14 用務員、カフェへ行く。
ルイに引っ張られて透と子猫が到着したのは、城下町の端にあるかわいらしいカフェだった。白とレモンイエローの壁に、猫のような模様が描かれている。
透のポケットに入った子猫が、それを見て「みぃ?」と首を傾げていた。仲間のような何かとでも思ったのかもしれない。
そんなカフェに、ルイを先頭に入ってみると、なかなかの盛況だった。
席はほとんど埋まっていて、その大半がカップルである。ほうぼうからイチャイチャした気配が醸し出されており、正直に言うと透は、すぐさま回れ右をして帰りたい衝動にかられた。
(あまりにも場違いっ!)
お店にもルイにも失礼なので言葉にこそしなかったものの、そう思えて仕方がない。
それによくよく思い出してみると、透自身、チェーン店系のカフェには入ったことがあるが、何かコンセプトが決まったようなあれそれには足を踏み入れたことがなかった。
どう見てもこの店のコンセプト、そしてメインターゲットはカップルだ。
「あの、ルイさん、ちょっとここは……」
「こっちだトール!」
出たいです、と蚊の鳴くような声で言いかけた透の言葉は、ルイの元気な声にかき消された。
「僕は弱い……」
「みう」
肩を落としながらルイについて行く透に、子猫は「その通りだよ」と言わんばかりに頷いていた。
さて、そうして席についた透だったが、置かれていたメニュー表には文字しか書かれておらず、何がなにやら分からない。
なので注文はルイにお任せしたのだが――それが失敗だった。
しばらくして届けられたのは、どう考えてもカップル専用のメニューだったからだ。
ハート形のパンケーキらしきものには、苺のような香りのするソースとキラキラ輝くアラザンのようなものがたっぷりかけられていた。
ひくっ、と透の頬が引きつる。
「こ、これは……」
「実はこのカフェでは今、期間限定のメニューをやっているのだ! ずっと興味があったのだが、お二人様専用だと言われてな。貴様と友達になったのだから、その記念だ!」
「はあ、お二人様……」
そのお二人様は、恐らく友達用ではないと思われるし、どう考えてもまずいというのは透にもすぐに理解できた。
しかしルイは分かっていない様子だ。きっとお二人様用を、言葉そのままに二人用の量のメニューだと解釈したのだろう。
訂正したいが、ここまでウキウキしている彼女に、水を差すような真似もしたくない。
「ぼ、僕、実はさっきノアさんから差し入れをいただいてしまって……ちょっとお腹いっぱい気味なんですよ。ですからお茶をいただいていますので、ルイさんが好きなだけ食べていいですよ」
「よっ良いのか……⁉ 貴様、良い奴過ぎるだろう!」
「あ、あははは! いやぁ、その……えっと、パンケーキ、お好きなんですねぇ」
「うむ!」
今回だけはイケメンですからとか、顔が良いですからとか、透は言えなかった。
何とか現状を回避するための言い訳だったからだ。
(あとでノアさんに謝って、話を合わせてもらおう……)
そんなことを思いながら、透は紅茶をひと口飲んだ。
目の前ではルイが目を輝かせながらパンケーキを頬張っている。
「ん~~~~!」
ぷるぷると嬉しそうに震えるルイ。
幸せそうで何よりだと、透は小さく笑った。
「あ、そうだ」
その時ふっと透は店の時計を見上げて、あることを思い出した。
「どうした?」
「そろそろ薬を飲む時間だったなって」
「む? 薬?」
「僕が何度も倒れるからって、ノアさんが魔力を安定させる薬を用意してくれたんですよ」
「ああ、そう言えばこの間もそんなことを言っていたな。そうか、さすがノア様だな。……私もノア様には大変世話になったのだ」
「ルイさんも?」
「ああ。私は……実は孤児でな。両親を亡くして途方にくれていたところを、ノア様が助けてくれたんだ。住む場所も、勉強も、すべてノア様が教えてくれた。感謝してもしきれない。魔王城にはそういう者たちが大勢いるのだ」
ノアのことを話すルイの表情は、今までで一番優しいものだった。
彼女にとってどれだけノアが大きな存在か伝わって来る。
「……本当に、良い人ですよねぇ」
「ああ!」
しみじみと透が言えば、ルイはしっかりと頷いた。
仲が良くて良いなぁと思いつつ、透は懐から薬の入った小瓶を取り出す。中の金平糖のような薬がからりと揺れた。
それを見たとたんに、ルイの表情が固まる。
「――待て」
「どうしました?」
「貴様、薬って……それか?」
「ええ」
急に様子の変わった彼女に、透は首を傾げつつ肯定する。
ルイは小瓶を見つめたまま眉根を寄せた。
「……それは魔力を安定させる薬じゃない。魔力欠乏症の治療で用いられる、魔力を増幅させる薬の一つだ」
「……え?」
思いもよらない話に、透は大きく目を見開いた。
ノアがくれた薬だ。そんなはずは、と透は思ったが、ルイが冗談を言っているようにも思えない。
真剣な眼差しの彼女に、透は何を訊くべきかと少し考え口を開く。
「魔力を使い過ぎたからこの薬……ってことではないんですね?」
「ああ。使った魔力を増やす――というか戻すのならば、それ用の回復薬がある。これは治療用だ。服用すると一定期間、持続的に魔力を増やす効果がある。貴様のように休めば魔力が回復するような者に使うものじゃない」
「魔力は多過ぎても少な過ぎてダメ……」
「そうだ」
話しながらルイは透の首を見た。
魔石化したその箇所に目を留め「……そういうことか」と重々しくつぶやく。
「……もし使うとどうなりますか?」
ルイの反応で何となく予想はついたが、透は敢えて質問した。
「魔力過多になって、魔力が体を侵食する。貴様の体は魔王の魔力を受け取るために、一時的に魔石化した。だからその部分は、魔王の魔力を返せば元に戻る。しかし、それ以上の魔力で変化した場合は――」
彼女はいったんそこで言葉を区切り、透の首を指差す。
「下手をすれば、元に戻らないどころか貴様……死ぬぞ」




