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顔が良いだけの用務員、何故か異世界で魔王になりました。  作者: 石動なつめ


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10 用務員、結晶林檎の栽培方法について考える。


 結晶林檎の収穫を終え、治療院へ届けたあと。

 透はノアと共に、魔王城内にある件の栽培施設を訪れていた。


 栽培施設は魔石の間の近くに作られていた。

 ノアの話では、もともとそこは庭園だったらしい。ガーデンパーティーなども行えるくらい広い場所だったそうだ。

 しかし骨狩りの増加などで緑の領地の情勢が慌ただしくなり、パーティーなどしている余裕がなくなって、それならば別のことに使おうと二代前の魔王が提案し、結晶林檎の栽培施設となった。


 恐らく栽培施設と書かれているであろう室名札を見上げ、透はドアを開けて中へ入る。

 するとまず目に飛び込んできたのが、半円型のガラス張りの天井だ。

 ガラス温室という奴だろうか。天井の向こうに見える綺麗な青空に、透は思わず圧倒された。見慣れているはずなのに、環境が変わると不思議と高揚感が湧くものだ。ガラス張りの天井から射し込む光も美しい。


 天井から下へ視線を落とすと、林檎の木が綺麗に並んでいるのが目に入る。

 奥の方までずらりと三列。等間隔に林檎の木が植えられている。

 手入れはしているとノアは言っていたが、素人目でも分かるくらいちゃんと世話がされていた。

 

 しかしどの木も結晶化はしていない。

 葉は緑色、木の幹は茶色、そして林檎の実は赤色だ。


「うわー、すごい! 綺麗ですねぇー!」

「じゃろう? 環境作りに力を入れておったからのう。じゃが……」


 ノアは入り口から近くの林檎の木に近づいた。

 そして手を伸ばし、枝から林檎の実を一つもぎ取る。


「美味しそうな赤い林檎さん」

「そうなんじゃよ。結晶の森から運んで植えたものから、少しずつ増やしていったんじゃが……どうにも上手くいかなくてのう。魔力がすっかり抜けて、もとの林檎の木になってしもうた」

「ふむ……」


 赤い林檎は、これはこれで美味しそうだ。食料にはなる。

 けれども本来の目的は結晶林檎――その魔力である。

 魔力が抜けた林檎の実では意味がない。


「魔力、周りに吸収されちゃたりしたんですかね」

「恐らくな。緑の領地は魔力不足じゃからのう。結晶の森は魔力に満ちておったから、その状態が保たれておったんじゃろうが……」

「魔力不足ですか?」

「ああ。本来であれば土地を守護する神が、魔力を大地に注ぎ枯れぬように保ってくれるのじゃが……ヴェルデ神はちと怠惰での。毎日毎日魔力を注ぐのは面倒だからと、魔王にまかせっきりなのじゃよ」


 透の頭に、この世界へ来た時のことが浮かんだ。

 ルイが魔王就任するための儀式の最中だったあの時、ノアが何かを告げたとたんに、透の頭の上に半透明な男が姿を現した。

 とんでもなく偉そうな態度だったあの人がヴェルデ神だろう。


『これでお前が今代の魔王だ。この地のために、私のために、しかと励むが良い』


 彼は透を見下ろしながら、そんな台詞を残して消えた。

 もしかして「私のために」というのは、ヴェルデ神の代わりに土地に魔力をしっかり注げ、ということだったのだろうか。


「職務怠慢にもほどがありません⁉」

「まったくじゃ。代わりにやれと言うなら、もっと魔力をよこせば良いものを……あのクソ神……」


 ノアは声に怒りを滲ませながら、杖を握った手に力を込めていた。

 言葉遣いまで乱暴なものになっている。

 よほどヴェルデ神に対して思うところがあるのだろう。


 しかし、このまま怒りを露わにし続けて大丈夫だろうかと、透はふと心配になった。

 何せ相手は神様なのだ。どこにいて何を聞いているか分かったものではない。

 もっとも、ノアのことだ。それに関しては対策はばっちりだろうけれど。


「そ、そうすると、あれですね! 方法としてはこの空間に結晶化を保てるくらいの魔力があれば良いってことですよね!」


 それでも心配は心配なので、透はやや強引に話を戻した。


「ああ、そうじゃの。しかし、常にそれほどの魔力を満たすのは難しくてのう。それにただ魔力を与えようとしても反発されて、吸収が悪いのじゃ」

「なるほど……うーん……」


 透は腕を組んで考える。


(そもそも結晶林檎にとって魔力って、どんな存在なんでしょうね)


 植物を育てるのに必要なものといえば、土や水、肥料や気温だ。

 天候や害虫、害獣から守る必要もあるし、雑草が生えてきたら栄養が取られないように取り除いたりもする。

 その点で考えれば、この栽培施設はほとんどクリアしていると考えて良いだろう。

 ならば魔力とはその中では何に当たるのか――そう考えて浮かんだのが『栄養』だ。


「……あ、そうだ。植物用の栄養剤とかってあります?」

「栄養剤? いや、ないが……植物に栄養剤とはどういうことだ?」

「ええと、僕の世界にはですね……」


 不思議そうに首を傾げるノアに、透が栄養剤について説明する。

 と言ってもざっくりとだ。透の知識では、そこまで専門的な説明はできない。

 しかしノアの興味は惹けたようだ。栄養剤について話をしていると、ノアの顔がだんだんと真剣なものへ変わっていく。


「……で、その栄養剤みたいに、土に魔力を入れたらどうかなって。空間全部は無理ですけれど、土の中だけに限定すれば何とかなるんじゃないですか? ほら、ノアさん、最初に教えてくれたじゃないですか。魔力ってどんなイメージかって。あの時は僕、光って言ったんですけど……水をイメージできたら、そんな感じになったりしませんか?」

「…………」


 透が身振り手振りで話をしていると、ノアがとても驚いた顔になった。


「……その通りじゃ。驚いたな。それは魔導師の中でも、年季の入った者たちが考える話じゃぞ」


 褒められて、透はにんまり笑う。


「おや、それは光栄。じゃー、さっそくちょっとやってみますね! できるか分かりませんけど!」


 何と言っても透は、まだ魔力や魔法に触れて日が浅い。

 イメージだってしっかりと固まっていないのだ。

 その状態であれば、魔力に抱く印象を変化させることだって可能かもしれない。

 そう考えてながら透は魔石化した左腕を前に突き出した。


(魔力のイメージ……)


 目を閉じて、自分の中にある魔力のイメージを差し替える。

 光の環から、水の環へ――その次の瞬間、腕の周りがひんやりとし始めた。

 ぱちりと目を開く。

 すると透の腕の周りに、幾重もの水の環が浮かんでいた。


「……できた!」

「しかもあっさり成功させておるわ。柔軟じゃのう……」


 ノアはもう、驚きでポカンと口を開けたままになっていた。

 透は空いている右手でサムズアップすると、水の環をそっと木への根元へ移動させる。

 すると土に触れた水の環は、すう、と溶けるように消えていった。


「ノアさん、どうですか?」

「……うむ。問題なく吸収はされておるようじゃの。ヴェルデ神の魔力じゃから、そうなりやすさもあったのかのう……?」


 木の根元を見ながら、ノアが顎に手を当てて言う。

 正直、透には水の環が消えた後は、魔力がどう動いたか分からないが、ノアが吸収されたと言ったなら、その通りなのだろう。

 けれども、今のところ木に劇的な変化は起きていない。


「数日続けて様子を見てみないことには分かりませんねぇ」

「ああ。しかし……もし成功したとして、これを続けるとなると色々難しいの。それができる者はそう多くはないからのう」


 良い案なのじゃが、とノアは申し訳なさそうな顔になる。

 確かに、それはそうだ。

 今回の件は魔力の状態が功を奏したのか、ヴェルデ神の魔力を与えられた透だから成功したのか、まだ分からないのだ。

 詳細が分からなければ、例え成功したとしても計画を推し進めるわけにはいかない。

 もしも後者であったならば、次の魔王が同じように魔力を注いでくれるか不明瞭だからだ。


(ルイさんはやってくれそうですけどねぇ)


 喜怒哀楽は激しいが、基本的に優しい女性だ。緑の領地に住む者のためならと、率先してやってくれることだろう。

 ならば課題としては彼女の次の魔王にどう魔力を出させるか、だ。


「……あ! 魔石の間の巨大魔石を使ったらどうですか?」

「む?」

「ほら、あれって緑の領地に魔力を行き渡らせるためのものなんでしょう? それなら、その行き先の一つとして、栽培施設を増やしたらどうかなって」

「ああ、それならば……しかし、増やすのがだいぶ面倒じゃぞ。あの怠惰なヴェルデ神は頼んでもやってくれぬじゃろうし」


 ヴェルデ神のことを思い出して、ノアが嫌そうな顔になった。

 思わず透は苦笑する。


「そこは……頑張っていただいて」

「ふは」


 手を合わせて頼む透に、ノアも噴き出した。


「無茶を言う魔王じゃのう。じゃが……そうじゃの。手間を増やしても、助けられるものがいるならば、やらない選択肢はない」

「では!」

「ああ、やってみよう。新たな魔王たってのお願いじゃからの!」


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