタケルの下半身に釘付けになっていた。
「い、いや! これは、その、自然現象っていうか! あんたが変な触り方するから……!」
タケルが両手で必死に隠そうとするが、理沙は「動かないで!」と鋭く制止し、タケルの手をどけさせた。
「すごい……教科書や参考ビデオ……ええと、旧時代のポルノ動画のアーカイブで知識としては知っていたけれど……実物は、こんなに生命力に溢れているのね」
理沙は顔を真っ赤にしながらも、医者としての探求心(と、一人の女性としての強烈な好奇心)を抑えきれない様子で、顔を近づけてきた。
「この血管のハリ……それに、先端のツヤ。血流の集中によって海綿体が膨張するメカニズム、本で読んだ通りだわ。いえ、実物が放つ熱量はデータなんかじゃ到底測りきれない……!」
感動に打ち震える理沙に見つめられ、タケルは羞恥のあまり「殺してくれ」と心の中で叫んだ。
理沙はタブレットを手に取り、タケルの下半身をあらゆる角度から舐め回すように観察し始めた。そして、ふと不思議そうな顔をして首を傾げた。
「ねえ、タケル君。一つ、純粋な医学的疑問があるのだけれど」
「……なんですか、もう」
タケルが手で顔を覆いながら答えると、理沙は極めて真剣な、学術会議で発表するかのようなトーンで問い詰めてきた。
「なぜ、あなたの生殖器官は、真っ直ぐではなく『左』に逸れて湾曲しているの?」
「……は?」
「これは非常に興味深い現象だわ。人体の構造上、心臓は左胸にある。心臓からの強力な血流のポンプ作用が左側に偏っているため、その圧力の影響を受けて、組織全体が左に引っ張られるように成長した……そういう仮説が成り立つのではないかしら?」
理沙はメガネを光らせ、自分の完璧な医学的推論に酔いしれるように早口で語る。
「心臓の位置が関係している……どう? タケル君、南半球の男性たちはみんな、心臓の引力によって左に曲がっているの?」
密室の静寂の中、タケルは顔から火が出るほどの羞恥に耐えながら、絞り出すように真実を告げた。
「……違います」
「違う? では、遺伝的な要因?」
「そうじゃなくて……俺が、右利きだからです」
「右利き?」
理沙がキョトンとした顔をする。
タケルは顔を真っ赤にしてそっぽを向きながら、ヤケクソ気味に叫んだ。
「右手で握って、いつもそっち側に引っ張ってるから、形が左に曲がるクセがついちゃっただけです! 心臓とか引力とか、全く関係ありません!」
タケルの赤裸々な、そしてあまりにも生活感に溢れた十七歳の少年のリアルな「自己処理」の事実に、理沙はポカンと口を開けた。
数秒の沈黙の後。
「……なるほど!!」
理沙はポンッと手を打ち、雷に打たれたような衝撃と感動の表情を浮かべた。
「日々の物理的な習慣と摩擦が、組織の形状を後天的に変形させる……! なんてこと、どの医学書にも、旧時代のビデオにもそんな日常的な要因は載っていなかったわ! 心臓の位置などという浅はかな推論より、よっぽど理にかなっている!」
理沙は猛烈な勢いでタブレットに『右利きによる物理的変形』とメモを打ち込み始めた。
「やっぱり、実物の生身のデータは最高ね! 本当に勉強になるわ、タケル君!」
目をキラキラと輝かせて喜ぶ天才女医を前に、タケルはただ一人、この北半球という未知の世界の恐ろしさと、大人の女性の暴走に絶望し、静かに天を仰ぐのだった。




