9 用務員、冒険をする。
透がノアに連れられて向かった先は、結晶の森と呼ばれる場所だった。
名前の通りその森は、生息している植物のすべてが、形こそ様々であるものの、すべてが緑色の結晶となっている。
(僕の腕と同じ色だ)
透の左腕は、ヴェルデ神に貸与された魔力に体が馴染むために、魔石化しているのだが、この森の植物は色や雰囲気が、それとよく似ていた。
「うわぁ、何かすごく綺麗な場所ですねぇ」
透は口を開けて、森を見上げつつぐるりと眺める。
そんな彼の様子に、ノアは「そうじゃなぁ」と、楽しげにくつくつと笑う。
「この森はな、今の緑の領地にしては珍しく、土地や植物が豊潤な魔力で満ちておるのじゃ。ほら、大体が結晶化しておるじゃろう?」
「あ、やっぱりそういう感じなんですね? ということは……つまり、ヴェルデ神の魔力を多く含んでいるってことですか?」
「その通りじゃ」
ノアはこくりと頷いて、杖を軽く振る。
すると空中に、魔力の光がふわりと集まって、林檎のような絵を描いた。
「あっ、林檎だ」
「おや、そちらの世界にも林檎があるのか。うむ、其方の言った通り、我らが探すのは結晶化した林檎じゃ。結晶林檎、と呼ばれておる」
「そのまんまですね!」
「ははは、そうじゃの。その結晶林檎じゃがの、魔力を多く含んでおるだけではなく、味も良いのじゃ」
「あら、それはすごい。魔力って確か……苦いんですよね?」
透はジナとの会話を思い出して言う。治療院に配備されている魔力抽出装置で抽出した魔力は苦いため、ジュースなどに混ぜて飲むという話だったはずだ。
「よう覚えておるのう。良い子じゃな」
「フフ。褒められましたね!」
「褒めたぞ~。話を戻すが、其方が言ったように、抽出された魔力は苦い。しかし結晶林檎は、奇跡的に林檎そのままの味が残るのじゃよ」
「ははーん、自然の神秘ってやつですねぇ」
「其方はポジティブでいいのう」
「そんなに僕を褒めてどうするつもりです? イケメンにしかなりませんよ?」
「それがなければのう……」
透がいつも通りのセリフを言えば、ノアから呆れた眼差しが返ってきた。
しかし、透にはこの流れからのそういう類の視線は、まったく効き目がない。
慣れているからだ。
「ちなみにいくら美味いと言っても、結晶林檎はそのままでは食べられんぞ」
「あれっ、そうなんですか? 見つけたら試しに丸かじりしてみようと思ったのに」
「歯が欠けるぞ」
「欠けるんだ……」
それは困るなと、透は手で自分の口を押えた。
「何故そんなにがっかりした顔を……」
「丸かじりって憧れがあるじゃないですか。歯と顎が丈夫なうちに、一度やってみたいと思いつつ、チャレンジする度胸がなくて今まできました」
「其方……若いのにもうそんなことに……」
ノアは憐みの表情を透へ向ける。
「ち、違いますよ! 自慢ではありますが、僕の歯は……」
透が慌てて訂正しようとした時、近くの茂みがガサッと揺れた。
その瞬間、ノアの表情が変わる。彼は警戒するように目を鋭く細め、手に持った杖の先端を、音のした茂みの方へと向ける。
「さて、透よ。ここで一つクイズじゃ」
「おや、唐突。何でしょう、受けて立ちますよ! これでもクイズは得意です!」
「ほほう、それは楽しみじゃのう。では、問題じゃ。結晶の森は魔力が豊富じゃと話したが、魔力が豊富にあると何が起こると思う?」
ノアは茂みをにらみつつ、口調だけはいつもの調子で言う。
透はぱちりと目を瞬き、少し考えてから「あっ!」と指を鳴らした。
「骨狩りが集まるとか!」
ノアの口がにんまりと弧を描く。
「フッ、正解じゃ! 来るぞ!」
彼がそう言い放ったとたんに、茂みから黒い泥のような化け物――骨狩りが飛び出してきた。
しかも複数だ。前回見たものと比べて、形がはっきりしていない。RPGで登場するようなスライムのような見た目をしている。
「っていうか、数が多くないですか!?」
「いやぁ、大量じゃのー! さあ、トール! こいつらを倒しつつ結晶林檎を採るぞ!」
「ノアさんの目が、何かいつもよりギラギラしてらっしゃるっ!」
「はっはっはっ! いやーこれだけの数を相手にするのは久しぶりで、血が滾るのぉーっ!」
ノアのテンションもだんだんおかしくなってきた。その様子は、掃除道具を手にした透とほぼ同じである。
「怖……」
透の口から、思わずそんなつぶやきが零れ落ちたが、本人も客観的に見たらこれと同じである。
――まぁ、それはともかく。
骨狩りは倒すべき相手だし、そもそも戦わなければ自分たちがそこでジ・エンドである。嫌だ。
透はくっと顔を上げると、魔石化した左腕を骨狩りに向け、そして。
「“星の欠片よ、降り注げ”!」
ノアから教わった、透が使える唯一の魔法を放ったのだった。
◇ ◇ ◇
戦い始めてしばらく経ったころ。
透とノアの周りには、大量の骨狩りの死体が転がっていた。
最初に襲い掛かってきたグループは、思ったよりもあっさりと倒すことができた。
けれども、問題はそのあとだ。
倒し終えて数分も経たないうちに、次のグループが登場したのである。
それを四度繰り返した結果が、今の状況だ。
「うむ。なかなかの数を屠ったのう」
「ちょ、ちょっと……休憩を……休憩をぉ……」
ほうやくおかわりがなくなったタイミングで、透はその場にへろへろと座り込んだ。
魔力酔いは感じなかったものの、魔法を連続して放ち続けたことで、体力と精神力が限界を迎えたのである。
地面に座ってぐったりと項垂れる透。その頭を、ノアが「ようやった」と撫でた。
疲れはしたが、褒められるのは嬉しくて、透は何とか顔だけ上げて、気の抜けた笑って見せた。
するとその時、ノアの後ろの方で、何かがチカッと光ったのが、彼の目に入った。
(あれ?)
なんだろうかと目を凝らす。
すると、その輝きが一つではないことにも気が付いた。
複数の光が、太陽の光に照らされた宝石のように、チカチカと煌めいている。
(もしかして……)
透は目を見開いて、光の方を指差した。
「ノアさん。あれってもしかして、結晶林檎ですか?」
「む?」
ノアは後ろを振り返り、透の指が指し示す場所を見る。
「ああ、そうじゃ。あれが結晶林檎じゃ、よう見つけたのう」
「フフ……頑張った甲斐がありました……!」
透は自慢げににこにこと笑う。疲れ切って座り込んでしまったからこそ、見つけられたようなものだ。ノアもくすりと微笑うと、
「では、採るか」
そう言って、杖の底で地面を叩いた。
すると彼の体がふわりと空中に浮かび上がる。魔法だ。
「あっ、いいなー!」
それを見て透は目を輝かせた。
透にとって使いたい魔法の上位にランクインするくらい、憧れの魔法のひとつだ。
(空中浮遊や空を飛ぶは、人類のロマンですからねぇ)
などと壮大なことを思いつつ、透はぱちぱちと拍手をする。
「其方にも今度教えてやろうな」
ノアは透の歓声に口角を上げつつ、そのまま空中を飛んで、結晶林檎の生る木の方へと飛んで行く。
そして天辺付近の枝から、結晶林檎をひとつもぐと、透に向かってひょいと投げてよこした。投げられた結晶林檎は、途中でふわふわと不思議な動きをしていたので、魔法で補助も掛けているのだろう。
「わっと」
透は自分の真上に飛んできた結晶林檎を、両手でキャッチする。
重さは同じ見た目の林檎と同じくらいか、少し軽いくらいだ。透は手の中でキラキラと輝くそれを、何となく軽く掲げた。
「あっ、僕の顔が綺麗に映る……それに意外と重くないですね?」
結晶林檎は見た目だけなら鉱物なので、もう少しずっしりとした重さがあるのではと透は思っていた。けれども手に持った感じはそうでもなく、香りも含めて普通の林檎そのものだ。
「もとは普通の林檎じゃからの。重さに関しては、そう大きく変化しないんじゃよ。其方の腕もそうじゃろう?」
「あ、それは確かに」
透の腕は魔石化しているが、重さ自体はまったく変わっていない。異世界へやって来てから、ノアやルイの勧めもあって、ジナのところで念のため健康診断を受けているが、大きな変化はなかった。
(そういうものかぁ)
なるほどな、と透が思っていると、ノアが再び杖を振った。
すると透の手から結晶林檎がふわりと浮かび上がり、ぱんっ、と賽の目切りになる。
「上を向いて口を開けてみよ」
「あ、はい」
透は言われた通り、素直に顔を上げて口を開ける。
すると賽の目切りにされた林檎が集まり、ぎゅっと小さくなったと思ったら、そこから絞り出された果汁が、透の口の中にぽたぽたと落ちた。
とたんに透は目を大きく見開く。
「美味しい! えー! 林檎ジュースじゃないですか、これ! 僕、大好きなんですよ林檎ジュース! 昔、斎藤さんからもらったお高い林檎ジュースの味がします!」
「ははは、それは良かった。体の方はどうじゃ?」
「体?」
透は首をかしげて、自分の胸に手を当てた。
(そう言えば何だか体が……)
体の中心から、じんわりとあたたかな熱を感じる。
それに先ほどまで体が訴えていただるさが和らいでいた。
「何だか体の疲れも取れるような……?」
「其方の疲労の大半は、魔力を連続で使用したことによるものじゃからな。使った分だけ魔力を補充してやれば元気になるのさ」
「へぇ~、そうなんですねぇ! 味もいいし、確かにこれなら子供たちも喜んで飲んでくれそうですね。魔力の有無はともかく、苦いのがダメなんでしょ?」
「ああ、よく分かったな?」
「あはは。僕のとこでもそうですよ。薬が苦くて飲めないって。ま、大人もですけどね」
実のところ、透も苦い薬はそんなに得意ではない。
もちろん大人だから苦くても飲めるが、どうせ飲むなら美味しかったり、何の味もしなかったりする方がありがたいのだ。
「そうか。……本当は、もっと頻繁に採りに来てやりたいんじゃがのう」
「骨狩りがこれだけいると危険ですよねぇ」
「ああ。それに採り過ぎて骨狩りの餌が足りなくなると、やつらが新たな餌場を求めて移動してしまうからのう……」
透の世界でも、山に住む獣が食料不足で人里に現れるという事態が頻発していたし、採り過ぎればそのもの自体が絶滅してしまうこことだってある。
要はバランスが大事なのだが――色々な立場から考えると難しい問題である。
「結晶林檎、栽培できたらいいのに……」
ぽつりとつぶやくと、ノアが目を丸くした。
「栽培?」
「あ、ええ。果樹だから数年かかるでしょうけれど。安全な場所で、骨狩りが来られないように厳重に囲って、みたいな感じで栽培できないかなって」
「ふむ……二代前の魔王も同じようなことを考えておったなぁ」
「そうなんですか?」
「ああ。そのために金をつぎ込んで、魔王城の資金が一時危なくなったことがあったのじゃよ」
おや、と透は目を瞬いた。聞き覚えのある話である。
「……前の魔王様、だからこその節約なんです?」
「そういうことじゃ。困ってはおったが、誰もそのことに対しては不満は言わんかったよ」
「そっか。良い魔王さんだったんですね」
「……そうじゃの。不器用で、優しい魔王じゃったなぁ」
ノアは懐かしそうに目を細め、空を見上げた。どこか寂しそうな彼の横顔に、結晶林檎の木の隙間から、木漏れ日がさらさらと降りそそぐ。
(きっとその魔王さんは、ノアさんにとって大事な人なんでしょうね)
長く生きている分、色々とあるのだろう。
透がそんなことを思っていると、ややあってノアが再び彼の方へ顔を向けた。
「しかし、栽培か……。我らでは上手くいかなかったが、異世界の人間なら違う視点があるかもしれんのう」
「……あの、言っておいて何ですが、僕、植物栽培はプランターでミニトマトを育てるか、学校の花壇に水やりするくらいしか経験がないんですよ。なので専門知識はちょっと……」
「安心しろ、そこまで期待しておらんよ」
「それはそれで悔しい!」
「其方、面倒くさいなぁ」
「取り柄です! あっ、顔もですけど!」
結晶林檎のおかげで回復した透は、いつもの調子を取り戻し、元気に胸を叩く。
ノアは呆れ顔を浮かべて「やれやれ」と小さくため息を吐いた。
「まったく、そういうところまで似ておる……」
「え?」
「何でもない。栽培に関してじゃがな、魔王城に栽培施設があるんじゃよ。見てみるか?」
「おっ、あるんですね?」
「ああ。手入れはしておるが、本来の意味での稼働はしておらんがのう。戻ったら案内してやろう」
「ありがとうございます! では……」
透はにっと笑って立ち上がり、
「頑張って収穫しましょうかね!」
結晶林檎の木を見上げ、気合いを入れたのだった。




