12 用務員、骨狩りと戦う。
魔王城の城下町はいつの間にか雨が降っていた。
厚い曇天からしとしとと降り注ぐ雨粒が、骨狩りの出現に騒然とする人々の声を抑えている。不安げな彼らの顔を見つつ、透はルイとともに門へと急ぐ。
魔王城と城下町は、外敵から町を守るために、大きく高い壁でぐるりと囲われている。見た目通りの頑丈さだけではなく、魔法による守りも追加されているのだと、走りながらルイが通りに教えてくれた。だから骨狩りは未だ入ってくることができないのだと。
しかし、それも一時的なものだ。壁の守りを突破されるか、骨を奪われ姿形を模倣され侵入されるか、いずれかの方法を取られれば人々は危険に晒されてしまう。
「門に、目のいい者がいてくれたおかげだ」
だから早くに気付くことができたのだと、ルイは門番を褒める。
そうして透たちが門を通り抜けて現場へ到着すると、そこでは七匹の骨狩りが暴れており、門番や魔王城の騎士たちと戦いを繰り広げていた。
姿は、どれも結晶の森で見たものと同じ、スライムのような不定形をしている。それを見て、まだ誰も犠牲者が出ていないことを知り、透は安堵の息を漏らす。
「骨狩りがここまで近づいてくるなんて……魔力不足も極まってきたな」
ルイは苦々しくつぶやきながら、ハルバートを構える。
「トール、貴様、戦えるか?」
「もちろんです!」
透は一度元気に頷いて、
「……と言いたいんですが、実戦経験があまりにも少なすぎるので、邪魔にだけはならないように援護します!」
すぐにそう続けた。強力な魔法をひとつだけ使えるとしても、戦場で透は素人だ。元いた世界でも平穏な日常を過ごしていて、子供のころにだって取っ組み合いの喧嘩すらしたことがない。ノアと一緒にほんの数回戦ったことがあるとはいえ、その程度なのだ。下手に主張して主力として期待され、その結果、戦況を悪化させては取り返しがつかない。
だから透がそう言えば、ルイは口許をニッと上げた。
「上出来だ! 行くぞ!」
ルイは地面を蹴り、骨狩りへ向かって突進する。風のように速さで骨狩りに接近した彼女は、力強い雄たけびと共にハルバートを薙ぐ。その一撃で、骨狩りの一匹の体が真っ二つになった。
だが、それだけで彼女は止まらない。片足を軸に滑るように体を反転させると、振り向きざまに大きく息を吸い、別の骨狩りに向かって口から炎の息吹を噴きつけた。硫黄のような臭いがする。骨狩りの体が、ぐにゃり、と伏せるように縮む。そこへルイはハルバートを突き刺し、止めを刺した。
「すごい……」
思わず透は見惚れた。戦い慣れているなんて言葉で言い表すのが足りないくらい、凄まじい勢いだった。
(これが本物の実戦……)
そう理解したとたん、透の体がぶるりと震えた。それが恐怖によるものなのか、高揚によるものなのか、透には分からない。
けれども、骨狩りに臆さず豪快に戦うルイの姿を目の当たりにした今、心が奮い立つような何かが自分の中に芽生えた。
――自分も、と。
そんな気持ちにさせてくれるような何かが彼女にはある。きっとそれこそが本当の、前に立つ者の器という奴なのだろう。
「……なんて、しみじみしているわけにはいかないんでした!」
透はハッと我に返ると、左腕を前に突き出す。そして自分にできる唯一の魔法を唱え始める。
「”星の欠片よ、降り注げ”!」
ノアから教わって、ルイとジナからドン引きされた魔法。空から降り注ぐ光の攻撃が、ルイたちと離れた位置にいる骨狩りたちに振り注ぐ。押し潰すように、焼き尽くすように、眩い光たちが骨狩りを屠っていく。
(……何だか前より威力が上がっているような)
透は内心首をかしげた。最初に見た時もなかなかの威力だとは思っていたが、今回はそれ以上に光が大きく、強くなっている気がする。もしかしたら魔力が増えている影響なのかもしれないなと透は思った。
――そうして戦い続けること、しばらく。
骨狩りは、最初は七匹だったのに、途中から仲間を呼ばれてしまい、小型の骨狩りたちが大量に集まってきて、なかなか大変だった。特に小型の骨狩りは、一匹一匹は子供でも倒せそうなくらい脆かったのだが動きがすばしっこい。ルイも少々苦戦していた。もしかしたら彼女は、中型や大型を相手にする方が得意なのかもしれない。
「はぁ……大丈夫だったか、トール?」
「え、ええ、まぁ……はぁ……ぜぇ……疲れた……」
「それは貴様、あんな魔法を連発するからだぞ……」
「ちょっと調子に乗りました、はは……」
「だが助かった」
「それは何よりです、ふふ」
周囲の安全が確認されると、透とルイはほぼ同時に、その場にへなへなと座り込んだ。肩で息をしながら、お互いの戦いを労う二人の顔には、やり切ったという達成感が満ちていた。
「貴様のおかげで、深い怪我を負った者はいなかった。感謝するぞ、魔王」
「えっ! あ、ああ、いえ……そんな……。……何かルイさんから魔王って呼ばれると、こそばゆいのと同時に罪悪感が湧きますね」
「慣れろ。どんな気持ちが湧いたとて、現実として貴様が魔王なのだからな」
「ははは……努力します。……っ、――?」
苦笑いを浮かべて返事をした時、透の視界がぐらり、と揺れた。
「おい、トール? どうした?」
「いえ、あの……うあ……」
すぐに、ぐるり、と周り出す。
この回転性の眩暈には覚えがあった。
(魔力酔い――……?)
ここ最近は起きていなかったのに何故。
そんな疑問を深く考える暇もなく、透の意識は暗転した。
◇ ◇ ◇
次に透が目を覚ましたのは、魔王城内の自室のベッドの上だった。肌触りの良いシーツとふわふわの掛布団に、うっかり二度寝を決め込みそうになったが、
「トール!」
「みぃ!」
ルイと子猫によって現実へと引き戻される。至近距離に、自分の顔を心配そうにのぞき込む一人と一匹の顔に既視感を覚えて、透は小さく苦笑した。
「……おはようございます?」
「おはようではない。もう夕方だぞ、はぁ……」
「みぅ~……!」
ルイは安堵したように表情を緩め、子猫は「そうだそうだ!」と言わんばかりに、透の頬に自分の顔をぐりぐり押し付ける。ふわふわで、あったかくて、意外と力が強い。二人の気持ちが伝わってきて、透は「ご心配おかけしました」と笑って、子猫の頭を指でそっと撫でた。
そうしているとドアが開き、今度はノアが顔を出した。
「トール、気分はどうだ? 大丈夫か?」
「ああ、ノアさんまで。すみません、ご心配をおかけして。大丈夫だと思います、ええ」
透がよろよろと体を起こして答えると、ノアはそうか、と軽くうなづく。
「それならば良かったよ」
「良かったではありませんよ、ノア様」
ルイが口を尖らせながら、じろりと透を軽く睨む。
「貴様は骨狩りを討伐し終えたところで倒れたのだ。魔力酔いだそうだ。ノア様がすぐに駆け付けてくれたから良かったものの……まったく」
「あらら、やっぱりそうでしたか。ノアさんと出かけた時は大丈夫だったからと慢心しておりました、あははは……」
結晶の森の時は、魔法を連続して使ったにも関わらず、魔力酔いにはまったくならなかった。だから今回の戦いでも、多少気を付けていれば平気だと楽観視していたが、どうやらたまたま運が良かっただけのようである。しまったなぁと透は反省しつつ、指で頬をかいた。
「とにかく無事で何よりじゃ。飲ませた薬も効いておるようじゃからの」
ノアが透の方に手を置いて微笑む。
「何から何までお世話になりっぱなしで……ありがとうございます、ノアさん。ルイさんも」
「ふふん、気にするな。お互い様だからな!」
ルイはにんまり笑うと、さて、と腰に手を当てた。
「それでは私は事後処理をしてくる」
「あ、それなら僕も……」
「足手まといだ。トールはゆっくり休んでいろ。いいな?」
足でまといだとばっさり言われたが、その声はとても穏やかで柔らかく、透の体調を気遣ってくれているのがすぐに分かった。透は困ったように笑いながら、はい、とうなづくと、ルイは満足げに目を細め「ではな!」と手を振って部屋を出て行った。パタパタと足音が遠ざかっていく。
「……ルイさん、良い子ですねぇ」
「良い子なんじゃよ。あの子が次の魔王ならば安泰じゃと、皆が言うておった」
「そこへ僕が現れたと」
「そうじゃのー。ま、気にするな。不可抗力であるのは、あの場にいた者たちも魔王城の者たちも承知しておるし、其方は其方で頑張ってくれておるよ。今回の魔王様は気さくな人だと、なかなかの評判じゃぞ?」
「おや、顔が良いが入ってない!」
「其方は本当にそういう……」
「冗談ですよ。ふふ。ですがそう褒めてくださっても、領地経営とか任せっきりですけどね!」
透は緑の領地のことをよく知らないし、そもそも会社や事業の経営などの知識も皆無だ。雇われる側の経験しかしていない。だからそういう方面では何の役にも立たないし、しばらくしたらいなくなる人間だ。
そんないくつかの事情もあって、下手な使命感で手を出して中を引っ掻き回したくないので、緑の領地の政はすべてノアたちに任せている。
「そこは問題ないぞ。ルイが頑張っておるからの」
「おや、そうなんですかね。……ん? あれ? ルイさん、仕事し過ぎでは?」
緑の領地を治める仕事に、透をこの世界へ召喚した者の捜索。さらには骨狩りの対処を含む治安維持……どう考えてもひとりでやれる仕事量ではない。
(ワーカーホリック……)
透の頭に不穏な言葉が過った。額から、冷や汗がたらりと一筋伝う。ごくりと唾を飲み込んで、そろそろとノアの顔を見れば、彼も神妙な顔でこくりとうなづいた。
「我も同感じゃ。ま、この一件が解決したら、もう少しのんびりできるとは思うが。別の意味で忙しくはなるだろうがのう」
この一件が解決――すなわち透が元の世界へ帰ったら、であるが、そうなればすべてが元通りになる。
(ちょっとだけ寂しいですけどね)
透はこっそりそう思った。魔王の座を降りることに、ではない。だんだんと愛着が湧いてきたこの緑の領地と離れることに、だ。とはいえ透は大人なので、そんな感傷は言葉にせずに飲み込む。
「それにしても、本当に一体誰が何の目的で、僕を呼んだんでしょうねぇ」
「そうじゃのう……」
透の言葉に、ノアは相槌を打ちながら窓の外へ目を向ける。つられてそちらを向けば、空には綺麗な夕焼けが浮かんでいた。
「目的はともかく、呼んだ意味はあったんじゃろうて」
ノアは独白のようにつぶやいた。その目はどこか遠くを見つめているようで、透が何となく、ノアさん、と名を呼ぼうとした時、
「さて、我も少し用事を済ませてくるかの」
スッと彼は元の表情に戻ってそう言った。
「ルイも言っておったが、今日はゆっくり休んでおれ」
「はーい」
「うむ。良いお返事じゃ。ああ、そうじゃ。薬を置いておくから、ちゃんと飲むんじゃぞ?」
ノアは透のベッドのサイドテーブルに、金平糖のような形をした薬が入った小瓶を置いた。そして手を振るよように杖を軽く揺らして、部屋を出て行った。透は手を振りながらそれを見送って、言われた通り薬を一粒飲むと、再びベッドに横になる。すると子猫も透の顔の横へ移動して、くるりと丸くなった。
「……僕を呼んだ意味かぁ」
先ほどのノアの言葉が、何となく頭の中に残った。
「そもそも何でしょうね、違う世界から人を呼ぶ理由って」
魔王城のあちこちを歩いて分かったが、ここは別に人手不足ということはない。異世界の知識を手に入れたくてという可能性も考えたが、その手の専門職でもない透なんて、ほとんど役には立たないだろう
(まるで、適当に呼んだみたいな……)
そんなことを考えながら、透は無意識に自分の顎を撫でようと左腕を動かした。すると指が喉の辺りにぶつかって、カチン、と硬質な音を響かせる。
「……あれ?」
どうして、そこでそんな音がするのだろう。聞き間違いかと思いながら、透はそのまま首を触ってみる。すると、やはりカチンと音がした。
(もしかして……)
目をどうにかこうにか動かして、透は自分の首の辺りを確認する。するとそこに、透の左腕と同じ色と輝きが見えた。透は目を見開いた。
「もしかして魔石化が進んでる……?」




