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顔が良いだけの用務員、何故か異世界で魔王になりました。  作者: 石動なつめ


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13/17

13 用務員、友達ができる。


 翌日から、透の仕事に結晶林檎の栽培施設の見回りが入った。

 ノアが魔石の間から、緑の領地へと広がる魔力の経路を、ここにひとつ増やしてくれたおかげで、少しずつだが植えられた木々が結晶化し始めている。大変な作業だ、と彼は口にしていたが、とんでもない速さだ。どうやったのかと透は疑問に思ったものの、目の下に(くま)を作ったノアの顔を見たら、相当無理をしたのだろうということは理解できた。

 彼がルイと共に「できたぞ!」と伝えに来てくれた時に見せた、晴れ晴れとした笑顔が、透にはとても印象的だった。


「順調そうですね」


 結晶林檎の根元を見て、透はうなずいた。上の方はまだまだ本来の林檎の木の色をしているが、根元の方はエメラルドのような色の結晶に変わりつつある。透はその様子を、手に持ったノートに書きこむ。

 栽培記録のようなものだ。

 やりました、できました、では、その間にどんな変化が起きたのか分からない。だから透が元の世界へ戻った後も、魔王城の人たちに伝わるように、書いて残しておこうと思ったのだ。

 もっとも、この世界の文字はほんのわずかしか分からないので、書き残すといっても絵になるけれど。


(絵は……そんなに苦手じゃないんですけどねぇ)


 上手いかどうか問われたら微妙だが、ぱっと見て分からなくもない。


「どうですか?」


 何となく、上着のポケットにすとんと収まった子猫に訊いてみる。


「みい?」


 子猫は首をノートを覗きこんで、不思議そうに首をかしげた。これなに、とでも言っている様子だ。しかし透はそれを前向きに解釈した。


「そうですか、素晴らしいと!」

「みう」


 そんなことなど言っていない……というような視線を受けながら、透が自画自賛をしていると「トール」と呼びかけられる。振り向くとそこにはルイがいた。


「ルイさん、こんにちは」

「ああ、こんにちはだ。もうすっかり体の調子が良いようだな」

「ええ、おかげさまで!」

「それは何よりだ……が……ん? お前、その体はどうした?」


 ふっと緩められた彼女の顔が、次の瞬間凍り付いた。ぎょっと見開かれた目が向けられているのは、透の首の辺り――魔石化が広がった部分である。

 透は「ああ」と小さく言って、ペンを持った方の手の指で、気まずそうにぽりぽりと頬をかいた。


「ああ~……その、何でか広がっちゃってるんですよねぇ」

「だ、大丈夫なのか、それはっ!?」

「ええ。ジナ先生にも診察していただきましたけど、体調的には何の問題もないそうです」

「そ、そうか……。だが、しかし……」


 透は明るく言ってみせたが、ルイはそれでもと眉根を寄せる。

 彼女は、物言いは強い時があるが、基本的には優しい性格なのだ。異世界での常識の違いに透が困っているのを見かけると、スッと手助けしてくれている。

 だからこそ彼女は、透の体の様子を見て心配してくれているのだ。


(ありがたいなぁ)


 自分のことを気に掛けてくれる人がいるというのは、幸せなことである。透がしみじみしながら、


「あっ、でも、魔力を使った方が良いとは聞いたので、ほどほどにやっていますよ! そうすると、面積ちょっと戻るんで!」


 と言えば、ルイは今度こそ、ほっとした様子だった。


「……そうか。だが、無理はするな。この間のように倒れるかもしれないからな」

「はい。……ルイさんって優しいですよねぇ」

「んなっ!? な、な、な、何を言っている! 誰が優しいと……」

「ルイさん」

「~~~~!」


 透が本音八割、からかい二割で言えば、ルイの顔がゆでだこのように真っ赤になってしまった。そうしてしばらく唸った彼女は、脱力するように長く息を吐く。


「ああ、もう、貴様と話をすると調子が狂う」

「僕の顔、人の心を搔き乱すほどのものとは……フフ……」

「誰も貴様の顔の話などしていない」


 ぴしゃり、と言われてしまった。

 まぁ、それはそうである。


「……それにしても奇妙な話だな。魔王就任の際にヴェルデ神より魔力を与えられたとしても、それは一度きりのはずだ。あの神は『面倒だ』などと言って、そう何度も魔力を与えたりはしてくれない」

「ああ、やっぱりあの神様そんな感じなんですね」

「うん。ノア様がいつも怒っているよ。だから、もともと魔力を持っていない貴様に、魔力を増えるようなことなんてないはずだが……」


 怪訝そうなルイの言葉に、そうなのかと透が思っていると、


「トール、ルイ」


 栽培施設の入り口からノアが顔を出した。仕事の途中だったのか、両腕に大量の書類を抱えている。


「話し声が聞こえたから覗いてみたら、二人とも最近仲が良いのう」

「な、な、仲が良いっ!?」

「フッ、親しみやすい用務員さんが僕のモットーですからね! このおかげで学生たちにも大人気!」

「自分で言うことか?」

「言いますよ。自分で言わなきゃ、誰が言ってくれるんです?」

「それは暗に誰も言ってないという……」

「あっはっはっ!」


 ルイから厳しいツッコミが入ったが、透は高笑いして聞こえないフリをした。

 ちなみに実際どうかと言うと、透は学生たちと仲が良かった。学生たちと話をする時になるべく同じ目線で接していたから、というのもあるだろう。子供とは聡いもので、大人が少しでも自分たちを侮っていると分かれば、とたんに義務的な態度に変わってしまう。そうして悲しいことに大人の方がそれに気付かず、いつの間にやら距離ができたと嘆くのだ。その点で言えば、透の接し方は正解だったようだ。


「それにしてもノアさんから見て仲が良いとなると……これはもうフレンドでは?」

「何だそのフレンドというのは」

「友達って意味です」

「と、友達!?」


 ルイが驚愕に目を見開き、大げさに仰け反った。

 そして何を思ったか小刻みに震えながら、


「そうか、友達……友達か……友達……」


 くつくつと低く笑っている。目が、ちょっと怖い。

 さすがの透も若干引きつつ、すすす、とノアの隣へ移動した。


「……ねぇノアさん。ルイさん一体どうしたんです?」

「友達がおらんかったから嬉しいんじゃろ」

「そっ、そんなことはない! 私にも友達は大勢いる!」


 ルイはハッと顔を上げ、勢い良く胸を叩いた。たぶん嘘だ。


「だ、だが! トールが友達になりたいと言うなら、なってやらんでもない!」


 透とノアから優しい目を向けられていることなど気付かず、ルイは興奮した様子で、早口でまくし立てる。

 ただ、彼女の申し出は透にとってありがたいものだった。何故なら透だって、学生時代に複雑な環境だったせいで、友達がそう多くないのである。


「なりたいです!」

「そうか!」


 二人はがっちりと握手を交わす。

 眺めていたノアは「仲が良いのー」とぱちぱち拍手をしていた。その音にルイは我に返った様子でパッと手を離す。一時の妙なテンションで、普段ではありえない行動をしてしまったことに気が付いたようだ。

 彼女はコホン、と誤魔化すように咳をすると、


「よし! 友達であれば、良いところへ案内してやろうではないか!」


 などと言い出した。半分くらいは照れ隠し、もう半分は自棄っぱちだろうか。


(今日の仕事は大体終わってるんですよね)


 魔石にも本日分の魔力は注ぎ終えたし、魔王城内の見回りも粗方済んでいる。治療院の子供たちも診察の時間だから、会いに行くこともできない。

 つまり今の時間、透はそこそこ暇である。


「ノアさん、出かけてきても良いですか?」 

「ああ、大丈夫だ。行っておいで。ルイにも休憩が必要だろうからな」

「よし! では行くぞ!」


 ルイはにんまり笑うと、透の手首を掴んで走り出した。その力の強いこと。透の体は、まるで凧あげのように跳ね上がりそうになりながら、ルイに引っ張られて行く。口を開けば舌を噛みそうだが、それでも透は情けない悲鳴を上げた。透のポケットに入った子猫だけは「みぃ~~~~!」と何やら楽しそうに鳴いていた。

 そんな一人と一匹の、ドップラー効果で小さくなっていくその声に、ノアはくつくつと笑ったあと。


「……友か」


 つぶやいて、ノアは一番近場にある結晶林檎の木を見上げる。

 結晶林檎の木は少しずつエメラルドに変化している。

 その木は、二代前の王が植えた木から、挿し木で増やしていったものだ。


「…………」


 ノアは木の幹を手で撫で、ややあって、頬をそっと押し当てた。


「……もう少しだ。もう少しで、其方との約束を果たせるぞ。なぁ、友よ」


 彼の声は、深い海の底のように暗く寂しげで、そして――どうしようもないほどに後悔が滲んでいた。


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