12 用務員、目を覚ます。
魔王城のある城下町。
町の周りには、大きく高い壁が作られていて、様々な脅威から人々を守っていた。
その壁の外に骨狩りが出現したらしい。
報告を受けた透とルイが現場へ駆けつけた時、そこでは七匹の骨狩りが暴れていて、魔王城の騎士たちと戦いを繰り広げていた。
「ここまで近づいてくるなんて……魔力不足も極まってきたな」
ルイはハルバートを構え、苦々しくつぶやく。
「トール、貴様、戦えるか?」
「もちろんです! ……と言いたいんですが、実戦経験があまりにも少なすぎるので、邪魔にだけはならないように援護します!」
「上出来だ! 行くぞ!」
ルイはニッと笑うと、地面を蹴って骨狩りに向かって行った。
「うおおおおっ!」
力強い雄たけびとともに、ルイはハルバートを振りかぶる。
ひと薙ぎで骨狩りの体を真っ二つにしたルイは、振り向きざまに大きく息を吸い、別の骨狩りに向かって口から火の息吹を吐いた。そしてすぐさまハルバートを振って、骨狩りを屠って行く。
「すごい……」
戦い慣れているなんて言葉では言い表せないくらいの勢いだ。
これが本当の実戦という奴なのだろう。
ぶるり、と透の体が震えた。恐怖なのか、高揚感なのか分からない。
けれども骨狩りに臆さず豪快に戦うルイの姿を見ると、心が奮い立つような何かを感じられた。
自分も、と。
そんな気持ちにさせてくれるような何かが彼女にはある。
きっとそれこそが本当の、前に立つ者の器という奴なのだろう。
「なんて、見惚れているわけにはいかないんでした!」
透はハッと我に返ると、左腕を前に突き出す。
「”星の欠片よ、降り注げ”!」
ノアに教わった魔法を使い、透も骨狩りを倒していく。
心なしか、魔法の威力が上がっている気がした。
もしかしたら魔力が増えている影響なのかもしれない。疲労感も、一度や二度この魔法を使ったところで感じなくなった。
そうして戦い続けると、しばらくして骨狩りをすべて倒しきることができた。
最初は七匹だったのに、途中で仲間を呼んだのか、小型の骨狩りが集まってきて、なかなか大変な戦いだった。
小型は動きがすばしっこいせいで、ルイも少々苦戦していた。彼女は中型や大型を相手にする方が得意なのかもしれない。
「はぁ……大丈夫だったか、トール?」
「え、ええ、まぁ……はぁ……ぜぇ……疲れた……」
「それは貴様、あんな魔法を連発するからだぞ……」
「ちょっと調子に乗りました、はは……」
その場に座り込んで、肩で息をする透とルイ。
しかし、その顔はやり切ったという達成感に満ちていた。
「だがそのおかげで、深い怪我を負った者はいなかった。感謝するぞ――魔王」
「えっ! あ、ああ、いえ……そんな……。……何かルイさんから魔王って呼ばれると、こそばゆいのと同時に罪悪感が湧きますね」
「慣れろ。どんな気持ちが湧いたとて、現実として貴様が魔王なのだからな」
「ははは……努力します。……っ、――?」
苦笑いを浮かべて返事をした時、透の視界がぐらり、と揺れた。
「おい、トール? どうした?」
「いえ、あの……うあ……」
すぐに、ぐるり、と周り出す。
この回転性の眩暈には覚えがあった。
(魔力酔い――……?)
ここ最近は起きていなかったのに何故。
そんな疑問を深く考える暇もなく、透の意識は暗転した。
◇ ◇ ◇
次に透の意識が戻った時、そこは見慣れた魔王城の自室だった。
ほぼ同時に、ルイと子猫に顔を覗き込まれる。
「トール!」
「みぃ!」
二度目だなと思いながら、透はへらりと笑って左腕を軽く持ち上げた。
「……おはようございます?」
「おはようではない。もう夕方だぞ、はぁ……」
「みぅ~……!」
安心したように表情を緩めるルイ。
子猫は「そうだそうだ!」と言わんばかりに、透の顔にぐりぐりと自分の頭を摺り寄せた。ふわふわで、あったかくて、ちょっと痛い。
けれども心配してくれている気持ちは伝わってきて、透は「ごめんなさい」と微笑んで、子猫の頭をそっと撫でた。
そうしていると、今度はノアが顔を見せた。
「トール、気分はどうだ? 大丈夫か?」
「ノアさんまで。ご心配をおかけしました……大丈夫だと思います、ええ」
透は上体を起こして、自分の体をゆっくり眺めつつそう答える。
そうか、とノアは軽く頷いた。
「えーっと、僕、どうしたんでしたっけ?」
「骨狩りを討伐し終えたところで倒れたのだ。魔力酔いだそうだ。ノア様がすぐに駆け付けてくれたから良かったものの……まったく」
「ああ、やっぱりそうでしたか……。あははは、ノアさんと出かけた時は大丈夫だったから慢心していました」
あの時は魔法を連続して使ったのに、魔力酔いには陥らなかった。
だから今回の戦いは、多少気を付けてはいれば大丈夫だと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。
自分の体のことだが、まだまだ異世界のあれこれには慣れてくれないようだ。
「とにかく無事で何よりじゃ。飲ませた薬も効いておるようじゃからの」
ノアは透の肩をポンポンと叩いて微笑む。
何から何までお世話になりっぱなしで、少々申し訳なくなってきた。
しかし、ここで謝るのは違うだろう。
「ありがとうございます、ノアさん、ルイさん」
「いや、気にするな。お互い様だからな」
ルイはそう言って笑うと「さて」と透のベッドから数歩離れた。
「それでは私は事後処理をしてくる」
「あ、それなら僕も……」
「足手まといだ。トールはゆっくり休んでいろ。いいな?」
足手まといとは言われたが、その声はとても優しかった。気遣ってくれているのがすぐ分かるくらいだ。
透が困ったように笑いながら「……はい」と頷くと、ルイは満足げに口角を上げて「ではな!」と部屋を出て行った。
バタバタと、足音が遠ざかっていく。
「良い子ですねぇ」
「良い子なんじゃよ。あの子が次の魔王ならば安泰じゃと皆が言うておった」
パタンと閉まったドアを見つめながら、透とノアは話す。
「そこへ僕が現れたと」
「そうじゃのー。ま、気にするな。不可抗力であるのは、あの場にいた者たちも魔王城の者たちも承知しておるし、其方は其方で頑張ってくれておるよ。気さくな魔王様だって、なかなかの評判じゃぞ?」
「おや、顔が良いが入ってない!」
「其方は本当にそういう……」
「冗談ですよ。ふふ。ですがそう褒めてくださっても、領地経営とか任せっきりですけどね!」
透は緑の領地のことをよく知らないし、そもそも会社経営などの知識や経験も皆無だ。
だからそういう方面は何の役にも立たない。
できないのに手を出してひっかき回したくもないので、任せてしまっている。
「そこは問題ないぞ。ルイが頑張っておるからの」
「おや、そうなんですかね。……ルイさん、仕事し過ぎでは?」
頭に『ワーカーホリック』という言葉が過る。
するとノアもこくりと頷いた。
「我も同感じゃ。ま、この一件が解決したら、もう少しのんびりできるとは思うが。別の意味で忙しくはなるだろうがの」
すなわち「透が元の世界へ帰れたら」である。
そうなればすべて元通りだ。
だんだん愛着が湧いてきたこの魔王城から離れるのは、ほんのちょっとだけ寂しい気持ちはあるけれど。
とは言え透は大人なので、そんな感傷は言葉にはせず飲み込んだ。
「本当に、一体誰が、何の目的で僕を呼んだんでしょうねぇ」
「そうじゃのう……」
透の言葉に、ノアは相槌を打ちながら窓の外へ目を向ける。
つられてそちらを向けば、空には綺麗な夕焼けが浮かんでいた。
「けれども呼んだ意味は、あったんじゃろうて」
ノアは独白のようにつぶやく。
その目はどこか遠い何かを見ているようだった。
ノアさん、と透が何となく呼びかけようとした時、
「さて、我も少し用事を済ませてくるかの。ルイも言っておったが、今日はゆっくり休んでおれ」
「はーい」
「うむ。良いお返事じゃ。ああ、そうじゃ。薬を置いておくから、ちゃんと飲むんじゃぞ?」
ノアはそう言うと、ベッドのサイドテーブルに金平糖のような薬が入った小瓶を置いた。
そして手を振るように杖を軽く揺らして、部屋を出て行った。
透は手を振りながらそれを見送って、言われた通り薬を一粒飲むと、再びベッドに横になる。
すると子猫も透の顔の横へ移動して、くるりと丸くなった。
「僕を呼んだ意味かぁ」
先ほどのノアの言葉が、何となく頭の中に残った。
「そもそも何でしょうね、違う世界から人を呼ぶ理由って」
魔王城のあちこちを歩いて分かったが、ここは別に人手不足ということはない。
異世界の知識を手に入れたくてという可能性も考えたが、その手の専門職でもない透なんて、ほとんど役には立たないだろう
(まるで、適当に呼んだみたいな――)
そんなことを考えながら、透は無意識に自分の顎を撫でようと左腕を動かした。
その時、カチン、と音がした。
「……?」
あれっ、と思いながら音がした方へ顔を向ける。
首の辺りだ。そこに左腕の指がぶつかった時に、何やら硬い音がした。
怪訝に思って首を触ってみる。やはりカチン、と音がした。
何とか目を動かしてそちらを見る。
すると。
「首が……もしかして魔石化が進んでる……?」




