13 用務員、友達ができる。
翌日から、透の仕事に結晶林檎の栽培施設の見回りが入った。
ノアが魔石の間から、緑の領地へと広がる魔力の経路を、ここにひとつ増やしてくれたおかげで、少しずつだが植えられた木々が結晶化し始めている。大変な作業だ、と彼は口にしていたが、とんでもない速さだ。どうやったのかと透は疑問に思ったものの、目の下に隈を作ったノアの顔を見たら、相当無理をしたのだろうということは理解できた。
彼がルイと共に「できたぞ!」と伝えに来てくれた時に見せた、晴れ晴れとした笑顔が、透にはとても印象的だった。
「順調そうですね」
結晶林檎の根元を見て、透はうなずいた。上の方はまだまだ本来の林檎の木の色をしているが、根元の方はエメラルドのような色の結晶に変わりつつある。透はその様子を、手に持ったノートに書きこむ。
栽培記録のようなものだ。
やりました、できました、では、その間にどんな変化が起きたのか分からない。だから透が元の世界へ戻った後も、魔王城の人たちに伝わるように、書いて残しておこうと思ったのだ。
もっとも、この世界の文字はほんのわずかしか分からないので、書き残すといっても絵になるけれど。
(絵は……そんなに苦手じゃないんですけどねぇ)
上手いかどうか問われたら微妙だが、ぱっと見て分からなくもない。
「どうですか?」
何となく、上着のポケットにすとんと収まった子猫に訊いてみる。
「みい?」
子猫は首をノートを覗きこんで、不思議そうに首をかしげた。これなに、とでも言っている様子だ。しかし透はそれを前向きに解釈した。
「そうですか、素晴らしいと!」
「みう」
そんなことなど言っていない……というような視線を受けながら、透が自画自賛をしていると「トール」と呼びかけられる。振り向くとそこにはルイがいた。
「ルイさん、こんにちは」
「ああ、こんにちはだ。もうすっかり体の調子が良いようだな」
「ええ、おかげさまで!」
「それは何よりだ……が……ん? お前、その体はどうした?」
ふっと緩められた彼女の顔が、次の瞬間凍り付いた。ぎょっと見開かれた目が向けられているのは、透の首の辺り――魔石化が広がった部分である。
透は「ああ」と小さく言って、ペンを持った方の手の指で、気まずそうにぽりぽりと頬をかいた。
「ああ~……その、何でか広がっちゃってるんですよねぇ」
「だ、大丈夫なのか、それはっ!?」
「ええ。ジナ先生にも診察していただきましたけど、体調的には何の問題もないそうです」
「そ、そうか……。だが、しかし……」
透は明るく言ってみせたが、ルイはそれでもと眉根を寄せる。
彼女は、物言いは強い時があるが、基本的には優しい性格なのだ。異世界での常識の違いに透が困っているのを見かけると、スッと手助けしてくれている。
だからこそ彼女は、透の体の様子を見て心配してくれているのだ。
(ありがたいなぁ)
自分のことを気に掛けてくれる人がいるというのは、幸せなことである。透がしみじみしながら、
「あっ、でも、魔力を使った方が良いとは聞いたので、ほどほどにやっていますよ! そうすると、面積ちょっと戻るんで!」
と言えば、ルイは今度こそ、ほっとした様子だった。
「……そうか。だが、無理はするな。この間のように倒れるかもしれないからな」
「はい。……ルイさんって優しいですよねぇ」
「んなっ!? な、な、な、何を言っている! 誰が優しいと……」
「ルイさん」
「~~~~!」
透が本音八割、からかい二割で言えば、ルイの顔がゆでだこのように真っ赤になってしまった。そうしてしばらく唸った彼女は、脱力するように長く息を吐く。
「ああ、もう、貴様と話をすると調子が狂う」
「僕の顔、人の心を搔き乱すほどのものとは……フフ……」
「誰も貴様の顔の話などしていない」
ぴしゃり、と言われてしまった。
まぁ、それはそうである。
「……それにしても奇妙な話だな。魔王就任の際にヴェルデ神より魔力を与えられたとしても、それは一度きりのはずだ。あの神は『面倒だ』などと言って、そう何度も魔力を与えたりはしてくれない」
「ああ、やっぱりあの神様そんな感じなんですね」
「うん。ノア様がいつも怒っているよ。だから、もともと魔力を持っていない貴様に、魔力を増えるようなことなんてないはずだが……」
怪訝そうなルイの言葉に、そうなのかと透が思っていると、
「トール、ルイ」
栽培施設の入り口からノアが顔を出した。仕事の途中だったのか、両腕に大量の書類を抱えている。
「話し声が聞こえたから覗いてみたら、二人とも最近仲が良いのう」
「な、な、仲が良いっ!?」
「フッ、親しみやすい用務員さんが僕のモットーですからね! このおかげで学生たちにも大人気!」
「自分で言うことか?」
「言いますよ。自分で言わなきゃ、誰が言ってくれるんです?」
「それは暗に誰も言ってないという……」
「あっはっはっ!」
ルイから厳しいツッコミが入ったが、透は高笑いして聞こえないフリをした。
ちなみに実際どうかと言うと、透は学生たちと仲が良かった。学生たちと話をする時になるべく同じ目線で接していたから、というのもあるだろう。子供とは聡いもので、大人が少しでも自分たちを侮っていると分かれば、とたんに義務的な態度に変わってしまう。そうして悲しいことに大人の方がそれに気付かず、いつの間にやら距離ができたと嘆くのだ。その点で言えば、透の接し方は正解だったようだ。
「それにしてもノアさんから見て仲が良いとなると……これはもうフレンドでは?」
「何だそのフレンドというのは」
「友達って意味です」
「と、友達!?」
ルイが驚愕に目を見開き、大げさに仰け反った。
そして何を思ったか小刻みに震えながら、
「そうか、友達……友達か……友達……」
くつくつと低く笑っている。目が、ちょっと怖い。
さすがの透も若干引きつつ、すすす、とノアの隣へ移動した。
「……ねぇノアさん。ルイさん一体どうしたんです?」
「友達がおらんかったから嬉しいんじゃろ」
「そっ、そんなことはない! 私にも友達は大勢いる!」
ルイはハッと顔を上げ、勢い良く胸を叩いた。たぶん嘘だ。
「だ、だが! トールが友達になりたいと言うなら、なってやらんでもない!」
透とノアから優しい目を向けられていることなど気付かず、ルイは興奮した様子で、早口でまくし立てる。
ただ、彼女の申し出は透にとってありがたいものだった。何故なら透だって、学生時代に複雑な環境だったせいで、友達がそう多くないのである。
「なりたいです!」
「そうか!」
二人はがっちりと握手を交わす。
眺めていたノアは「仲が良いのー」とぱちぱち拍手をしていた。その音にルイは我に返った様子でパッと手を離す。一時の妙なテンションで、普段ではありえない行動をしてしまったことに気が付いたようだ。
彼女はコホン、と誤魔化すように咳をすると、
「よし! 友達であれば、良いところへ案内してやろうではないか!」
などと言い出した。半分くらいは照れ隠し、もう半分は自棄っぱちだろうか。
(今日の仕事は大体終わってるんですよね)
魔石にも本日分の魔力は注ぎ終えたし、魔王城内の見回りも粗方済んでいる。治療院の子供たちも診察の時間だから、会いに行くこともできない。
つまり今の時間、透はそこそこ暇である。
「ノアさん、出かけてきても良いですか?」
「ああ、大丈夫だ。行っておいで。ルイにも休憩が必要だろうからな」
「よし! では行くぞ!」
ルイはにんまり笑うと、透の手首を掴んで走り出した。その力の強いこと。透の体は、まるで凧あげのように跳ね上がりそうになりながら、ルイに引っ張られて行く。口を開けば舌を噛みそうだが、それでも透は情けない悲鳴を上げた。透のポケットに入った子猫だけは「みぃ~~~~!」と何やら楽しそうに鳴いていた。
そんな一人と一匹の、ドップラー効果で小さくなっていくその声に、ノアはくつくつと笑ったあと。
「……友か」
つぶやいて、ノアは一番近場にある結晶林檎の木を見上げる。
結晶林檎の木は少しずつエメラルドに変化している。
その木は、二代前の王が植えた木から、挿し木で増やしていったものだ。
「…………」
ノアは木の幹を手で撫で、ややあって、頬をそっと押し当てた。
「……もう少しだ。もう少しで、其方との約束を果たせるぞ。なぁ、友よ」
彼の声は、深い海の底のように暗く寂しげで、そして――どうしようもないほどに後悔が滲んでいた。




